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永遠の火の広場

…p 永遠の火 永遠の火と呼ばれる場所の記念碑を見学して、壁面に彫られている沢山の人の名を見る。第2次世界大戦等で戦死した人達の名だという。こういう時、私たちは一様に複雑な感覚に襲われる。なにしろこの人達の内のいくらかは私たちの父、祖父の世代と敵対し戦った人達なのだ。彼らが私達にこれを見学させる真意を思わず考えてしまう。しかしそれは横に置いておいてとりあえず素直に見学させていただく。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #モニュメント ブログ内タグ一覧

街なかのアパートメント

…してそのファサードを指し、「1階から4階はレーニンの頃の建物で、5階と屋根裏の6階はスターリンの頃の増築です。レーニン時代はそれなりに立派に建物を建てようとしましたが、スターリン時代になると粛正が行われ、階の高さを抑えて建物を建てるようになりました。」などと説明してくれた。私たちは観光客よろしく、それらにいちいち感心しながらキョロキョロ建物を観察するのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#階段・坂 海外 #街並み 海外 #ハバロフスク #集合住宅 ブログ内タグ一覧

ハバロフスク州地方政府国際会議場

…わないと次にどこで買えるかわからないから!」といって、結局買っていた。 少年は目減りするルーブルより円が欲しいらしく、しきりに「百円!」と言っていた。子供がこんなことしている所へ来ると、何だか気が滅入って来てしまうことも事実である。一方で、玄関ホールに無造作にカラーテレビが置かれていて、小さな可愛らしい子供が何故か一人でアニメを見ていたのが、なんだか不思議だった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #公共施設 #映画館・ホール #オフィス ブログ内タグ一覧

文化と憩いの公園

…がした。 文化と憩いの公園・園内に置かれた大砲の筒 公園には大砲の筒が展示してあった。ロシア国内の戦争時のものから日露戦争当時のものなど、いくつかが無造作に置かれていた。この他鯨の骨格標本なども網がついた小屋の中に置かれていた。捕鯨もされていたらしいが、通訳も完全には訳せていなかったりしたので、詳細はわからないまま先へ進む。なぜか亀や猿の石像などがあって、よくわからん公園でもあった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #モニュメント #公園ブログ内タグ一覧

連結バス

旧カールマルクス大通りの先にある、コムソモール広場でバスを下車。歩いてアムール川のそばの「文化と憩いの公園」に向かう。風はあまりないが寒い。はらはらと小雪が舞う。この冬初めての雪の日だと、同行のロシアの人達が言っていた。 2輌連結のバス 風景の殆ど全てが日本にはないものなので、早速手当たり次第に写真を撮る。2輌連結のバスや、トロリーバスなどの乗り物がとりあえず気になってしまう。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #自動車 ブログ内タグ一覧

バス車内から旧カールマルクス大通り

バス車内から旧カールマルクス大通り バスは広場を半周してから、旧カールマルクス大通りに入って行く。さすがに多少の人影があるが、ほとんどの店は閉まっている。日曜日は国営商店は休業なのだそうだ。休日にショッピングを楽しむなんていうことはできないだろうか。ちょっと可哀想にさえ思われてくる。生まれつきそれが当然だと思っていると、なんとも思わないのかもしれないが。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み 海外 #ハバロフスク #商業地ブログ内タグ一覧

レーニン広場とハバロフスク州共産党中央委員会

…、病院などが見える。民間のショッピングセンターなどがほとんどない、社会主義国だから仕方がないのかもしれないが、紹介されるのは全て公共建物で、モニュメンタルな建物が多い。社会主義の素晴らしさを宣伝されているようで、こちらとしてはあまりうれしくない感じ。アキハバラ、ハラジュクみたいに、庶民的な活気があるところが全く紹介されないので、違和感があるし、次第に退屈にさえなってくる。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み 海外 #ハバロフスク #広場 #官公庁 ブログ内タグ一覧

ハバロフスク地方ミュージカル劇場

ハバロフスク地方ミュージカル劇場 Google Map バス車内から。劇場の前を通り掛かる。ガイドは次々に施設を紹介していく。劇場は基本的にモダニズム建築で、そこにレリーフなどが付いているのが特徴。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み 海外 #ハバロフスク #映画館・ホール #モダニズム ブログ内タグ一覧

郊外の4階建てアパート

…アパート 道路は4車線分だが、レーン区分が無く、場所によってはセンターラインもない。路面には穴があちこちにあり、高速で走ると車がバンバン跳ねてしまう。運転手があまり頓着無くアクセルを踏んでガンガン走るので、いすに座っていても、しっかり手摺などを持っていないと少々恐い。サスペンションは結構くたびれていてギシギシ言う。また扉や窓には隙間があって、車内に冷気が入り込んでくるので寒い。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み 海外 #ハバロフスク #集合住宅 ブログ内タグ一覧

郊外の木造アパート

…見学に行く。夜だったため昨日は良くわからなかった、郊外の住宅地を両側に見ながら走る。落葉樹の並木が続き、静かであまり人が歩いていない。どんよりとした天気で、寒々とした町並みが続く。 木造アパート 木造で煙突のあるアパートがいくつか見える。案内の人が話をし、添乗員が訳してくれる。昔からあるアパートだという。隙間風が吹き、室内が相当冷えるため、室内でも凍死者が出ることがあるそうだ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み 海外 #ハバロフスク #集合住宅 ブログ内タグ一覧

ホテル周辺を散歩

…かったのだが、以後あちこちで見かけるに至り、気になったので通訳を介して聞いてみると、「カササギ」の巣らしい。カラス程度の大きさで全体は濃紺、腹部が白い。奇妙に愛敬のある鳥で、I氏は滞在中、ロシアカラスと呼んでいた。カササギは実はカラスの仲間だとのことなので、この呼び方もあながち間違いではないらしい。 寒いので早々に部屋に引き上げ、午前中の行動の準備をすることにする。 カササギの巣 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み 海外 #ハバロフスク #住宅地 ブログ内タグ一覧

トイレとエレベーター

…ばれていると、3階で待っていても先に4階に行ってしまう。空いているときでないと、いつまで待ってもエレベーターが来ないので、待ちくたびれて結局階段を使ってしまうことがほとんどだった。 また開ボタンを押しても延長にはならず、無情にも閉まってしまう。フロアにピッタリ一致しないこともある。結構スリルのあるエレベーターだった。とにかく、ロシアンペースというものの勝手がまだ掴めず、とまどうことが多い。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #ホテル・旅館 ブログ内タグ一覧

ホテルチャイカの朝

…当たり前なのだと言うことが、この後しばらくすると体験的に理解されるのだった。 ホテルチャイカ Google Map チャイカというのは「かもめ」という意味だという。しかしその名からは想像しにくいのだが、このホテルチャイカは、以前は軍人や将校用のホテルだったという。だからハバロフスクの観光地図を見ても、ここは記載されていない。現地の日本人の間では軍人ホテルと言った方が通じるらしいとも聞いた。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #ホテル・旅館 ブログ内タグ一覧

ホテル チャイカ

…たりするので、これはやや意外。ただ日記といっても絵日記みたいなものだったけど・・・。 結局、やはり寒過ぎたため、F氏と私は他の部屋にお邪魔して寝ることにした。H君の部屋に、ベッドのクッションごと持ち込んで寝る。シャワーも使わせて貰ったが、やはり湯加減のコントロールは相当難しかった。もとの部屋よりは暖かかったが、やはり床付近は冷たい。寝ていてちょっと寒いなぁとも思ったが、疲れていたのでそのまま寝てしまった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク ブログ内タグ一覧

韓国料理店「Seoul」

…三角形の胴を持ったものだった。ロシアの民族楽器にはバラライカという三角形のギターがあるが、これはさしずめ、バラライカベースないしは、バラライカコントラバスとでも言うべきものだろうか。とにかく一辺が1m程度もあり、チェロかコントラバスのように、抱えるか立って弾かねばならない。持ち運びがエラク大変そうなバラライカのお化けである。S氏はやはり楽器には目がなく、後日ウラジオで、これを弾かせてもらっていたのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク ブログ内タグ一覧

ロシア入国

…常に少ないと思うかもしれないが、結局、私はこの5,000円だけで事たりてしまったのだった。 万事作業がゆっくりで、全てが終わったのは19:30頃。飛行機が飛んでいたのは約2時間だったが、入国するのにも約2時間もかかってしまったのだった。ウーン、こういう超お役所的体質が、社会主義国の常なのだろうか。ロシアってそういう国なのねと、早速、気づいてしまったのだった。 Google Map ハバロフスク空港1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #飛行機 ブログ内タグ一覧