#オフィス の検索結果:
…行が1998年に破綻し、金融再生法により一時国有化されて整理されたあおりなのか、あっさり取り壊されてしまった。また、日債銀自体はあおぞら銀行となった。 Photo 2019.7.16 跡地には最近流行のツルッとした表面の高層ビル(北の丸スクエア)が2006年に完成した。 Wikipedia > 日本債券信用銀行、 北の丸スクエア Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #オフィス #銀行・保険 #高層ビル #モダニズム
…されておったんかいな、という感慨に浸るのだった。長い歴史を持つ雑誌だから、建物のほうも長い歴史のあるものだったんだなぁと納得。 しかし、2005年の春に訪れたら、ちょうど解体し終わったところだった。階段室だけでも入っておけば良かったと後悔。 ちなみに現在、会社は文京区の本郷にあるそうです。 廃景録 > 誠文堂新光社 ぼくの近代建築コレクション > 誠文堂新光社 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 2012.2.25
…て、しばし呆然としてしまった。 現在建っているNMF駿河台ビル(旧 NOF駿河台プラザビル)は、S+RC造の8F+B1Fで、1997年4月竣工。正確な解体年は未把握だが、1993年版の住宅地図では戸田建設の管理地になっており、既に解体されているので、1989〜92年頃に解体されたようだ。 ぼくの近代建築コレクション > 日本医師会館 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 ブログ内タグ一覧 2022.8.25 修正加筆
…備の一環として、カザルスホールを2010年3月末で閉鎖した。建て替えるのかどうかは不明だが、築20年ほどで次々に状況が変化するのには考えさせられてしまう。また、クラシックファンに評判が良かった室内楽専用ホールが失われたのは非常に残念。 Wikipedia > お茶の水スクエアTokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #オフィス #日本大学 #大学 #ポストモダン #復元・復原 #W.M.ヴォーリズ #磯崎新ブログ内タグ一覧
…ては地味な玄関。 会計検査院前から文部省(写真奥右側)を見る。 昭和初期にできた官庁街の街並み。再開発後は高層ビルの街並みになる。 2007.2.25 文部省と一体的に再開発されて高層化され、2007(平成19)年秋に霞が関コモンゲートが完成。 会計検査院の建物は、玄関まわりが新しいビルの一部として再利用された。 会計検査院/霞が関3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #近代建築
…年坂に面したL字型部分を残して南西側は取り壊され、北西側の会計検査院と一体的に再開発が行われた。このため上3枚の写真に写っている部分は結果的に全て残されている。 左後方は霞が関コモンゲート東館。現在はここに文部科学省や会計検査院が入居している。旧文部省の建物は改装され、内部には展示室なども設けられている。 文部省/霞が関3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #近代建築 #高層ビル
…人事院や警察庁なども入居していたので、正式には合同庁舎2号館なのだそうだ。丸の内に残る戦前の官庁建築は徐々に減っていく。2003年末に文部科学省と会計検査院も一部は残ったが建て替えられ、残るは財務省のみ。 内政全般を扱っていた内務省に相応しい巨大庁舎建築。濃い茶色のスクラッチタイルが重厚さを醸し出していた。 ぼくの近代建築コレクション > 合同庁舎第二号館(人事院ビル) Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #近代建築
桜田門派出所(丸の内警察署 桜田門警備派出所) 所在地:千代田区皇居外苑 1 建設年:1934(昭和9) 構造・階数:木・1 備考 :1993(平成5)建て替え Photo 1992.3.8 桜田門外、お濠端の可愛らしい木造派出所。撮影の翌年にガラスを多用した交番に建て替えられた。設備を適宜更新するだけでも良かったんじゃないかと思うのだが。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 #公共施設
…め、新ビルの外壁にペタンと貼り付けたような感じ(事実カーテンウォール状に貼り付けているのだが。)になっている。旧建物の2〜6Fが新建物の2〜5Fになり、連窓のガラス壁面に替わっている。 大手町野村ビル・全景 Photo 2014.4.6 Wikipedia > 大手町野村ビル昭和回顧録 建築編 > 丸の内野村ビル(1)、 丸の内野村ビル(2)Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 #高層ビル #佐藤功一 ブログ内タグ一覧
…が、人気がなく廃屋のよう。2〜4階の外壁にはネットが掛けられており、靖国通り側の壁面には広告看板の取り付け金具だけが残る。黒ずんだ外観と窓の水平庇が異彩を放っている建物だった。使われているのか気になっていたのだが、ぼんやりしている内に、いつの間にか解体されてしまった。 廃景録 > 日東ビル ぼくの近代建築コレクション > 日東ビル、他/岩本町3丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #近代建築 #オフィス #震災復興 2014.6.16
…野ビルは、その問屋街の東の方に建っていた。小規模だがなかなか端正なオフィス建物だった。ただ1Fは何軒かの店舗になっていて、安っぽい庇が無造作に取り付けられていて、せっかくのファサードの一部を隠してしまっていた。街角の小規模な近代建築が人知れず失われていくのは、少し寂しい。 廃景録 > 岡野ビル 両国郵便局、岡野ビル/東日本橋2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #近代建築 #オフィス 2007.2.25
…の方が、妙な和風の意匠で変に迫力がある造形になっている気がする。またイオニア式のオーダーも柱に比して小さくて薄く、これもパッとしない。これなら完全にモダニズムデザインにした方がファサードはむしろ整う気がするが、そこは証券会社なので、やはりオーソドックスさが重要で、古典建築を引用したかったのかもしれない。 山丸証券、伊藤銀証券/兜町 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #近代建築 #オフィス 2007.2.25
…と会社のマークが浮き彫りになっているのだが、これはどうやったのだろう? 周辺も含めて石を全部交換したのか、文字とマークだけの石を貼ったのか、実は石のように見えるモルタルかなにかで文字を造ったのか? 最近は石のような風合いのFRPもあるので、触ったり叩いたりしないと素材が分からないが、この場所は触れないのでそのへんは不明。 日本信託銀行本店/日本橋3 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #商業系 #オフィスブログ内タグ一覧
…築ではないけれど、再開発で無くなってしまったので掲載。 松竹会館は、松竹の本社だった建物。映画館でもあり、松竹セントラル1、2、3があった。 再開発事業に伴い1999.2に閉館して解体された。その後、2000.5にADK松竹スクエア(現在は銀座松竹スクエア)が着工し、2002.10に同ビルが竣工している。 ぼくの近代建築コレクション > 松竹会館/築地1丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #映画館・ホール #オフィス 2018.8.2
… 大通りに面した建物ではなかったが、半円アーチが並ぶ正面側はお洒落な感じだった。壁面は暗褐色のタイル張り。 建物背面 Photo 1995.6.20 裏側に回ると、避難用の鉄製バルコニーと非常階段が無造作に取り付けられていた。この姿もどこか外国のアパートメント風で格好が良かった。 廃景録 > 第二帝興ビル 第二帝興ビル/新富1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #近代建築 2007.2.25
…、全体のボリュームがかなり大きくなったため、相対的に縦に縮められたような印象となった。 Photo 2005.6.12 南側ファサードの一部のみが保存されて新ビルに活かされており、ここはバーニーズの玄関となっている。 Wikipedia > 交詢社 廃景録 > 交詢社 ぼくの近代建築コレクション > 交詢ビル(1/2)/銀座6丁目 交詢ビル(2/2)/銀座6丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #近代建築 2007.2.25
…したところに建っていた、白地に小豆色の装飾が施された華やかなビル。右側は玄関とそれに続く階段室で、最上部には八角形の塔屋が載る。両側に巨大なオフィスビルが建ってしまい、窮屈そうな状況が続いていた。足立鉱業という会社のオフィスであり、また三笠会館というレストランとして利用されていたという。 廃景録 > 足立ビル 足立ビル/銀座5丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #近代建築 2007.2.25
…みたら、やはり取り壊されていて、六本木ヒルズへとつながる斜面の公園になっていた。場所柄、欧米人の子供が家族と共に遊んだりしている。 すぐそばに玄碩坂からクランク状に上ってくる階段の出口があるのだが、出口部分は建物と共に残されている。下部の階段は地形がまるごと変わってしまったので消失してしまった。ポケットパークの草むらの中に、奇妙な感じで小径が残っている。 2018.6.13 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #公共施設
…く、1945〜50年の航空写真(国土地理院)には建物が写っている。 1963(昭和38)年の東京都全住宅案内図帳には「麻布税務署」、そして1980年代から90年代初めの頃までの住宅地図には「東京国税局麻布分室」として掲載されているが、その後、写真のような廃屋になり、1996年頃に解体された。現在、同所にはアートギャラリーが入居する3階建て建物が建っている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #近代建築 ブログ内タグ一覧
…、空白。1991年の地図では「鹿島建設管理地」になっていた。 門の隙間から敷地内の建物を見る。1995年時点では既に廃墟化しており、窓も破れていた。この後、しばらくして焼失してしまい、その後解体された。 門前の様子。ベニヤ板や塩ビ波板で目隠しがされていた。 建物の解体後、1999年にパーク・コート麻布鳥居坂というマンションが完成、フィリピン共和国大使館も同建物内に入っている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #住宅系
…気。昔の住宅地図を見たところ、創業者の自宅だったようだ。 1990年代後半には建て替えられたようだが、現在も同所には三田無線研究所がある。 外壁はスタッコ仕上げとかだったのだろうか。1、2階は洋館のような外観だが、屋根は日本瓦の入母屋屋根。2階ベランダのアーチから軒庇までがやや長く、不思議なプロポーションをしている。2階の天井高を高く確保したかったのだろうか。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅 #オフィス ブログ内タグ一覧
…ームのある塔屋が印象的だった。消防庁第一方面本部として使われていたということだったが、もともと個人住宅である洋館が、どのように使われていたのかちょっと疑問。接待用施設、もしくは会議施設として使われていたのだろうか。結局私は、この写真を撮ったときの一回だけしか目にすることはなかった。 Wikipedia > 田中長兵衛(2代目) Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築 2007.2.26
…ことがなかったのだろうか。南側の端にある、時計台は、簡素なデザインだが、印象深いものだった。肝心の時計だかシンボルマークが、多分取り外されてしまっていて、ちょっと間抜けな感じになってしまっていたが。 その後、このビルは取り壊され、工場敷地も売却され、超高層マンションが建てられた。 2005年秋に現地を再訪した時点では、建物は解体され、暫定利用されている状態だった。 廃景録 > 沖電気 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #オフィス #近代建築
…) 構造・階数:RC・2F 備考 :六本木防衛庁跡地再開発に伴い解体 Photo 1989.4.2 防衛庁跡地の再開発(東京ミッドタウンプロジェクト)のために解体された。 写真を撮った頃は、防衛庁の敷地内だったため、塀の外から無理矢理撮影。手前の塀が日陰になって黒く落ちていてかなり邪魔。全貌は見えず。かといって塀に上って撮影、なんていう無茶は当然できず。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #近代建築 #官公庁 #オフィス 2007.2.25
…側に面している3階洗面所。押し開き窓から外気と光が入る。 地下へ至る階段 地下にはボイラー室、倉庫などがある。 地下室に残されていたボイラー いつ頃作られたものなのかチェックするのを忘れてしまった。残念。1階中庭部分に、ガラスブロック製の明かり取りがあるが、照明を点けないと殆ど周囲は見えない。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…囲気のある部屋。奥には大きな金庫がまだ残されていた。天井から吊された蛍光灯や、後付の配管、グレーの壁板などがちょっと懐かしさを感じさせる。 廊下の様子。 上部が半円形になった扉が個性的。扉自体は事務所らしく素っ気ない。エリアを仕切るためか、廊下の途中に、観音開きの木製枠のガラス扉が付いている。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…を見下ろす3階バルコニー。四角い中庭の一辺が全てバルコニーになっていて、中庭を独り占めしているようで気持ちよい。 3階から中庭とバルコニー 中庭部分には柱廊があり、ちょっと欧米かイスラムの屋敷の中庭のようなしつらえ。四方を囲まれたこの屋外空間には一体感があり、また私的な雰囲気が強く感じられる。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…」の名が掲げられている。 中庭に至る通路に付けられた上階への階段 1Fの各部屋は、道路側もしくは中庭側から直接入る造りになっていたようで1Fには廊下があった記憶がない。また玄関ホールの類もなく、上の階へは中庭への通路の途中に階段があって、そこから上る構造になっていた。 その1 外観など その2 中庭 その3 内部 その4 その他 食糧ビル/佐賀1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…た。 武田薬品工業・東京医薬品の建物と、右側の伊藤忠食品の建物は1999(平成11)に解体。インバーハウスビル(ライカビル)も2004(平成16)に取り壊されたという。ちゃんと写真を撮っておけばよかったと、今頃になって至極残念に思う次第。 廃景録 > 東京医薬品/伊藤忠食品 ぼくの近代建築コレクション > 東京医薬品、松下鈴木東京支社/日本橋室町3丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #商業系 #近代建築 2019.1.31
…ーも汐留近辺のビルによって半分以上が隠されてしまった。 1988年時点の東京タワーは上の方がそのまま細くなっている。特別展望台の上に地デジ関連の設備が設置されて上部が大きくなったが、それから既に15年ほどが経って今のタワーの姿に慣れたため、昔の姿は却って新鮮だ。 Site Y.M. 建築・都市徘徊 > Cityscape of Tokyo#東京新旧写真比較 #東京新旧写真比較 中央区 #街並み 中央区 #眺望 #海・川・池 #橋 #オフィス #高層ビル #夕景・夜景 タグ一覧