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…湯があることが多く、そのため銭湯も減ったのだろうが、この周辺は戦災で焼けずに戦前の家屋がそこそこ残っているため、昔ながらの生活空間構造と生活様式が残されている。 さて、この銭湯、いつまで残り続けるだろうか。言い換えれば、昔ながらの生活様式がいつまでこの周辺に存続するだろうかということでもある。 KOKIA fan's > 番外:静岡県静岡市の銭湯。〜340円のしあわせ〜おふろやさん紹介所 > 天神湯静岡の建築・土木構築物#古い建物 静岡県 #看板建築 #銭湯 ブログ内タグ一覧
…、いつ頃なのかなどは不明。Google MapやYahoo電話帳には記載があるので、表具店としては営業を続けているようだ。 2022.12.19追記 「東京都全住宅案内図帳」1961年?(発行年詳細不明)には「石川食料品」として掲載されている。それ以前の状況は未把握。また1973年の住宅地図でも石川と記されており、当初から表具店だったものではなかったようだ。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 墨田区 #銅板張り看板建築 #看板建築 ブログ内タグ一覧
…央に縦に店名が書かれている結構大胆で珍しいデザイン。また、白黒写真なので判りづらいが、黒っぽく写った部分は部材が赤色に塗られていた。 本郷界隈にしばしば行くわけではないので、思い出深い建物というわけではないのだが、雑誌などでもときどき紹介された気になる建物だった。 本郷まちづくり協議会 > 歴史的建築物 > ニイミ書店 ぼくの近代建築コレクション > ニイミ書房/本郷6丁目 Tokyo Lost Architecture #古い建物 文京区 #失われた建物 文京区 #看板建築
…さんより古い建物なのかもしれない。 Photo 2006.1.27 以前の様子 他の木造の古い洋風商店建築ではあまり見掛けないデザインだ。玄関部分に小さな切妻屋根が付いているが、特に2階の窓廻りがいいかんじ。 1階のキク薬局は3年前には営業していたが、少し前に廃業。2階も営業してるかどうか判らない状態が続く。この建物もあと何年存続し続けられるか気になる。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中野区 #古い建物 中野区 #看板建築 #モルタル看板建築
…ぶりに月島を訪問。ぶらぶら歩いていたら、卯建(うだつ)のある町家に遭遇。モルタル洗い出し仕上げの卯建というのは初めて見た。 木造2階の店舗で、両側に小さく張り出した壁が付く。2階部分だけでなく1階部分まで真っ直ぐにつながっているのもちょっと珍しい。上部に傘状の小さな雨よけも一応付いているが、装飾性はほとんどない。 この建物は軒裏もモルタルで塗り込められていて、防火に腐心していたようだ。たばこ店だけに火の用心ということなのかも。 #古い建物 中央区 #看板建築 ブログ内タグ一覧
…ている。 全ての年の住宅地図(ゼンリン)をチェックしたわけではないが、2005年頃以降のものでは理容店としての記載がなくなり、仕舞屋・住宅になったようだ。現在の建物は写真のものとは異なるので、この頃に建て替えられたのかもしれない。ただ、妻入りの2階建てなのは以前と同じなので、もしかすると構造はそのままでリフォームしたのかもしれない。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 品川区 #失われた建物 品川区 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧
…並んでいたので、さほど重要だとは思わなかった。だが、ツルッとして無表情なビルがいつのまにか増え、それが大半になってしまうと、看板建築などの古い建物は昔の街並みを想起させる数少ないものになり、希少性が増してくる。これ以上看板建築が減ると、戦災で焼失しなかった神田周辺の昔の街のイメージは、ほとんど失われてしまうような気がする。なんとも残念だ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #夕景・夜景 #看板建築 #銅板張り看板建築 #ギャンブレル屋根
…ラを向けると、ほとんど空が写らなくなってしまった。 街の風景が次第に変わるというのは、ある程度やむを得ないことかもしれないが、変化する街並みに対して少なくとも関心を持つということが第一歩として必要なことのように思う。 三鈴堂眼鏡店の長屋/神保町1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture 東京新旧比較#東京新旧写真比較 千代田区 #失われた建物 千代田区 #古い建物 千代田区 #街並み 千代田区 #看板建築 #ギャンブレル屋根 ブログ内タグ一覧
…母さん。土日などは、結構ひっきりなしにお客さんが出入りしている。 昔の本当の駄菓子屋さんやタバコ屋さんとは、微妙にディテールやボロさ加減が異なるような気がするが、最近のお店にはない風情があって、意外に良いというか面白いのではないだろうか。何よりも、これが映画の中やテーマパークの中での話ではなく、実際の街角にあるところが嬉しい。お店がなくなって塀が続くだけの商店街はなんだか寂しい。一軒だけになったけど、ぎふ屋には続いて欲しいものだ。 #古い建物 中野区 #夕景・夜景 #看板建築
…分からない。もしかすると既に廃業して仕舞屋だったのかもしれない。それでも最近まではそのまま残されていたのだが、昨年の秋に解体されたのだそうだ。 根津あたりに行ったときに、ちょっと見て楽しんでいた建物も、もうない。こういう楽しみを与えてくれる建物が次第に減って、なんの変哲もないマンションが増えていくので、まちあるきも、もしかすると次第につまらなくなってしまうのかもしれないな。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #看板建築 #銅板張り看板建築
…ってか、三階の階高は少々低い。 また、二棟の間にある路地の奥には、木造二階屋が数軒建っており、そこだけが異空間状態になっていた。 この二つの建物はその後もしばらくは建っていたが、春日通りの拡幅に伴い2003年頃に解体された。二棟の跡地では道路からセットバックした位置に、アトラスアベニュー文京大塚(RC・14F)が、2004年12月に竣工している。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #銅板張り看板建築 #看板建築 #商業系 ブログ内タグ一覧
…では当該地は空白で、この頃にはマーケットはまだ建てられていなかったようだ。しかし、1961(昭和36)年発行の「東京都全住宅案内図帳」では「上高田食品ストアー」とあり、1960年頃に建てられたようだ。また1970年代の住宅地図では「上高田食品センター」と記されている。最終盤は魚屋さんのみになっていたようで、2006年版の住宅地図では「魚 丸権」と記されている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中野区 #看板建築 #モルタル看板建築 #マーケット
…懐かしい。 二つの古本屋さんは、どこか別の場所で仮営業かなんかをしてるんだろうか。建て替えた後の建物には入居するのだろうか。夜間にたまたま通りかかったので、そのへんの詳細は不明。 神田神保町の古書店街って、いろんな分野の本が集積していて、探せば必ずあるというのがやはり面白いところ。それがどんな種類の本であっても、探す人は探していて、熱心さは変わらない。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 #街並み 千代田区
… ところで、10年ほど前の写真と見比べてみたら、以前はかなり汚かった外壁が、2005年時点ではちゃんと塗り直されて、きれいになっていたことが判る。どの時点で塗装し直したかは判らない。が、数年前までは修復などをして使い続けようとしていたわけだ。それなのに今度はあっさり解体されてしまった。建物存続の分かれ目は、本当に微妙なところにあるものなのだなぁと思う。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 #街並み 千代田区
…シルビルのインパクトはやはり強かった。ビミョーな窓の形も逆に印象深いものだった。 手許の資料が不足で建築年は分からないが、看板建築などと同時期の洋風木造商業建物で、関東大震災後の大正末期か昭和初期のものではないだろうか。大工さんは頑張ったんだけど、ちょっと妙な洋風建物ができてしまったという感じが好きだった。 三共電気工業、他/築地1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #ギャンブレル屋根ブログ内タグ一覧
…メラ大特売」の看板が、訪れる度に気になっていた。色褪せて錆びた看板だが、巨大な「カメラ」の文字は、押し出しが強く、妙な迫力があった。看板で隠れている部分にも部屋がある、木造3階だったのかもしれないが、今となってはわからない。 写真の1996年秋の時点で、既にカメラ店は廃業していて、シャッターに建築計画のお知らせ看板が付けられていた。いつ解体され、建て替えられたかは知らないが、2006年春に訪れてみると、跡地には11階建てのビルが建っていた。 #失われた建物 文京区 #看板建築
…場や問屋などしかない静かな住宅地だが、建物の様子から昔の街の気配が伝わってくる。 2020.10.10追記 1953(昭和28)年発行の『火災保険特殊地図』では、堀内歯科、瀧沢薬局は当時も同じだった。一方、三洋パッキンは「海老原医院」、原商店・八木原邸は「原かしS」と記されている。「かしS」は菓子店のことのようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #古い建物 台東区 #ギャンブレル屋根 #看板建築 #銅板張り看板建築 #モルタル看板建築
…止して凍結保存されたみたいな感じ。 取り残され系商店街は、商業的には不運としか言いようがないのだが、レトロな建物を見て郷愁を覚えるには、実はもってこいの場所。この系統の建物が好きな私などから言わせれば、建物がそのまま残るなんて本当に幸運な巡り合わせだということになる。でも、あまり嬉しそうに見て回ると、地域の方は不快に思うかもしれないので、一人静かにそっと訪ね歩くことにしている。 #失われた建物 豊島区 #古い建物 豊島区 #看板建築 #街並み 豊島区 #商業系ブログ内タグ一覧
…駅から離れたところの商店街にはお客を呼んでくるだけの力はない。自動車でもお客さんは来てくれず、閉店する店が増える。商店街は、結局は建て替えによって、次第に普通の住宅地になっていくのかもしれない。 地域社会の構造が数十年の間に大きく変化する中、元気であり続ける商店街が下町などにある一方で、ただ取り残されたように残存し次第に衰退していく、取り残され系商店街も少なからず存在する。 #失われた建物 豊島区 #古い建物 豊島区 #街並み 豊島区 #看板建築 #マーケットブログ内タグ一覧
…に見えていたのは正面の1階だけで、全体では老朽木造アパートなのでした。側面が見えるようになるまで、後ろ側に二階への階段があるなんて全然知らなかった。道路沿いからでも上を見ればアパートらしきことは分かるのだが、喫茶店の方に目が行っていて全く気づいていなかった。日頃、見てるようで全く見ていなかったことにもかなり驚いた。 しかし不謹慎ながら、次に大地震が来たらまずいかもと思う。今度からお茶するときは気をつけようっと。 #失われた建物 中野区 #古い建物 中野区 #看板建築 #商業系
….3 早稲田通りの北側に南面しているものも何軒かある。この豆腐屋さんは正面はわりと普通だが、横から見ると平入り腰折れ屋根3階。マンサード屋根で屋根裏三階を作っている。 Photo 2006.2.3 最後のものはモルタル塗り2Fで、上部に自動車教習所の大きな看板が付いたり、1Fは他の店舗に改装されているよくありがちな例。でも中央に「玉泉堂」の文字がしっかり残っている。玉泉堂って何のお店だったのでしょうか? #古い建物 新宿区 #失われた建物 新宿区 #看板建築 #街並み 新宿区
…ことに、左側の比較的新しい8階建て程度の雑居ビルまで解体されていた。写真左端の空地も併せて、3軒分の土地を集約して新たに建物を建てるようである。 神保町界隈には学生の街らしい小さな専門店が数多くあったが、やはり次第に少なくなっている。店に入って帽子を見たり買ったりしたことはなかったが、界隈の昔の姿を知る手掛かりのような建物だっただけにやはり惜しい。 Tokyo Lost Architecture Index #失われた建物 千代田区 #商業系 #看板建築 #近代建築 #大正期
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