#モルタル看板建築 の検索結果:

理容あさひ他

…年に火災で焼失。左側(南隣)の看板建築も少し焼けたのか同年中に解体され、現在、跡地はコインパーキングになっている。 中央線沿いの街では駅からの道沿いに看板建築が残されていることが多かった。もともとは駅の近くに多かったようだが、それらは開発によって早い段階でなくなり、少し離れた場所のものが残り続けていた。しかしそれらも近年はかなり減っている。 Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 杉並区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

窪寺米店

…ターがあり、道路側には壁面がほぼなかったが、2階は戸袋がモルタル洗い出し仕上げで、縦縞、横縞、斜めのラインなどが入り、洒落た仕上がりになっていた。また、1階の軒先や2階の窓上には瓦屋根の庇が付けられていた。 一昨年末に解体されることになり閉店のお知らせが掲出された。そこに築64年と書かれていたので、1959年頃に建てられたものだったようだ。 Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 中野区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

南品川一郵便局

南品川一郵便局所在地:品川区 南品川1-8-4構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2018〜19(平成30〜令和元)Photo 2011.5.22 旧東海道沿い、南品川宿だった場所にあった郵便局。戦前、1936(昭和11)年の火保図に「郵便局」として記されている。界隈は戦災では焼失していないそうなので、もしかするとこの建物も戦前に建てられたものだったかもしれない。 建物は恐らくモルタル看板建築。旧東海道と小路の角地にあり、角に向かって玄関を設けている。ただ2階は角部分まで…

ハシモト化粧品

ハシモト化粧品所在地:品川区 東大井1-3-28構造・階数:木・2建設年:?解体年:2014〜15(平成26〜27)Photo 2006.9.24 旧東海道沿いにあった化粧品店で、やや間口が広い妻入りモルタル看板建築。 店舗部分の間口は半分よりやや広め。2階窓上の庇は壁面からの出が小さい。 妻壁上部に幾何学的なタイル状の模様が描かれているのが印象的だった。 この場所は戦災では焼失しなかったようだが、いつ頃建てられたものだったのか詳細は不明。1965年発行の東京都全住宅案内図帳…

旧 岡田石炭KK/旧 讃岐食品

…ャッターが付けられたという。1階部分のデザインが冴えないなと思っていたが、かつてはシンメトリーなデザインだったと知り納得。 裏側が川に面していたので、もしかするとかつては建物裏で荷揚げをしていた倉庫兼用の事務所だったのかもしれない。 讃岐食品、他/佐賀1丁目 - ぼくの近代建築コレクション アクトデザイン凛太郎のブログ 佐賀〜深川〜清洲 散策Ⅰ 旧讃岐食品 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

神田パイプ店

…によると、パイプの加工などを手掛けていたとのことなので、建物の配管をイメージしたデザインだったのかもしれない。独特なファサードが印象的な建物だった。 佐竹商店街と周辺/台東3丁目 - ぼくの近代建築コレクション taito of tokyo23archive(東京23区の近代建築) アクトデザイン凛太郎のブログ 新御徒町駅近辺 台東3丁目佐竹商店街近辺散策 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

旧 綿貫理髪店

…して仕舞屋になっていたが、床屋のくるくるサインはそのまま掲げられていた。 東側から Photo 2008.3.28 側面や後方の壁面、窓上の庇などはトタン張り、屋根はセメント瓦?で、やや傷みが激しかった。写真の後も存続していたが、2015年に解体され、現在は3階建ての集合住宅?になっている。 綿貫理髪店、二軒長屋/白山1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

協立製本(株)第二工場、岡村紙工

…付く。ただ、付柱は本格的な様式建築のデザインではなく、梁を支えているわけでもない。アーチも付柱の途中から架かっており、よく見るとちょっと変なことになっているが、そのあたりが建物の個性になっており、建物を印象的なものにしている。 旧協立製本(株)第二工場・岡村紙工 文京区白山 - 東京ノスタルジア協立製本、四軒長屋/白山1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

シオン美容室

…hoto 2014.12.15 不忍通りの裏通りと言問通りの角にあったモルタル看板建築。前項の「あさひや」の2軒長屋の北側にあったもの。 シオン美容室は1963年の住宅地図にも載っていて、50年以上営業していたようだが、この写真の翌年に解体され、周辺と合わせて現在は8階建てマンションになっている。 近藤電気商会、他/根津2丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

あさひや(2軒長屋)

…店だったという。 Photo 2010.9.29 2枚目写真は、前項「バーバー銀巴里、カフェゆう」掲載のものを再掲。中央右が「バーバー銀巴里、カフェゆう」、奥が「九ちゃんの3軒長屋」 一連の建物は全て建て替えられて、マンションなどになっている。 あさひや 文京区根津 - 東京ノスタルジア 近藤電気商会、他/根津2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #長屋 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

バーバー銀巴里、カフェゆう

…13年後半に解体されて建て替えられた。カフェゆうは新しい建物で引き続き営業している。 Photo 2010.9.29 少し離れた場所から見ると、後方にギャンブレル屋根の屋根裏があったことが分かり、この一角の2階建ての中ではやや大型の建物だった。 なお、手前は次項の「あさひや」 近藤電気商会、他/根津2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 #ギャンブレル屋根 ブログ内タグ一覧

九ちゃん(3軒長屋)

…左奥側から九ちゃん(居酒屋)、森永牛乳販売店、ピッコロ(喫茶店)だったが、写真の頃にはピッコロは既に店を辞めていたようだ。 3軒続きで1階の瓦葺き軒庇が連続している。洋風のモルタル看板建築でこのような形になっているのはちょっと珍しい。また、3軒のうち北端の店だけ2階が凸型になっているのもおもしろい。 九ちゃん、他/根津2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

大内ビル?

…半円状にして山型の妻面を隠している。一帯は建物疎開地区だったので、この建物も戦前のものではなく戦後まもなくの頃に建てられたものだったはず。 周辺は現在は虎ノ門ヒルズ森タワーになっており、写真内の全ての建物は現存していない。また、撮影時に建物名の細かな確認をしなかったため、後で住宅地図を確認したがこの建物が大内ビルなのかどうかははっきりとは確認できていない。 sTokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

理容室ハシモト

…屋」と記されており、恐らく戦前に既に開業していた店だったようだ。一帯は戦災では焼失しなかった地域なので、建物もあるいは戦前のものだったのかもしれない。 同所では写真周辺の建物がほぼ同時期にみな取り壊された。その後、街区全体が開発され、2018年にパークホームズ千代田淡路町という12階建てマンションが竣工している。 神田万彦、理容室ハシモト/神田須田町1丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

丸新青果、森永牛乳販売店

…は新富2-3、三業地の見番の場所に移転し、1949頃に閉業したという。 1950年の火災保険特殊地図では、丸新果物S・喫茶店として記載があり、60年代の住宅地図では、八百屋丸新とH邸、70年代には丸新八百屋と森永牛乳、80年代以降は丸新青果と森永牛乳という形で記載されている。 丸新青果店、他/新富1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 #タイル張り看板建築 ブログ内タグ一覧

旧 加藤物産KK?/旧 村井堀留店

…た。壁が剥落して壁裏が見えており、木造モルタル塗りだったことが逆によく分かる。 倒壊のおそれがあるので近づかないようにという貼り紙があり、中央区役所が管理しているようだったが、どのような経緯でそうなったのかは分からない。 Photo 2011.1.26 写真の後、3月の東日本大震災で半壊したそうで、その後建物は解体され、現在は同所もマンションになっている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

日完工芸

…窓が上下に並んでいた。 この界隈は戦災では焼失しなかったようなので、この建物も恐らく戦前のものではないだろうか(確証はない)。 1963年発行の東京都全住宅案内図帳(港区版)ではここは「東京計器工業KK工事部」で、昔は異なる会社が使っていたようだ。なお、下記サイトによれば日完工芸は1963年創業だそうだ。 日完工芸/三田1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

キクヤレストラン

…トランは現在もその新しいビルで営業を続けている。 キクヤレストラン周辺。写真右側がキクヤレストラン。中央は喫茶さんぼるがある5階建てビルで、この建物は現存している。左は1990年代半ばまで歯科医院(岡本歯科)だったもの。この後、歯科医院は廃業したようで、しばらくすると建物もなくなり、現在は駐車場になっている。キクヤレストラン解体前日 : やっとかめ どっとこむTokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

協友社

…になっている。 また、下記「ぼくの近代建築コレクション」には、「区役所の出張所が置かれていたこともあるらしい。」とあって、確かに、1950年発行の火災保険特殊地図には「中央区役所第二出張所」と記されている。なお、戦前版では小規模の建物の場合、名称が記されなかったりするため詳細は不明。 籠平、他/湊1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #木造店舗 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

A邸・S邸

…また2階の窓も昔は観音開きだったが、上写真の時には上下2段の突き出し窓に替えられている。 1階部分は改装以前から洋風とは言い難い感じだったようだが、2階から軒先までは洋風の設えで、付け柱上部や窓の上部には装飾が施されていた。モルタル看板建築だがやや変わったデザインのファサードが印象に残る建物だった。加藤伍、末広亭/人形町3丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

人形町交差点の角地モルタル建築

…て、大正期の地図には矢島洋傘帽子店と記されているお店。そして喫茶RONはその矢島洋品店が1965(昭和40)年に商売替えしたものだったそうだ。 喫茶RONは2018(平成30)年秋に閉店。その後も建物全体はしばらく残っていたが、2020年頃に解体され、10階建てのビルが2023年に完成している。ロン、みどりや靴店/人形町1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

旅館 鴻生館

…建設年についてはコメントしていないためその詳細は不明。 左隣の銅板張り看板建築は中島米店(日本橋人形町1-16-2)で、明治中期に創業したというお店。鴻生館と同じ頃に廃業したが、Googleストリートビューによればこちらの建物は2022年9月時点でまだ残っている。鴻生館、中島米店/人形町1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #ホテル・旅館 #看板建築 #モルタル看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧

永楽屋

…ゃれにデザインされていた(改装などの際に新調されたものだったのかもしれない)。 1階の扉は観音開きで店の名が金文字で画かれていた。ショーウィンドウが張り出していて、見せ方にもちょっとした工夫がされた建物デザインだった。ただ、営業時の写真をネットで見たところ、ディスプレイはきれいだとは言い難い感じだった。永楽屋、他/蛎殻町1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

Coffee Shop Cotto、旧日比野運輸

…が装飾は少なく、コーナー部壁面のレリーフとギザギザになったパラペット上端部だけ。日比野運輸の方は外壁が改修されているのでよく分からないが、金属板張りの看板建築で上端部のデザインはコットと似ていた。 二つの建物は共にこの写真の数年後に解体され、現在、跡地には10階建てマンションが建てられている。コット、フジスター/日本橋大伝馬町 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

月島2丁目、清澄通り沿いの看板建築群

…真を見られるが、そちらでは荒井喜久蔵商店がまだ営業中で、軒先に看板が掲げられていることも確認できる。 月島は2000年に大江戸線が開通したこともあって、この頃から高層マンションがどんどん造られた。写真の建物群も1997〜98年頃に解体され、跡地には12階建ての高層マンションが建てられている。酒場ハクツル/月島2丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 #出桁造り ブログ内タグ一覧

新富1丁目のモルタル看板建築群

…の頃には外壁がツタで覆われていた。 しかし2016〜17年頃に解体され、その後はコインパーキング、現在はホテルになっている。 1990年代頃までは都心でも看板建築が建ち並ぶ街並みがそこそこあったが、その後次第にそれらは建て替えられ、現在はやはりかなり少なくなっている。トミー・リーアル・アドバイザー/新富1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 #街並み 中央区 ブログ内タグ一覧

井上輪店

…いもしていたのかもしれないが、戦後間もない時期の火保図(1952年)では、井上サイクルと記載されているので、基本はやはり自転車屋さんだったのだろう。 モルタル平入り看板建築で、2階の窓まわりの壁はトタンかアルミに換えられたかしたようだ。一帯は戦災では焼失しなかったエリアなので、もしかすると戦前に建てられたものだったのかもしれない。現在は5階建ての雑居ビルになっている。Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

神田蓄電池(車庫・倉庫)

…ル屋根があり、その部分は屋根裏3階建て。ギャンブレル屋根を用いた3階建てなので、震災後から戦前期のものだったのではないかと思われる。 90年代以降は別の居住者の名が記されていたりして、いつ頃まで同社の倉庫として使われていたのかはわからなかった。この数年後の2014年に解体され、現在、同所はコインパーキングになっている。有限会社神田蓄電池Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #モルタル看板建築 #ギャンブレル屋根 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧

大信不動産

…あったが、角地にあり交差点に面したコーナー部にアーチ型の装飾があった。昔はアーチの下に店の名前の文字が縦書きで付けられていたのだろう。 なお、西隣(写真左手)の銅板張り看板建築はサカエヤクリーニングで、こちらは2022年7月時点で現存(Google ストリートビューによる)。大信不動産、サカエヤクリーニング店/神田多町2丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

笹村商店・岡谷商事

…られている。 Photo 2014.3.16 2014年に通り掛かったら、岡谷商事は銅板張りではなくトタン張りに改装されていた。ストリートビュー画像で確認したところ、2009年12月時点で既にトタン張りに替えられていた。古い建物と街並みをもとめて: 神田須田町の建物巡り岡谷商事、笹村商店/神田須田町1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #銅板張り看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧