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金光邸

…の開発が行われたわけではなく、現在に至るまでコインパーキングになっている。 2025.1.6追記 1937(昭和12)年の火保図では河合鉄二邸。同氏は第百銀行常務、川崎貯蓄銀行副頭取、日本火災保険・川崎倉庫各取締役を務めた人。戦後、1963(昭和38)年の東京都全住宅案内図帳では氏名等が記載されていない。そして1973(昭和48)年以降の住宅地図で金光邸とされていた。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築

梅窓院

…当初はかなり斬新だったのではないだろうか。妙な感じで目立っていたかもしれない。 建築家・隈研吾氏の設計によって建てられた新しいお堂もなかなか斬新な設計らしい。寺院建築は、ともすれば昔ながらの建て方になってしまいがちだが、梅窓院は、前回の建立時と同様、建て替えるからには、その時々に合った、新しい寺院建築の在り方を模索したのかもしれない。 長青山 梅窓院|東京南青山 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #近代建築 #寺院 #塔 2007.2.26

消防庁第一方面本部(旧田中長兵衛邸)

…ームのある塔屋が印象的だった。消防庁第一方面本部として使われていたということだったが、もともと個人住宅である洋館が、どのように使われていたのかちょっと疑問。接待用施設、もしくは会議施設として使われていたのだろうか。結局私は、この写真を撮ったときの一回だけしか目にすることはなかった。 Wikipedia > 田中長兵衛(2代目) Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築 2007.2.26

清水銀行 由比支店 本町特別出張所

…い空回りという感じでもあるが、可愛らしく愛すべき近代建築。 庚子銀行は1900(明治33)年設立。銀行名は、設立年が庚子(かのえね)の年にあたることに由来するという。 1928(昭和3)年、近隣5つの銀行と合併して、駿州銀行となった。 1932(昭和7)年には駿州銀行と旧清水銀行が合併、1948(昭和23)年に現在の清水銀行となった。 清水銀行由比支店本町特別出張所 文化遺産オンライン静岡の建築 #古い建物 静岡県 #銀行・保険 #近代建築 #登録有形文化財 ブログ内タグ一覧

清水灯台(三保灯台)

…所在地:静岡市清水区三保2110建設年:1912(明治45)構造 :RC高さ :17.73m(地上高)Photo 1993.12.9 明治末期に建てられた、日本最初のRC造灯台。 三保半島が駿河湾に突き出ている場所に建つ。地元などでは三保灯台と呼ばれているが、正式名称は清水灯台だそう。 清水灯台 - Wikipedia近代化産業遺産 - Wikipedia清水灯台 | 土木学会 選奨土木遺産静岡の建築 #古い建物 静岡県 #インフラ #近代建築 #重要文化財 ブログ内タグ一覧

北里研究所本館・医学館

北里研究所本館・医学館所在地:港区白金5-9建設年:1915(大正4)構造・階数:木・2F備考 :1979(昭和54)に明治村へ移築Photo 1990.3.20 写真は移築後、明治村での様子博物館 明治村 > 北里研究所本館・医学館Tokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #古い建物 愛知県 #近代建築 #大学 #研究所 #移築保存

沖電気芝浦事務所

…ことがなかったのだろうか。南側の端にある、時計台は、簡素なデザインだが、印象深いものだった。肝心の時計だかシンボルマークが、多分取り外されてしまっていて、ちょっと間抜けな感じになってしまっていたが。 その後、このビルは取り壊され、工場敷地も売却され、超高層マンションが建てられた。 2005年秋に現地を再訪した時点では、建物は解体され、暫定利用されている状態だった。 廃景録 > 沖電気 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #オフィス #近代建築

外務省狸穴通信分館

…写真を見ても、そのような建物にはどうしても見えない。 その後、住宅地図等で調べたところ、建物は建て替えられたが、現在も外務省別館としてこの場所は使われていることが分かった。どうやら何らかの接客施設らしいが、目立つ看板もなく、相変わらず謎の建物。新しい建物は、外壁の色が以前の建物と似ていて、ディテールの雰囲気も似ている。旧来の建物のイメージを残しながら建て替えたようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #近代建築 #住宅系 2007.4.4

防衛庁20号館(旧歩兵第一連隊本部)

…) 構造・階数:RC・2F 備考 :六本木防衛庁跡地再開発に伴い解体 Photo 1989.4.2 防衛庁跡地の再開発(東京ミッドタウンプロジェクト)のために解体された。 写真を撮った頃は、防衛庁の敷地内だったため、塀の外から無理矢理撮影。手前の塀が日陰になって黒く落ちていてかなり邪魔。全貌は見えず。かといって塀に上って撮影、なんていう無茶は当然できず。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #近代建築 #官公庁 #オフィス 2007.2.25

国立栄養研究所(旧陸軍軍医学校化学兵器研究室)

国立栄養研究所(旧陸軍軍医学校化学兵器研究室) 所在地:新宿区戸山 1-23 建設年:1929(昭和4) 構造・階数:RC・3F 備考 :解体・建て替え Photo 1989.4.5 早稲田大学戸山キャンパス(文学部)の裏手の丘の上に建っていた建物。昔ながらの研究所らしい雰囲気のある建物だったが。建て替えられて消失した。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #近代建築 #官公庁 #研究所

帆足邸

…ンクリートブロックを用いていた。改めて写真を見ると、ブロックの境目らしき目地が見えており、独特な外観の建物だった。 「中村式鉄筋コンクリートブロック」と帆足邸。:落合学(落合道人 Ochiai-Dojin):SSブログ 近衛町の帆足邸を拝見する。:落合学(落合道人 Ochiai-Dojin):SSブログ 中村式鉄筋コンクリート研究会 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #住宅系 #戸建て住宅 #近代建築 ブログ内タグ一覧 2022.8.26

東大病院分院

…yo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #病院 ブログ内タグ一覧 2022.10.20追記 国土地理院の空中写真で確認したところ、およそ以下のことが判明した。撮影年に幅があるので正確には分からないが、中央部分と東側は、戦時中か戦後すぐの頃に完成したようだ。また、1枚目写真の左側部分は、昭和30年代までに完成したようだ。 1936〜42年頃 本館の建物なし。 1945〜50年 中央部と東側部分が完成済み 1961〜69年 西側部分も完成済み

旧亀井伯爵邸

…15) Photo 1994.12.4 千石の住宅地にあった洋館。撮影時には葉山商店として利用されていた。屋根中央のギャンブレル状の窓や、2Fのアーチ型の窓が印象的。小路の突き当たりにあったのだが、建物の正面に建つ電柱が邪魔。 大切に使われていたようだったので、安心かと思っていたが、持ち主が替わったのか、その後、あっさり無くなってしまった。残念。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #住宅系 #洋館・洋風住宅 2007.2.26

佐藤探偵事務局

…年:1936(昭和11) 構造・階数:木・2F 備考 :解体・マンション化 Photo 1994.12.18 洋館で探偵事務所というのは珍しかった。春日通りに面して瀟洒な外観を見せていたが、春日通りの拡幅に伴い通り沿いの建物が建て替えになる中で、この建物も失われた。 廃景録 > 佐藤探偵事務局 佐藤探偵事務局、君塚接骨院/大塚5丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #商業系 2007.2.26

文京区立窪町小学校

…4 2006年春の時点では旧校舎がまだ残っていたが、その後取り壊されたらしい。写真の時点で既に後方に新校舎が建設されていたようだが、全然気が付かなかった。 Photo 2006.3.24 中央上部の学校名レリーフ。戦前のものらしく、右から書いてある。壁面が少し桃色がかった建物だった。関連・参考サイト記事:ぼくの近代建築コレクション > 窪町小学校Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #近代建築 #震災復興 #学校 #中村與資平2007.2.26

同潤会大塚女子アパートメント

…Photo 2000.6.3 最期の頃は、タイルの剥落が多かったのか、ネットが懸けられていた。 包帯を巻かれてしまったみたいで無惨。 Photo 2000.6.3 現在、跡地には図書館流通センターのTRCビル(12F・B1F、2013竣工)が建っている。 Wikipedia > 大塚女子アパート 大塚女子アパート/文京区大塚3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #住宅系 #集合住宅 #同潤会

東京クラブ(東京倶楽部)

…の関係とはいえ、かなり無理のある平面型で、現在の映画館ならまず造られない形。 北側からの様子。一つ奥は常盤座。Photo 1988.12.17 浅草松竹、常盤座、東京クラブ。3棟とも中に入ったことがないままに終わった。いちどはここで映画を観て、内部空間を体験しておけば良かったと今になって思う。 東京クラブ/浅草1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #近代建築 #映画館・ホール #商業系 ブログ内タグ一覧

常盤座(トキワ座)

…部分に装飾が少ない。浅草松竹が昔の西洋の城のような外観で装飾的なのに比べると、一見地味だが、当時としては新しい表現派的な雰囲気のあるモダンなデザイン。 Photo 1988.12.17 北側(手前側)から東京クラブ、常盤座、浅草松竹。常盤座は両側の2棟に比べて間口や高さが大きな建物だったようだ。 トキワ座/浅草1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #近代建築 #映画館・ホール #商業系 ブログ内タグ一覧

浅草松竹(旧ROXY・旧金龍館)

…京クラブ Photo 1989.12.1 写真中、浅草松竹の左隣は常盤座、そしてその更に左奥が東京クラブで、ここでは映画館・劇場が3棟並んでいた。『日本近代建築総覧』には3棟がつながっていたという記述があり、入口やファサードは異なるが、後方の一部は構造的につながった建物だったらしい。 浅草松竹(旧金竜館)/浅草1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #近代建築 #映画館・ホール #商業系 ブログ内タグ一覧

同潤会清砂通アパートメント 15・16号館

…サイトでも、15・16号館の写真はあまりなく、下記「ぼくの近代建築コレクション」が最も写真が多いサイトではないかと思う。 廃景録 > 同潤会 清砂通アパート ぼくの近代建築コレクション > 同潤会清砂通りアパートメント15・16号館/白川4丁目 Tokyo Lost Architecture 同潤会清砂通アパートメント 1〜3号館 5号館 6号館 7〜10号館 11、12、14号館 16号館 #失われた建物 江東区 #住宅系 #集合住宅 #同潤会 #近代建築 ブログ内タグ一覧

同潤会清砂通アパートメント 11・12・14号館

…) Photo 1996.5.12 14号館は西向きに開いたコの字型。通りに近い部分などは部分的に増築されていたようだ。 廃景録 > 同潤会 清砂通アパート ぼくの近代建築コレクション > 同潤会清砂通りアパートメント11・14号館/三好4丁目 Tokyo Lost Architecture 同潤会清砂通アパートメント 1〜3号館 5号館 6号館 7〜10号館 11、12、14号館 16号館 #失われた建物 江東区 #住宅系 #集合住宅 #同潤会 #近代建築 ブログ内タグ一覧

同潤会清砂通アパートメント 7〜10号館

…めな樹木があった。 10号館角部屋の増築の様子 Photo 1996.5.12 廃景録 > 同潤会 清砂通アパート ぼくの近代建築コレクション > 同潤会清砂通りアパートメント7号館/白河4丁目 同潤会清砂通りアパートメント10号館/白川4丁目 Tokyo Lost Architecture 同潤会清砂通アパートメント 1〜3号館 5号館 6号館 7〜10号館 11、12、14号館 16号館 #失われた建物 江東区 #住宅系 #集合住宅 #同潤会 #近代建築 ブログ内タグ一覧

同潤会清砂通アパートメント 6号館

…2002.11.6 東南側の道路沿い部分などは階段室を挟み込む形で道路沿いまで増築が行われていて、当初のデザインは失われていた。 廃景録 > 同潤会 清砂通アパート ぼくの近代建築コレクション > 同潤会清砂通りアパートメント6号館/白河4丁目 Tokyo Lost Architecture 同潤会清砂通アパートメント 1〜3号館 5号館 6号館 7〜10号館 11、12、14号館 16号館 #失われた建物 江東区 #住宅系 #集合住宅 #同潤会 #近代建築 ブログ内タグ一覧

同潤会清砂通アパートメント 5号館

…ト打ち放し、壁面もコンクリート壁にペイントされているだけで、いたって地味。窓があまりなく照明も小さいので、玄関室はやや暗かった。 廃景録 > 同潤会 清砂通アパート ぼくの近代建築コレクション > 同潤会清砂通りアパートメント5号館/白河4丁目 同潤会清砂通アパートメント 1〜3号館 5号館 6号館 7〜10号館 11、12、14号館 16号館 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #住宅系 #集合住宅 #同潤会 #近代建築 ブログ内タグ一覧

同潤会清砂通アパートメント 1〜3号館

…あった1〜4号館は2002年に解体。また、東側の白河4丁目、三好4丁目の建物群もその後取り壊されて再開発が行われた。 廃景録 > 同潤会 清砂通アパート ぼくの近代建築コレクション > 同潤会清砂通りアパートメント1号館/白河3丁目 Tokyo Lost Architecture 同潤会清砂通アパートメント 1〜3号館 5号館 6号館 7〜10号館 11、12、14号館 16号館 #失われた建物 江東区 #住宅系 #集合住宅 #屋内階段 #同潤会 #近代建築 ブログ内タグ一覧

食糧ビル その4 その他

…側に面している3階洗面所。押し開き窓から外気と光が入る。 地下へ至る階段 地下にはボイラー室、倉庫などがある。 地下室に残されていたボイラー いつ頃作られたものなのかチェックするのを忘れてしまった。残念。1階中庭部分に、ガラスブロック製の明かり取りがあるが、照明を点けないと殆ど周囲は見えない。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス

食糧ビル その3 内部

…囲気のある部屋。奥には大きな金庫がまだ残されていた。天井から吊された蛍光灯や、後付の配管、グレーの壁板などがちょっと懐かしさを感じさせる。 廊下の様子。 上部が半円形になった扉が個性的。扉自体は事務所らしく素っ気ない。エリアを仕切るためか、廊下の途中に、観音開きの木製枠のガラス扉が付いている。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス

食糧ビル その2 中庭

…を見下ろす3階バルコニー。四角い中庭の一辺が全てバルコニーになっていて、中庭を独り占めしているようで気持ちよい。 3階から中庭とバルコニー 中庭部分には柱廊があり、ちょっと欧米かイスラムの屋敷の中庭のようなしつらえ。四方を囲まれたこの屋外空間には一体感があり、また私的な雰囲気が強く感じられる。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス

食糧ビル その1 外観

…」の名が掲げられている。 中庭に至る通路に付けられた上階への階段 1Fの各部屋は、道路側もしくは中庭側から直接入る造りになっていたようで1Fには廊下があった記憶がない。また玄関ホールの類もなく、上の階へは中庭への通路の途中に階段があって、そこから上る構造になっていた。 その1 外観など その2 中庭 その3 内部 その4 その他 食糧ビル/佐賀1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス

同潤会代官山アパートメント

…めて確認すると、ひな壇状になった斜面に建てられた29〜33号館は建物間を繋ぐ渡り廊下があったようで、これらの建物には建物内の廊下もあったのかもしれない。 2007.2.26 rewrite 2019.2.3 同潤会アパート - Wikipedia (一社)東京建設業協会>>広報活動>>東建月報 > 同潤会代官山アパートの再開発 同潤会代官山アパート - UR都市機構 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 渋谷区 #住宅系 #銭湯 #同潤会 #近代建築