1ヶ月ほどしたら1995年9月の位置に移動します。
9月7日(木)長春 曇のち晴れ
14:30〜15:15 人民広場(旧 大同広場)の周囲の建物。
広場は6つの街区に囲まれている。広場が新京の中心地として位置付けられたこともあって、この周囲には、新京そして満州国における重要な建物が建てられていた。それらのうちのいくつかは戦後も共産党の建物などとなっている。
ただ、満洲国時代に完成したのは6街区のうち4街区、第一庁舎(新京特別市公署)、第二庁舎・首都警察庁、満州電信電話株式会社本社、満州中央銀行総行で、残りの2街区は着工もされずに終わったという。
旧 満州電信電話株式会社本社

旧 満州電信電話株式会社本社
所在地:吉林省 長春市朝陽区 人民大街2599号
構造・階数:RC・4+B1+塔屋
建設年:1935年
備考 :満洲電信電話 - Wikipedia
長春市市級文物保護単位
人民広場の西側は満州電信電話株式会社。同社が本社を大連から新京へ移転したのに伴い建てられたもの。Wikipediaに掲載されている全体写真では、塔屋がある中央の玄関部分を中心としたシンメトリーで堂々とした建物。幅が広い大きな建物なので、ロータリー側からでないと全景を納められなかったようで、私の写真では塔屋と右半分しか写っていない。
現在は、中国聯合網絡通信(中国聯通 / China Unicom)長春市分公司として使用されている。

満州電信電話株式会社本社 出典:Wikipedia
旧満州国 第二庁舎・首都警察庁

旧満州国 第二庁舎・首都警察庁
所在地:吉林省 長春市朝陽区 人民大街2627号
構造・階数:RC・2+塔屋
建設年:1933年
設計者:相賀兼介
備考 :中央の塔屋は国共内戦時に損壊したため、往時とは異なる。
吉林省文物保護単位
人民広場西南側は、満洲国初期に「第二庁舎」として建てられ、のちに「首都警察庁」として使用された建物。
人民広場周辺で現存する最も古い歴史的建築物で、完成後まもなくは司法部と外交部が共同で利用していたが、後に首都警察庁の建物とされた。外壁は黄色系のタイル張りで、屋根に緑色の瑠璃瓦を載せた満洲式となっている。

旧満州国 第二庁舎 出典:Wikipedia
Wikipediaの写真と比べると、中央の塔屋が現在は低くなっていて装飾も簡易になっている。これは戦後の内戦時に損壊したためという。
建物は戦後、 長春市公安総局、長春市警察局が利用したが、1946年3月にソ連軍が長春から撤退した後、国共内戦で国民党軍と中国共産党軍が長春を奪い合った(長春攻防戦)際に、戦火で塔屋などが損壊。その後、物資の不足もあって簡易な修復で済ませたため、塔は低くなったままなのだという。
その後は長春市公安局・国家安全局などとして使用されてきた。現在は吉林省文物保護単位として保護されており、2025年には吉林省警察博物館への改造が発表されている。
旧満州国 第一庁舎(新京特別市公署)

旧満州国 第一庁舎(新京特別市公署)
所在地:吉林省 長春市南関区 人民大街2626号
構造 :RC+煉瓦
階数 :2+B1+塔屋2
建設年:1933年
設計者:相賀兼介
備考 :建て替えのため1996年に解体され現存せず
広場東南側にあった建物で、第二庁舎同様、満洲国の初期に計画、建設されたもの。第一庁舎も戦後の国共内戦における1946年の戦闘で大きく損傷し、戦後に簡易修復されたそうで、中央の塔が満洲国時代より低いのはその簡易修復のためのようだ。

旧満州国 第一庁舎 出典:Wikipedia
戦後は中国共産党長春市委員会などの機関として長く利用されていたが、建て替えのため1996年7月に爆破・解体された。跡地には現在、近代的な新しい庁舎ビルが建てられている。
吉林省賓館

吉林省賓館
所在地:吉林省 長春市南関区 人民大街2598号
構造 :RC
階数 :4+塔屋
建設年:1957
設計者:吉林省建築設計院
広場東側の街区にあるホテル。現在、この吉林省賓館がある街区は、満洲国時代は満洲重工業株式会社の事務所の建設予定地だったそうだ。しかし戦争のため財力が戦時方面に振り向けられ、建物が着工されないまま満洲国崩壊を迎えたという。
戦後、新中国によって建てられたこの建物は、鳥が羽を広げたようなシンメトリーな形(左側が人民広場に面した正面)。人民広場東側のランドマークとして維持・活用されており、市の重要な歴史的建築「十大建築」の一つとされている。

日本では90年代にはもうほとんど見かけなくなったアドバルーンだが、この頃の中国ではまだ健在だった。
工人文化宮

工人文化宮
所在地:吉林省 長春市南関区 人民大街2302号
構造・階数:RC・5
建設年:1958
備考 :長春市市級重点文物保護単位
広場北東側の街区にある施設。現在、工人文化宮があるこの街区は、満洲国時代は満洲興業銀行の事務所の建設予定地だったそうだ。しかし戦争のため財力が戦時方面に振り向けられ、これも建物が着工されないまま満洲国崩壊を迎えたという。
戦後、新中国によって長春市民のための文化・娯楽施設としてこの建物は建てられた。この建物も街区の形に沿って鳥が羽を広げたようなシンメトリーな形をしている。このため正面から見ると堂々とした建物だが、外部には中国風の装飾などはあまりなく、さっぱりした印象。
海外の建物と街並み
#古い建物 中国 #長春 #近代建築 #官公庁
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