#モニュメント の検索結果:
…ん往来しているので、そこは自由に歩き回れるわけではない。だが周囲を建物群で取り囲まれており、全体を包括する形で大きな広場空間が認識される。このまとまり感、一体感がなぜか日本の広場には少ない。 昨日もトラファルガー広場を通ったが、この広場はいくつかの道が集まる場所にあるためか、見る方向によって異なる印象になり、複雑さをもたらしているようだ。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#ロンドン #街並み イギリス #古い建物 イギリス#広場 #モニュメント ブログ内タグ一覧
…う。後で見てみるとあまり面白くない構図ではあるが・・・。 日本には結局このタイプの道路はできたことがほとんどない。行幸通りや関内など、なくはないのだが、街路樹が沿道に何列にも並ぶ整然とした道はやはりほとんどない。そういう儀式的で威厳を示すための広幅員道路がほとんどないというのが、良くも悪くも日本の都市のありようなのかもしれない。 Wikipedia > ザ・マルヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#ロンドン #ヴィスタ #道 #広場 #モニュメント ブログ内タグ一覧
…たスタイル。日本では結局、いまだにあまり定着していない気がする。明治以前は、仏像系以外にはStatue(彫像・立像)が、まず無かったわけで・・・。あったのは路傍のお地蔵さんとか、石碑の類ではなかろうか。どうも広場と記念塔・銅像にはまだ慣れない。 街中を騎兵が列をなして走る姿も、日本では特別な儀式の時以外には見ることがない。毎日のように、王室関連のショーが行われているような感じだ。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#ロンドン #広場 #モニュメントブログ内タグ一覧
…のでこれでいいのだ。 コムソモール広場は夕焼けに包まれていた。共産主義のシンボルである星を先端に付けたオベリスク状のモニュメントが妙に美しく感じられる。 広場で結婚式が終わったばかりの人々に出会う。盛り上がっていたので近づいていったら快く写真を撮らせてくれた。後で写真を見て気づいたのだが、彼等は広場でグラスで酒を飲んでいた。一体どこから持ってきたのだろう? 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #公園 #モニュメント#塔 #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧
…くれたマキシムさんはキリッとした人なのだが、何となく表情が暗く、また無口なので今ひとつ何を考えているか判らない。サービス用の笑顔を作るのにロシア人はまだ慣れていないのだろうか。食事の時にもむっつり黙って外を眺めているので、どうもこちらも話しにくく、やや困惑してしまうのだった。 14:30、タワーを出て市内に戻る。 オスタンキノ・タワー パンフ 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #パノラマ #眺望 #塔 #モニュメント #公園 #街並み ロシア ブログ内タグ一覧
…トも置かれていた。一同、オオッと驚く。まるでアニメか何かのヒーローのようだ。 ホテルのレストラン 13:00 ホテルに戻り昼食。天気が良くなって日が射せば少しは暖かくなるのだが、曇ってしまうと途端に寒くなってしまう。そこで部屋に戻った際にパジャマを重ね履きして防寒対策をする。 ホテルロビーのらせん階段 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #街並み ロシア #道 #住宅地 #商業地 #高層ビル #モニュメント #ホテル #屋内階段 #ソビエト様式 ブログ内タグ一覧
…部は2階建て)の巨大な建物だった。しかしこの時は残念ながら中には入れなかった。黒塗りのベンツが列をなして遠くを走っており、誰だか知らないが要人の出入りもあるようだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #街並み ロシア a href="https://asabata.hatenablog.com/search?q=#古い建物ロシア">#古い建物 ロシア #城・宮殿 #塔 #教会 #官公庁 #ミュージアム #モニュメント #雪 #ビザンティン ブログ内タグ一覧
…るためにもできるだけちゃんと食べようと思っていたが、次第にそこらへんがどうでもよくなって来た。でもって、あまりおいしくないものを無理して食べるくらいなら、食べない方がましかなぁなどと思い始める。健康管理の面からすると、どう考えてもそれは良くないのだろうが、精神衛生の面から見るとそっちの方がずっと良いような気がしてしまうのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #街並み ロシア #古い建物 ロシア #官公庁 #オフィス #モニュメント ブログ内タグ一覧
…ので、これが目指す建物だろうと考え、写真をスバヤク撮る。中庭部分にはあまり人影はない。人が来ておまえら何者だとか言われても、何を言ってるかわからないし、説明のしようもないので、このような場所では地元の人には会いたくないであるな、などと考えながらスタスタと出てきてしまう。しかし後年、これは日本人学校ではなかったことが判明した。これまた残念。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #階段・坂 海外 #道 #モニュメント #商業地 #街並み 海外 ブログ内タグ一覧
…30、寮を出る。みんなで外出する時は、いつも貸切バスが寮の玄関まで迎えに来てくれる。マイクロバスで幼稚園の遠足みたいに、揃って街へ出かけるという寸法である。危ないから勝手に外出しちゃいけません、ということらしい。ガイドがないと入れないところに行けるのは良いが、自由に時間を割り振って見ることができないのが残念だ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #街並み ロシア #広場 #高層ビル #官公庁 #オフィス #モニュメント #地下 #体育館 ブログ内タグ一覧
ハバロフスクからウラジオストクまでは夜行のシベリア鉄道で行く。列車の出発が19時過ぎなので、市場を見た後、ホテルに戻ってしばらく休憩。その後、街中で夕食を食べて駅へ向かうことになる。 昨夜は見えなかったが、沿道には記念碑などもあった。社会主義を賛美するものか、軍の記念碑なのか、旧ソビエトの戦闘機が飛び立つような姿で展示されている。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #モニュメント ブログ内タグ一覧
ホテルとレーニン像 Google Map ホテルの前の広場には、広場とカールマルクス大通りの方を向いてレーニン像が建っていた。ちょうどこの頃、ロシア崩壊と共にロシア各地でレーニン像が打ち壊されたというニュースが日本にも伝わってきていた。ハバロフスクのレーニン像は未だ健在だったが、これとていつ無くなるかわからない。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み ロシア #ハバロフスク #広場 #モニュメント #ホテル・旅館 ブログ内タグ一覧
…イイと思ってしまう時がある。結局権力者によるプロパガンダ的デザインが、時には突出して、偉大で美的に見えてしまう時があるのだろう。もし僕がそのような立場にいたらやっぱりこういうことになるだろうナァ、と思わせる何かがあるような気がしてならない。 再びバスに乗ってレーニン広場に向かう。乗車の際にも少年が数人バスに寄ってきて物を売っており、ここでもI氏はバッジを購入。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #モニュメント #官公庁 #オフィス ブログ内タグ一覧
栄光広場のモニュメント Google Map 引き続き栄光広場へ歩いて行く。記念碑のような塔が「共産主義!」という感じでカッコイイ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #モニュメントブログ内タグ一覧
…p 永遠の火 永遠の火と呼ばれる場所の記念碑を見学して、壁面に彫られている沢山の人の名を見る。第2次世界大戦等で戦死した人達の名だという。こういう時、私たちは一様に複雑な感覚に襲われる。なにしろこの人達の内のいくらかは私たちの父、祖父の世代と敵対し戦った人達なのだ。彼らが私達にこれを見学させる真意を思わず考えてしまう。しかしそれは横に置いておいてとりあえず素直に見学させていただく。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #モニュメント ブログ内タグ一覧
…がした。 文化と憩いの公園・園内に置かれた大砲の筒 公園には大砲の筒が展示してあった。ロシア国内の戦争時のものから日露戦争当時のものなど、いくつかが無造作に置かれていた。この他鯨の骨格標本なども網がついた小屋の中に置かれていた。捕鯨もされていたらしいが、通訳も完全には訳せていなかったりしたので、詳細はわからないまま先へ進む。なぜか亀や猿の石像などがあって、よくわからん公園でもあった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #モニュメント #公園ブログ内タグ一覧
…公園 #地下 #塔 #モニュメント #門・ゲート #東京タワー #インフラ #神社 #寺院 #教会 #神殿 #城・宮殿 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 #モルタル看板建築 #タイル張り看板建築 #木造店舗 #出桁造り #土蔵造り #マーケット #デパート・百貨店 #オフィス #高層ビル #官公庁 #研究所 #公共施設 #ミュージアム #体育館 #野外劇場・スタジアム #映画館・ホール #遊興施設 #ホテル・旅館 #宿場町 #飲食店 #工場 #病院 #医院 #倉庫・蔵…