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…の後、同エリアへしばらく訪れなかったため、いつ頃まであったのかは未把握。下記サイト(現在はサイト消失)には2003年1月に撮影された写真が載っているので、少なくともこの頃までは存在していたようだ。2004年11月発行の住宅地図では更地や駐車場になっているので、この頃に解体されたらしい。 西洋館さんぽ > 解体建築(複数まとめ) ← (2026年現在はサイト消失)Tokyo Lost Architecture#失われた建物 杉並区 #洋館・洋風住宅 #オフィス ブログ内タグ一覧
…。Google Street Viewの2018年4月の写真には写っているので、その年の秋に解体されたらしい。 Photo 2015.12.22 玄関わきに張り出した部屋があるのが特徴的。2階の窓などは新しいサッシに替えられていたが、玄関の扉や張り出し部分の窓は木枠で、瀟洒な姿を見せていた。目白文化村でも戦前の住宅は次第に少なくなっていて、数えるほどになっている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #住宅系 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅
…ビルではないようだが、この家があった一角にもビルが建つようだ。 北側から Photo 2008.5.21 一つ上の段に建つ家々へアプローチする階段が東側にあり、そちらを上るとこの家を北側から眺めることができた。上から見ると、玄関部分は瓦葺きの切妻屋根だったことがよくわかる。またこの時点では屋根は塗り直されておらず、比較的おとなしい緑色だった。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #住宅系 #ギャンブレル屋根 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…の上げ下げ窓が印象的だった。ただその他の装飾はあまりないので、これだけだと古い洋館にはそれほど見えなかった。 2010年に訪れた時はまだ比較的きれいな状態だったが、売却直前には屋根や窓枠などの傷みが進んでいた。2015年末に訪れた時には既に売却希望物件になっていて、その後、2016〜17に売却されて消失したようだ。落合界隈の戦前の洋風住宅は残念ながらあと十数軒ではないだろうか。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #住宅系 #洋館・洋風住宅
…。当初はシンメトリーなデザインだったのかもしれないが、増改築を経てあちこちが異なる状態になったようだ。 桜田通りから Photo 2005.10.2 建物の後ろ側は入母屋ではなく切妻屋根。瓦は日本瓦ではなく洋風のもので、ところどころ脱落してしまっていた。 お寺の門前町屋地だったらしく、建物解体後、現在はお寺の駐車場になっている。一方、写真中央と右側の平屋の建物の方は現存している。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #住宅系 #洋館・洋風住宅
…ったため全景を撮れなかったのが残念。 使われなくなったという話を聞いていたので、近くを通りかかるたびに気になって見に行っていたのだが、2012年の12月4日に訪れてみたら、ちょうど解体業者が来ていて、既に家財道具などが運び出され、解体準備真っ最中だった。現在、同所にはタカナワテラスという集合住宅が建っている。 高輪に建つ明治からの洋館がもうすぐ解体。最後の記念に数枚。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #住宅系 #近代建築 #洋館・洋風住宅
…の開発が行われたわけではなく、現在に至るまでコインパーキングになっている。 2025.1.6追記 1937(昭和12)年の火保図では河合鉄二邸。同氏は第百銀行常務、川崎貯蓄銀行副頭取、日本火災保険・川崎倉庫各取締役を務めた人。戦後、1963(昭和38)年の東京都全住宅案内図帳では氏名等が記載されていない。そして1973(昭和48)年以降の住宅地図で金光邸とされていた。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築
…気。昔の住宅地図を見たところ、創業者の自宅だったようだ。 1990年代後半には建て替えられたようだが、現在も同所には三田無線研究所がある。 外壁はスタッコ仕上げとかだったのだろうか。1、2階は洋館のような外観だが、屋根は日本瓦の入母屋屋根。2階ベランダのアーチから軒庇までがやや長く、不思議なプロポーションをしている。2階の天井高を高く確保したかったのだろうか。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅 #オフィス ブログ内タグ一覧
…ームのある塔屋が印象的だった。消防庁第一方面本部として使われていたということだったが、もともと個人住宅である洋館が、どのように使われていたのかちょっと疑問。接待用施設、もしくは会議施設として使われていたのだろうか。結局私は、この写真を撮ったときの一回だけしか目にすることはなかった。 Wikipedia > 田中長兵衛(2代目) Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築 2007.2.26
…15) Photo 1994.12.4 千石の住宅地にあった洋館。撮影時には葉山商店として利用されていた。屋根中央のギャンブレル状の窓や、2Fのアーチ型の窓が印象的。小路の突き当たりにあったのだが、建物の正面に建つ電柱が邪魔。 大切に使われていたようだったので、安心かと思っていたが、持ち主が替わったのか、その後、あっさり無くなってしまった。残念。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #住宅系 #洋館・洋風住宅 2007.2.26
…なかったが、冬場は枯れ木越しに建物が見えたりしていた。日本の建物には見えない可愛らしい家。 西側から 築90年余り の洋館取り壊しから考える、家を大切にすると言うこと - SUUMOジャーナル 築100年弱、相続のために売却されたお屋敷の一夜限定公開を見てきた | 住まいの「本当」と「今」を伝える情報サイト【LIFULL HOME'S PRESS】 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 大田区 #近代建築 #住宅系 #洋館・洋風住宅 #登録有形文化財
…た。 設計者はライトの弟子だったという情報もあった。よく見るとベランダのパーゴラの木製柱が帝国ホテルの大谷石立方体のような感じで、言われてみればそうだったのかもしれないとも思う。垂直線や高さ感をあまり強調せず、水平にゆったり広がるさまも優雅だった。 Photo 2011.2.16 同所には2014年9月に共同住宅が新築されているので、この家は2013年頃までに解体されたようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 大田区 #住宅系 #洋館・洋風住宅
…その下の半分壊れた窓台と横長の穴はなんだかよく分からない。2階の窓はベイウィンドウ。 華やかな装飾がある建物ではなかったが、解体されてしまったのはやはり残念だった。 なお下記リンク先には、小原邸として用いられていた頃の写真が掲載されている。オリジナルの建物は正面の2階建てと右側に接続している部分のようで、左端の白い建物は別のようだ。 小原邸 - 近代建築青空ミュージアム #失われた建物 大田区 #住宅系 #洋館・洋風住宅 #教会 Tokyo Lost Architecture
…国登録有形文化財)が現在も残っている。そしてこの家も、無くなった二つの洋館とかなり似ているのだった。 三井造船駒場寮所在地:目黒区駒場4-1構造 :木設計 :山田醇建設年:昭和初期解体年:1994〜95(平成6〜7)Photo 1990.1.14 築山邸(国登録有形文化財)所在地:世田谷区砧8−18構造 :木設計 :山田醇建設年:昭和初期Photo 2016.12.20 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 目黒区 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…造2階+屋根裏 建設年:大正時代初期 解体年:2013年末に解体 Photo 2008.6.4 1月末に通りかかったら既に無くなってしまっていた。建物だけでなく庭木も塀も除却され、全くの更地になっていた。 勾配が急なスレート屋根の背の高い洋館で、西片に残る洋館の中でも印象的な姿のものだっただけに残念。 中村邸/文京区西片2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #医院 #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築
…1915(大正4)年竣工 設計 :J.コンドル(Josiah Conder 1852~1920) 構造・階数:煉瓦造・2F+B1F Photo 2012.4.24 品川駅から歩き始めて高輪南部の階段を歩き、島津山へ。清泉女子大学本館を外観だけ見学。 品川から目黒にかけての目黒川左岸には、八つ山、御殿山、島津山、池田山、花房山と小高い丘が点在する。5つを合わせて城南五山などと言うことを最近になって知った。 #古い建物 品川区 #大学 #近代建築 #J.コンドル #洋館・洋風住宅
…り壊されていた。解体時期も未把握。 日本近代建築総覧には造船会社の寮と記されていたが、どちらかというと大型の住宅のようで、集合住宅にはあまり見えなかった記憶がある。もしかすると昔は誰かの御屋敷だったのかもしれないが、そのあたりについても調べていないので不明。 同じ目黒区内、青葉台にあった青葉台神鋼荘(旧安田邸)も同じ設計者、山田醇で、外観の雰囲気もかなり似ている。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 目黒区 #洋館・洋風住宅 #山田醇ブログ内タグ一覧
…は、野間道場という木造の剣道場があったそうだが、こちらも2007年に解体されている。 都市風景への旅 > 東京都文京区目白台2・3丁目 喫茶店で瞑想して、 銭湯で元気になる > 夏の記憶 1、2、3、4、5 まちかど逍遥 > 講談社旧館(東京歩き) のりみ通信 > 講談社第一別館(旧三井邸)解体 ―手塚治虫ゆかりの地がまたひとつ… 月刊旧建築 > 講談社所有の野間道場、解体へ Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #洋館・洋風住宅
…5.27 広尾ガーデンヒルズの北側の一角にあった木造2階屋。南京下見板張りで、2階には白いペンキで塗られた小さなベランダがあり、窓枠などは水色がかっている。右奥部分の屋根は傾斜が急なので洋間だったのかもしれない。2階手前部分の屋根だけ腰折れ状になっているが、理由は不明。屋根は洋風スレートでも日本瓦でもなく、セメント瓦で葺かれていたようだ。全体としては和風ではなく文化住宅系の洋風住宅だった。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅
…栖川宮公園の南の方に建っていた南京下見板張りの木造洋館。大きな木が道路沿いにあり、ややその陰に隠れるように佇んでいたのと、門のあたりの煉瓦塀が腰高程度しかないのが印象的だったお家。 最近はここを訪れていないが、どうやら駐車場になっている模様。Google Street Viewで見ると、前面の低い塀は取り壊されて駐車場の入口になっているが、左側の塀はそのまま残されている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…るくモダンな感じで、美しかった。反対側(庭側)は東南面で、これまた明るいお庭だったのではないかと想像される。 右手前側に斜めに突き出しているのは玄関上の高窓部分だろうか。正面のポーチ部分の屋根は少し緩やかで、屋根傾斜がカーブを描いて変化している。門のところから少し見えている姿と、塀越しにしか様子は分からなかったが、住んでみたくなる羨ましい洋館だった。 ニッポン懐景録 > 港区白金1~4丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅
…目立っていた。このため、派手なデザインではなかったが、かなり印象に残るものだった。 当時、裏通りを歩いていて、こういう建物に出会ったのでハッとして写真を撮った。しかしこの北方向からの1カットのみで、南側から見た時にどのような姿だったかは記録し損ねてしまった。その後、2度ほど通りかかったのだが、いつのまにか2棟とも解体され、ビルに建て替わってしまったのだった。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #住宅系 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…log内の記事には背後(北側)からの写真が載っている。絵を描く際に間接光を取り入れるため、北側の屋根面に天窓があるのがわかる。 刑部人邸/アトリエを拝見する。 下落合を描いた画家たち・刑部人。 刑部人邸/アトリエを拝見する。 あと、いのうえさんの「漂泊のブロガー2」にも建物内外の記事がある。 刑部邸の見納め 芙美子邸と刑部邸 拙Blog既往関連記事 刑部人の風景画 刑部邸 1 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #近代建築 #洋館・洋風住宅
…する。 落合、中井界隈は大正期までは郊外の田舎だった場所。大正後期に目白文化村が開発・分譲され、震災後の昭和の初めには西武新宿線ができ、急速に宅地化が進んだそうだが、それでも緑が多い武蔵野の郊外住宅地だったのだろう。刑部邸は往時のそのような雰囲気を残すお家だった。 屋根部分 木製の窓が美しい。観音開きの雨戸にスリットが入り、美しい影を落としている。 刑部人の風景画 刑部邸 2 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #近代建築 #洋館・洋風住宅
…撮らずにいたら、全く手元には残せなかったわけだから。条件は悪くてもとりあえず撮っておくべきなのだなと、今回また思った。 日中の写真は、以下のサイトで見ることができる。ホント、日中に撮っておくべきだよなぁ。この建物も、あまり多くのサイトには載っていない。 ~Archives~ > 町田同族社員貸住宅 ニッポン懐景録 > 港区六本木 都市風景への旅 > 東京都港区六本木 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #夕景・夜景 #住宅系 #洋館・洋風住宅
…1995.6.6 口羽医院のHPの中の「医院のあゆみ」には、2001年の10月に解体され、2003年10月には、マンションの1Fで新医院として開業したとあった。 70年間以上使われていた旧建物は、ハーフティンバーの洋館だった。お医者さんて、昔は結構ハイカラな建物だったことが多いんだろうな。ただ1F部分は改築されたりしたのだろうか? かなり素っ気ない作りになっているのが不思議だった。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅 #医院
…。また、最後の頃はアコーディオン型の門扉に替えられていたが、10年ほど前のこの写真では立派な木の門扉で、御屋敷然とした風格の漂うお家だった。 大蔵省印刷局の寮だったとのこと。幹部の社宅だったのだろうか?、それともルームシェア?。寮としてどのように使っていたのかは知らないが、昨今の財政再建のために行われた、都心の低未利用地の、再開発もしくは売却の一環だとしたら、とても残念な話だ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #住宅系 #洋館・洋風住宅
…者の方は不在だったようで、建設年代など詳細は不明のまま。 さて、詳細を御存知の方はおられないでしょうか? 気になる〜。 玄関先の様子 それほど凝ったデザインはないのだが、部分的にちょっと洋風だったりする。mのマークは恐らく居住者のイニシャルから採ったもの。 2022.8.14 追記 その後、2010〜12年にこの住宅は解体され、跡地にはマンションが建てられた。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #住宅系 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…長屋 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 #文化住宅 #和風住宅 #和洋折衷住宅 #同潤会 #吹き抜け・アトリウム #アーケード #屋内階段 #EV・ES #ギャンブレル屋根 #マンサード屋根 #早稲田大学 #大学 #学校 #青木淳 #芦原義信 #阿部美樹志 #安東勝男 #安藤忠雄 #石井和紘 #石本喜久治 #石山修武 #磯崎新 #伊東忠太 #伊東豊雄 #乾久美子 #今井兼次 #内田祥三 #大江宏 #大高正人 #岡田信一郎 #菊竹清訓 #岸田日出刀 #桐山均一 #隈研吾 #黒川紀…