#失われた建物, 千代田区 の検索結果:

東京銀行集会所/東京銀行協会ビルヂング

…せて一体的に建て替えることになり、2016年末から解体された。23年しか使われなかったことになる。 跡地では29F・B4F・R2F、高さ150mの高層ビルが2018年から建設中で、2020年9月に完成する予定だという。 東京銀行協会ビルヂング - Wikipedia東京銀行協会/丸の内1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #オフィス #高層ビル #松井貴太郎(横河工務所) ブログ内タグ一覧

一橋大学一橋講堂

…の建物内に一橋講堂はある。 なお、当時の地図などを見ると「一ツ橋講堂」と記されていたりするのだが、下記「ぼくの近代建築コレクション」掲載の門の画像で「一橋大学一橋講堂」と読めるので、ここではこの表記を用いる。 ぼくの近代建築コレクション > 一橋講堂 建築士から見たマンションについての本音を公開します > 旧一ツ橋講堂 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #大学 #映画館・ホール #近代建築 ブログ内タグ一覧 2022.8.25 一部修正

桜門ビル

…同年中に解体され、翌年末には新しい建物ができたそうだ。 コーナーは丸く、窓台と庇の水平のラインが強調されている。日大本部と同時期の建物だが、こちらの方がやや新しい時代の雰囲気を感じさせるデザインだった。 2〜4Fはスクラッチタイル張り。 西側の通用出入口はアーチ型で、ここだけはやや大振りなデザインになっている。 桜門ビル/三崎町2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #近代建築 #日本大学 #大学 ブログ内タグ一覧

日本大学本部(図書館)

…りから見るとさほど大きさを感じさせない建物だった。 左手前:日大本部、右奥:桜門ビル 向かい側の桜門ビルと対になって建っていて、この一角には学生街らしい雰囲気が漂っていた。 東側、玄関上部のディテール 外壁はスクラッチタイル張り、細かい装飾はテラコッタ。石張りやモルタル塗りの部分もある装飾的な外観をしていた。 日本大学本部/西神田2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #近代建築 #日本大学 #大学ブログ内タグ一覧

聖イグナチオ教会

…時の空襲で焼失したため、戦後間もない時期に再建された堂。そのため装飾は少なく、壁面の様子もシンプル。 老朽化が進んだため築50年を前に解体。坂倉建築研究所の設計により新しい聖堂が建てられた。旧建物のステンドグラスは新建物に活用されている。 カトリック麹町 聖イグナチオ教会 Wikipedia > 聖イグナチオ教会 聖イグナチオ教会/麴町6丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #教会 2008.12.10

竹平寮

…の新庁舎が2007(平成19)に竣工している。 内堀通りから塀越しに2、3階の窓のようす。 居住者が既にほとんどいなかったのか、夏場なのに窓が全く開いていなかった。そのためこの窓がどのように開くのかはよく分からずじまい。 同じく内堀通りから塀越しに階段室周辺。 竹平寮付近 - 東京新旧写真比較(1981/2008)No.27 竹平寮/九段南1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #集合住宅 ブログ内タグ一覧

日本債券信用銀行

…行が1998年に破綻し、金融再生法により一時国有化されて整理されたあおりなのか、あっさり取り壊されてしまった。また、日債銀自体はあおぞら銀行となった。 Photo 2019.7.16 跡地には最近流行のツルッとした表面の高層ビル(北の丸スクエア)が2006年に完成した。 Wikipedia > 日本債券信用銀行、 北の丸スクエア Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #オフィス #銀行・保険 #高層ビル #モダニズム

正則学園

…てしまったが故に、残念ながらあまり大切にされていないような気がする。 2005年に通りかかったら、新しいきれいな校舎に建て替わっていました。(正確には改築らしい。) ちなみに奥に見えるのは錦城学園高等学校で、これも1935(昭和10)竣工だそうだ。 Wikipedia > 正則学園高等学校 ぼくの近代建築コレクション > 正則学園、錦城学園 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #古い建物 千代田区 #学校 #モダニズム 2007.2.25

誠文堂新光社

…されておったんかいな、という感慨に浸るのだった。長い歴史を持つ雑誌だから、建物のほうも長い歴史のあるものだったんだなぁと納得。 しかし、2005年の春に訪れたら、ちょうど解体し終わったところだった。階段室だけでも入っておけば良かったと後悔。 ちなみに現在、会社は文京区の本郷にあるそうです。 廃景録 > 誠文堂新光社 ぼくの近代建築コレクション > 誠文堂新光社 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 2012.2.25

名倉病院

…水に残る最後の近代建築病院だったが、都心で低層の病院を維持するのは、資産的にも設備的にも大変な時代なのかもしれない。 新しいビルの玄関まわりには旧ビルで用いられていたスクラッチタイルが貼られている。またこの新しいビルでは1Fのみが診療所(名倉クリニック)で、上層階はオフィスや賃貸住宅になっているそうだ。 廃景録 > 名倉病院 名倉病院/神田駿河台4丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #病院 #近代建築

日本医師会館

…て、しばし呆然としてしまった。 現在建っているNMF駿河台ビル(旧 NOF駿河台プラザビル)は、S+RC造の8F+B1Fで、1997年4月竣工。正確な解体年は未把握だが、1993年版の住宅地図では戸田建設の管理地になっており、既に解体されているので、1989〜92年頃に解体されたようだ。 ぼくの近代建築コレクション > 日本医師会館 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 ブログ内タグ一覧 2022.8.25 修正加筆

日本大学理工学部1号館

…のに替わった。 Photo 2014.2.21 旧校舎の玄関部分のみが、玄関内のエレベーターホールに展示されている。イメージが全然違うから展示するだけにしたのかもしれないけれど、せっかくなら玄関として使えば良かったのに・・・。 日本大学理工学部1号館/神田駿河台1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture 日本大学理工学部 5号館、 6号館、 9号館#失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #近代建築 #日本大学 #大学ブログ内タグ一覧

旧主婦の友社・お茶の水スクエア

…備の一環として、カザルスホールを2010年3月末で閉鎖した。建て替えるのかどうかは不明だが、築20年ほどで次々に状況が変化するのには考えさせられてしまう。また、クラシックファンに評判が良かった室内楽専用ホールが失われたのは非常に残念。 Wikipedia > お茶の水スクエアTokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #オフィス #日本大学 #大学 #ポストモダン #復元・復原 #W.M.ヴォーリズ #磯崎新ブログ内タグ一覧

明治大学記念館

…。 Photo 1998.6.27 超高層ビル化した建物の頂部にはドームが載っており、旧校舎のイメージの継承が図られている。また左側の翼部のイメージも残されている。しかし旧来の外壁は全く残されておらず、全面的に建て替えが行われた。 Wikipedia > 明治大学 明治大学記念館/神田駿河台1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #高層ビル #大学 #近代建築 2007.2.25

JR東日本 神田変電所

…数:RC・3F 備考 :2003(平成15)解体 Photo 2000.6.3 真白なコンクリート建築。横連窓と水平なライン、丸いコーナー部などは、モダニズム建築の典型的意匠。JRの線路に隣接した場所に建っていて、その壁面からは架線に電力を供給する電線が道路上空にたくさん張られていた。 廃景録 > JR東日本 神田変電所 ぼくの近代建築コレクション > 神田変電所 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #工場 #近代建築 2012.2.25

東京ファスナー

…工だそうなので、2000〜03年に建て替えられたようだ。2023.12.29追記 戦前の建物かどうかは分からないが、それなりに古い建物かと思う。ただ、戦後まもなくの火災保険特殊地図(1950年や1954-59年発行)では、「石坂S」(S=Shop)と記されており、東京ファスナーになったのは1960年代以降のことだったらしい。ぼくの近代建築コレクション > 東京ファスナー、他Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #タイル張り看板建築 #看板建築

萬屋履物店

…保町はRC造13Fで2005(平成17)年2月竣工なので、2003〜04頃に着工したと思われる。従って、この銅板張り看板建築はこの撮影の少し後には解体されてしまったのではないかと思われる。 Photo 1995.7.22 「よろづ」の文字に矢が刺さって「萬屋」。屋の字が傾いてしまっているのは御愛嬌。 ぼくの近代建築コレクション > 萬屋履物店、手塚印刷 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #銅板張り看板建築 2012.2.25

東洋キネマ

…2月開館だという。また、1970年から1973年までの間に閉館したそうだ。 その後は関連の会社などが使用したりしていたようで、1973年の住宅地図では小川町郵便局(仮局舎)、1982年の同地図では東洋キネマ・スタジオコモン、1991年には東洋キネマビル・(有)視聴覚センターと記されている。 千代田区の映画館 - 消えた映画館の記憶 ぼくの近代建築コレクション > 東洋キネマ Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #映画館・ホール #看板建築

誠屋洋服店

…(1951年作成、1954年修正)には「KK誠屋洋服店」と記されている。戦前の1935年発行の同地図ではそれらしき建物の形はあるが、屋号などが記入されておらず、戦前に建てられたかどうかは確認できない。ここの界隈は戦災で焼失したようなので、やはり恐らく戦後まもなくの時期のものだったのだろう。屋号の看板も左から書いてあるし。 誠屋洋服店/神田神保町1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #商業系

三慶商店

…、結局見れずじまい。 2023.12.29 戦後まもなくの火災保険特殊地図を見たところ、1951年発行のものには「森信吉S・近江屋産業」とあった。建物は大正時代末頃に建てられたそうだが、当初は「三慶商店」ではなかったようだ。1954年発行のものには「三慶」と記されているので、この頃に変わったらしい。 ぼくの近代建築コレクション > 三慶商店、他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #商業系 #ギャンブレル屋根 ブログ内タグ一覧

寿ビル(東京時計商会、旧杏花楼)

…ベランダがついているのが目を引く。1990年頃まではすずらん通りには歩道上にアーケードがあり、建物のファサードがよく見えなかったが、その後、取り外されてこのような外観を見ることができるようになった。 調べてみると、杏花楼というのは中華料理屋だったとのこと。やや東洋趣味的な外観はそのためなのかもしれない。 ぼくの近代建築コレクション > 寿ビル 廃景録 > 寿ビル(杏華楼) Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #近代建築 2012.2.25

東京共成社

…階屋(山内商店・履物店)の建物は2019年6月時点でも残っているが、東京共成社と右側の小川町丸十(パン屋)は2009年12月時点で既に共に消失していた。 現在、東京共成社が入居している永岡ビルは1999(平成11)竣工とのことなので、写真左の建物は1997〜98(平成9〜10)頃に解体されたのではないかと思う。 ぼくの近代建築コレクション > 稲川楼、東京共成社 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #商業系 2012.2.25

フタバヤ

…の「小さなお家」そのものの状況になって久しかった。2005年の春に訪れてみたら、跡形もなく新しい建物に建て替わっていた。ビルの間にちょこんとフタバヤがあることで、この交差点は印象的なものになっていたのが、それが無くなってしまうとあまり特徴がない交差点なのだった。 尾張屋、深見酒店/小川町1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #モルタル看板建築 #看板建築 #商業系 ブログ内タグ一覧 2022.8.25

同和病院

…斜の瓦屋根が目を引く。玄関のステンドグラスが綺麗だった。背面にも個性的な窓が並んでいた。 建物裏側 Photo 1995.7.22 屋根裏状になった部屋があったのか、高窓があったのか分からないが、小屋根が付いていた。スクラッチタイルとスペイン瓦が印象的。 Photo 1995.6.3 廃景録 > 同和病院 ぼくの近代建築コレクション > 同和病院/神田淡路町2丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #病院 #近代建築 2014.6.16

会計検査院

…ては地味な玄関。 会計検査院前から文部省(写真奥右側)を見る。 昭和初期にできた官庁街の街並み。再開発後は高層ビルの街並みになる。 2007.2.25 文部省と一体的に再開発されて高層化され、2007(平成19)年秋に霞が関コモンゲートが完成。 会計検査院の建物は、玄関まわりが新しいビルの一部として再利用された。 会計検査院/霞が関3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #近代建築

旧文部省(文部科学省)

…年坂に面したL字型部分を残して南西側は取り壊され、北西側の会計検査院と一体的に再開発が行われた。このため上3枚の写真に写っている部分は結果的に全て残されている。 左後方は霞が関コモンゲート東館。現在はここに文部科学省や会計検査院が入居している。旧文部省の建物は改装され、内部には展示室なども設けられている。 文部省/霞が関3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #近代建築 #高層ビル

旧内務省庁舎・合同庁舎第二号館

…人事院や警察庁なども入居していたので、正式には合同庁舎2号館なのだそうだ。丸の内に残る戦前の官庁建築は徐々に減っていく。2003年末に文部科学省と会計検査院も一部は残ったが建て替えられ、残るは財務省のみ。 内政全般を扱っていた内務省に相応しい巨大庁舎建築。濃い茶色のスクラッチタイルが重厚さを醸し出していた。 ぼくの近代建築コレクション > 合同庁舎第二号館(人事院ビル) Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #近代建築

桜田門派出所

桜田門派出所(丸の内警察署 桜田門警備派出所) 所在地:千代田区皇居外苑 1 建設年:1934(昭和9) 構造・階数:木・1 備考 :1993(平成5)建て替え Photo 1992.3.8 桜田門外、お濠端の可愛らしい木造派出所。撮影の翌年にガラスを多用した交番に建て替えられた。設備を適宜更新するだけでも良かったんじゃないかと思うのだが。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 #公共施設

丸ノ内野村ビルディング(旧日清生命館)

…め、新ビルの外壁にペタンと貼り付けたような感じ(事実カーテンウォール状に貼り付けているのだが。)になっている。旧建物の2〜6Fが新建物の2〜5Fになり、連窓のガラス壁面に替わっている。 大手町野村ビル・全景 Photo 2014.4.6 Wikipedia > 大手町野村ビル昭和回顧録 建築編 > 丸の内野村ビル(1)、 丸の内野村ビル(2)Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #オフィス #近代建築 #高層ビル #佐藤功一 ブログ内タグ一覧

日東ビル

…が、人気がなく廃屋のよう。2〜4階の外壁にはネットが掛けられており、靖国通り側の壁面には広告看板の取り付け金具だけが残る。黒ずんだ外観と窓の水平庇が異彩を放っている建物だった。使われているのか気になっていたのだが、ぼんやりしている内に、いつの間にか解体されてしまった。 廃景録 > 日東ビル ぼくの近代建築コレクション > 日東ビル、他/岩本町3丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #近代建築 #オフィス #震災復興 2014.6.16