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…ry the Virgin(通称 St Mary's)は、オックスフォードの街の中心部を東西に走るHigh Streetに面して建っており、街のランドマークになっている建物だ。その最も古い部分は1270年に遡り、本体は15世紀から16世紀初頭に掛けて建設されたもの、また調度や彫像は19世紀のものという。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21Google Map 1993.03 Europe#街並み 海外 #古い建物 海外 #道 #教会 #塔 #大学 ブログ内タグ一覧
…塔より高い建物を建てることは認められていないという。 Oxford Town Hall(オックスフォード市庁舎) Wikipedia > Oxford Town Hall 1893着工、1897竣工 市庁舎が建っている場所は古くはギルド・ホールがあった場所で、1292年にギルド・ホールが置かれて以来、地方行政府が置かれてきた場所なのだそうだ。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#街並み 海外 #古い建物 海外 #道 #教会 #塔 #大学 #官公庁 ブログ内タグ一覧
…lian Biking。5ポンド。 19:30 帰途につく。地下鉄。スーパーマーケットは20:00頃まで。ヨーグルトを買って帰る。 20:00 ユースホステル到着。明日の予定を立てる。K氏はグリニッジとドックランド。私はオックスフォードの予定。 21:30 シャワーを浴びる。 22:00 日記。 23:00 就寝。今日もお疲れ。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#ロンドン #古い建物 海外 #街並み 海外 #道 #繁華街 #夕景・夜景 #自動車 ブログ内タグ一覧
…風景の中では、ちょっとだけ気分を高揚させるワンポイントの要素になっている。 人々の服装を見ていても、ど派手な赤いコートを着たおばちゃんなどを時々見掛けるが、それもこのとても地味な背景の中ではきれいに見える。対して、日本の町は建物が派手なので、そこに派手な衣装を着ると、混乱に拍車をかけてしまうようだ。日本とは地と図がやはり逆なのかもしれない。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#ロンドン #古い建物 海外 #街並み 海外 #道#新古典主義 #自動車 ブログ内タグ一覧
…う。後で見てみるとあまり面白くない構図ではあるが・・・。 日本には結局このタイプの道路はできたことがほとんどない。行幸通りや関内など、なくはないのだが、街路樹が沿道に何列にも並ぶ整然とした道はやはりほとんどない。そういう儀式的で威厳を示すための広幅員道路がほとんどないというのが、良くも悪くも日本の都市のありようなのかもしれない。 Wikipedia > ザ・マルヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#ロンドン #ヴィスタ #道 #広場 #モニュメント ブログ内タグ一覧
…が逆光の中で白く光り輝く。白ロシア系の人が多いので金髪や栗毛の人が多く、その髪は太陽の光を白く反射する。これは日本人の髪の毛ではなかなか見られない景色だ。 カールマルクス大通り Google Map 今日は暖かく、金曜日の午後で大通りは人通りも多かった。前回、車中から見たときは日曜の夕方で人影がほとんどなく、街が信じられないほど寂しかったが、さすがに今日は目抜き通りらしい風情だった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #街並み 海外 #道 ブログ内タグ一覧
…に人数が増えて僕等はモスクワ土産の話をして盛り上がる。ウラジオに残っていたY君とH君は、僕等が去った後また寮の女子大生と会ったそうだ。僕等は彼女たちが寮から閉め出しを食ったのが気になっていたが、結局彼女たちはその晩は友達の家などに泊まったのだそうだ。彼女たちから託された誕生日プレゼントの花とカードをY君がK氏に手渡すと、旅行中に誕生日を迎えていた彼は、思わぬプレゼントに満面の笑みをたたえたのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #道 ブログ内タグ一覧
…、たまに見ると寝返りを打って向きを変えていたので、それで死んではいないと判るのだった。結局彼は着陸時もシートベルトをせずそのまま寝続けていた。スチュワーデスも彼のシートベルトを別にチェックはしておらず、ここら辺も相変わらず大雑把だった。彼が起きるのを見ることなく僕等は飛行機を降りてしまったが、今頃彼はどうしているのだろうか。そして如何なる理由で彼はあの時寝続けていたのだろうか。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #街並み 海外 #道 #商業地 ブログ内タグ一覧
…ントも置かれていた。一同、オオッと驚く。まるでアニメか何かのヒーローのようだ。 ホテルのレストラン 13:00 ホテルに戻り昼食。天気が良くなって日が射せば少しは暖かくなるのだが、曇ってしまうと途端に寒くなってしまう。そこで部屋に戻った際にパジャマを重ね履きして防寒対策をする。 ホテルロビーのらせん階段 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #街並み 海外 #道 #住宅地 #商業地 #高層ビル #モニュメント #ホテル #屋内階段 #ソビエト様式 ブログ内タグ一覧
…夕方になってしまい、修道院の中には入れなかった。何故そういう時刻を事前に把握していないのか、また何故こうなることを予測して行動を変えないのか、ここでもちょっと不思議になってしまう。 修道院そばの公園には黄色く色づいた落ち葉が一面に広がって落ちていた。紅葉する前に落ちてしまった緑色の葉と、ここ数日で降り積もった白い雪が、地面を色とりどりに染めていた。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #広場 #街並み 海外 #道 #ホテル #雪 #ソビエト様式 ブログ内タグ一覧
…たら1980年に建てられたそうだ。 英語では、Central Tourist House Hotel(CTH)とのこと。 ホテルのパンフレット 11:15 ロビーに集合して朝食をホテルのレストランでとる。モスクワ時間では朝食だが、睡眠サイクルから考えると夕食である。このあと更に昼食、夕食ととって、長い一日の間に5回も食事をすることになる。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #街並み 海外 #高層ビル #住宅地 #道 #飛行機 #自動車 #工場 ブログ内タグ一覧
…るだろうということで、お金はあまり使わず残しておくことにする。 11:30 中央広場に集合し、正午少し前にバスで空港に向かう。やや疲れて車中でウトウトする。途中に壊れかけた教会があったが、どちらかというとこの建物の方が昔の写真の建物に似ていた。しかし立地や背景の様子などの周辺状況は異なる。また郊外の方では紅葉が非常に美しかった。昨日、女子大生達が紅葉狩りに行っていたというのに納得。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#古い建物 海外 #街並み 海外 #道 ブログ内タグ一覧
…の他はほとんど変わっていない。最近修繕されたのか、やけにきれいだったのが印象的だ。また奥に見える旧スタルツェフの家は、西側も同じ規模に増築されている。 国立銀行の右側の建物は後年、大幅に改築されているが、完全な新築ではないらしく、1F、2Fのアーチ型窓やバルコニーは全く変わっていない。3階以上を装飾なしで増築して、5階建てにしたもののようだ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #古い建物 海外 #街並み 海外 #道 #新旧比較写真・海外 ブログ内タグ一覧
…見かける。突然、蹄の音が聞こえてきて、かなりのスピードであっという間に目の前を通り過ぎて行ってしまったので、あっけにとられてカメラを構えるのを忘れてしまったが、大通りを駆け抜けてゆく姿はとても気持ちよさそうだった。また3頭だてのトロイカも走っていた。しかしこれはロシアでは日常の風景なのだろうか?。よくのみ込めない光景だ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #古い建物 海外 #街並み 海外 #道 #新旧比較写真・海外 #商業系 #20世紀 ブログ内タグ一覧
…ら明日の打ち合わせ。M2はどちらかというと旅行モードなので、遊んだり買い物をする事を考えており、調査に関してはあまり熱心ではない。この後、I氏は彼女たちの部屋に出向く。私はやや疲れていたので部屋で日記を書いてごろごろする。 25:00、日記を書いていたら半分寝てしまった。明日のこともあるので本格的にきちんと寝ることにする。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #古い建物 海外 #街並み 海外 #道#新旧比較写真・海外 #商業地 #公共施設 ブログ内タグ一覧
…いては、佐藤洋一氏の著書に詳述されている。この一連のロシア日記の記事でも、同氏の論文等を随時参照している。ウラジオストクの古写真アルバムも同氏が所有・管理しているもの。 Amazon.co.jp > 「帝政期のウラジオストク 市街地形成の歴史的研究」 佐藤洋一著、早稲田大学出版部、早稲田大学学術叢書、2011.31992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #古い建物 海外 #街並み 海外 #道 #新旧比較写真・海外 #ホテル・旅館 #ミュージアム ブログ内タグ一覧
…う。しかし途中で舗装は途切れ、しまいには道自体もなくなってしまった。集合時間が近づいてきたのでウラジオストクホテルに戻る。 帰路、途中で偶然S氏に出くわす。S氏も調査中に別のおじさんに招き入れられたとかで、そこでVodkaを呑むはめになり、更に彼の背中に彫ってある、レーニンとスターリンの刺青を見せられてしまったということだ。歓迎の仕方が不思議というか、手荒いというか・・・。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #道 #高層ビル #工場 #塔ブログ内タグ一覧
…族館がある。円筒形の棟が二つ付いた近代的デザインの建物だ。公園には写真屋が出ていた。熊のミーシャ(モスクワオリンピックのマスコット)の絵があってその脇で一緒に写すのだが、平日の昼には誰も客がいない。遠くにはヨットハーバーも見える。公園にはなんだか馬鹿でかい鉄製のゴミ箱が二つ並んでいた。機械を使って回収しているんだろうか?。 13時を過ぎたので中央広場に戻ることにする。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #道 #塔 #ミュージアム #動物 ブログ内タグ一覧
…1年時点では沿海地域総務事務所(Panoramio掲載の写真タイトルからの直訳)) ボロゴイ通り交差点付近から山手方向 Google Map 正面奥は極東総合大学(現在は極東連邦大学らしい) 坂を上った最後のところは時間切れになったのと、地図が大幅に違っていたという事情で調査しきれなかった。仕方なしに中央広場に戻る。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #階段・坂 海外 #古い建物 海外 #街並み 海外#道 #パノラマ #大学 #オフィス ブログ内タグ一覧
…高いのにも頷けるものがある。でもってやっぱりおいしかった。喉を潤したかったが、この時は残念ながらジュースは買えなかった。O氏はタバコを買ったが、両切り煙草でまずかったと言っていた。 線路が下の方を通っている路地で休憩していたら、F氏、I氏、K氏のチームに出会う。向こうのグループも結構疲れていた。少し話をした後、また別れ別れになって調査を続ける。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #古い建物 海外 #街並み 海外 #商業地 #道 #自動車 ブログ内タグ一覧
…がありそうな建物だ。帰国後、資料からこれはバイカル旅館とシベリア旅館であるということが判った。 コマロワ通り(Комарова) 夕暮れが足早に近づいてきたので、手早く写真を撮って坂をまた下って行くことにする。ふと、横のコマロワ通りを見ると高圧線の鉄塔が建っていた。送電線の鉄塔が歩道上にあるのは、日本人にとってはやや違和感のある風景だ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #階段・坂 海外 #古い建物 海外 #街並み 海外 #道 #自動車 ブログ内タグ一覧
…ので、これが目指す建物だろうと考え、写真をスバヤク撮る。中庭部分にはあまり人影はない。人が来ておまえら何者だとか言われても、何を言ってるかわからないし、説明のしようもないので、このような場所では地元の人には会いたくないであるな、などと考えながらスタスタと出てきてしまう。しかし後年、これは日本人学校ではなかったことが判明した。これまた残念。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #階段・坂 海外 #道 #モニュメント #商業地 #街並み 海外 ブログ内タグ一覧
…で、何やってるのか?、どこから来た?、どこの大学の何年生なのか?、どこのホテルにいるのか?、等々いろいろ尋ねられて、ちょっと閉口してしまった。だが、これはお互いたどたどしい英語で、なんとか意思の疎通が図れるのでまだマシだったかもしれない。当時のウラジオにはまだほとんど東アジア系の人は居なかったので、たぶんその留学生は同じ韓国人かと思って声を掛けてきたのだろう。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #道 #高層ビル #自動車#官公庁 #大学 ブログ内タグ一覧
…朝に続いて昼もスパゲティだった!。この他スープが出る。 15:00 昼食を終えて、部屋にいったん戻って休憩。ハンモック型ベッドは一晩寝ると背中が痛くなってしまうが、ちょっと休憩する時には、包まれてしまうような感覚がなかなか良い。疲れた体を少しの間だけ預けてしまう。ばたばた行動していると旅行前半なのになんだか疲れてしまう。実はお昼休みというのは大切なのですね、と気づかされる瞬間なのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #道 #自動車 ブログ内タグ一覧
…表現などにより、大意がつかめる場合もあり、ウラジオストク及び沿海州の歴史に関しては少しは勉強になった。でももうほとんど忘れちゃったけど・・・。また写真集の撮影に結構時間がかかって(12:30頃迄かかってしまった。)、展示をじっくり見ることができなかったのが少し残念だった。 アルセーニエフ博物館から、スヴェトランスカヤ通りと沿海州共産党本部ビル 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #古い建物 海外 #ミュージアム#屋内階段 #道 #パノラマ ブログ内タグ一覧
…前の角地は公園だった。後にウラジオストクを調べる内にわかったのだが、ソビエトの都市では社会主義の成立後、プロパガンダ目的の公園を街中の角地に結構造っている。ここもその一つで、ソ連特有の赤い色のついた看板や指導者の絵、モニュメントが整然と並んでいる。しかし夕暮れ時で公園はひっそりとしていた。 バスで駅へ向かう。ハバロフスクの幹線道路沿いの信号機は、3m程度の縦形のものが道路傍に立っているタイプだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #道 ブログ内タグ一覧
…況だったので、却ってややこしくなってしまい、結構面倒だった。大通りの建物は皆それなりに立派で意匠が凝らされていたが、やはりロシアの中では地方都市であるため、その規模は大きくなく、日本の大都市を見慣れた僕らにはちょっと物足りなく思えてしまう。また商業地区がその目抜き通り一本しかなく、ちょっと横へそれたり、裏へ回ると、あっという間に普通のアパート群になってしまうのも少々寂しい。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #街並み 海外 #道 #商業地 ブログ内タグ一覧
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