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…野ビルは、その問屋街の東の方に建っていた。小規模だがなかなか端正なオフィス建物だった。ただ1Fは何軒かの店舗になっていて、安っぽい庇が無造作に取り付けられていて、せっかくのファサードの一部を隠してしまっていた。街角の小規模な近代建築が人知れず失われていくのは、少し寂しい。 廃景録 > 岡野ビル 両国郵便局、岡野ビル/東日本橋2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #近代建築 #オフィス 2007.2.25
…の方が、妙な和風の意匠で変に迫力がある造形になっている気がする。またイオニア式のオーダーも柱に比して小さくて薄く、これもパッとしない。これなら完全にモダニズムデザインにした方がファサードはむしろ整う気がするが、そこは証券会社なので、やはりオーソドックスさが重要で、古典建築を引用したかったのかもしれない。 山丸証券、伊藤銀証券/兜町 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #近代建築 #オフィス 2007.2.25
…と会社のマークが浮き彫りになっているのだが、これはどうやったのだろう? 周辺も含めて石を全部交換したのか、文字とマークだけの石を貼ったのか、実は石のように見えるモルタルかなにかで文字を造ったのか? 最近は石のような風合いのFRPもあるので、触ったり叩いたりしないと素材が分からないが、この場所は触れないのでそのへんは不明。 日本信託銀行本店/日本橋3 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #商業系 #オフィスブログ内タグ一覧
…築ではないけれど、再開発で無くなってしまったので掲載。 松竹会館は、松竹の本社だった建物。映画館でもあり、松竹セントラル1、2、3があった。 再開発事業に伴い1999.2に閉館して解体された。その後、2000.5にADK松竹スクエア(現在は銀座松竹スクエア)が着工し、2002.10に同ビルが竣工している。 ぼくの近代建築コレクション > 松竹会館/築地1丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #映画館・ホール #オフィス 2018.8.2
… 大通りに面した建物ではなかったが、半円アーチが並ぶ正面側はお洒落な感じだった。壁面は暗褐色のタイル張り。 建物背面 Photo 1995.6.20 裏側に回ると、避難用の鉄製バルコニーと非常階段が無造作に取り付けられていた。この姿もどこか外国のアパートメント風で格好が良かった。 廃景録 > 第二帝興ビル 第二帝興ビル/新富1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #近代建築 2007.2.25
…、全体のボリュームがかなり大きくなったため、相対的に縦に縮められたような印象となった。 Photo 2005.6.12 南側ファサードの一部のみが保存されて新ビルに活かされており、ここはバーニーズの玄関となっている。 Wikipedia > 交詢社 廃景録 > 交詢社 ぼくの近代建築コレクション > 交詢ビル(1/2)/銀座6丁目 交詢ビル(2/2)/銀座6丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #近代建築 2007.2.25
…したところに建っていた、白地に小豆色の装飾が施された華やかなビル。右側は玄関とそれに続く階段室で、最上部には八角形の塔屋が載る。両側に巨大なオフィスビルが建ってしまい、窮屈そうな状況が続いていた。足立鉱業という会社のオフィスであり、また三笠会館というレストランとして利用されていたという。 廃景録 > 足立ビル 足立ビル/銀座5丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #近代建築 2007.2.25
…みたら、やはり取り壊されていて、六本木ヒルズへとつながる斜面の公園になっていた。場所柄、欧米人の子供が家族と共に遊んだりしている。 すぐそばに玄碩坂からクランク状に上ってくる階段の出口があるのだが、出口部分は建物と共に残されている。下部の階段は地形がまるごと変わってしまったので消失してしまった。ポケットパークの草むらの中に、奇妙な感じで小径が残っている。 2018.6.13 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #公共施設
…く、1945〜50年の航空写真(国土地理院)には建物が写っている。 1963(昭和38)年の東京都全住宅案内図帳には「麻布税務署」、そして1980年代から90年代初めの頃までの住宅地図には「東京国税局麻布分室」として掲載されているが、その後、写真のような廃屋になり、1996年頃に解体された。現在、同所にはアートギャラリーが入居する3階建て建物が建っている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #近代建築 ブログ内タグ一覧
…、空白。1991年の地図では「鹿島建設管理地」になっていた。 門の隙間から敷地内の建物を見る。1995年時点では既に廃墟化しており、窓も破れていた。この後、しばらくして焼失してしまい、その後解体された。 門前の様子。ベニヤ板や塩ビ波板で目隠しがされていた。 建物の解体後、1999年にパーク・コート麻布鳥居坂というマンションが完成、フィリピン共和国大使館も同建物内に入っている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #住宅系
…気。昔の住宅地図を見たところ、創業者の自宅だったようだ。 1990年代後半には建て替えられたようだが、現在も同所には三田無線研究所がある。 外壁はスタッコ仕上げとかだったのだろうか。1、2階は洋館のような外観だが、屋根は日本瓦の入母屋屋根。2階ベランダのアーチから軒庇までがやや長く、不思議なプロポーションをしている。2階の天井高を高く確保したかったのだろうか。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅 #オフィス ブログ内タグ一覧
…ームのある塔屋が印象的だった。消防庁第一方面本部として使われていたということだったが、もともと個人住宅である洋館が、どのように使われていたのかちょっと疑問。接待用施設、もしくは会議施設として使われていたのだろうか。結局私は、この写真を撮ったときの一回だけしか目にすることはなかった。 Wikipedia > 田中長兵衛(2代目) Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #官公庁 #オフィス #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築 2007.2.26
…ことがなかったのだろうか。南側の端にある、時計台は、簡素なデザインだが、印象深いものだった。肝心の時計だかシンボルマークが、多分取り外されてしまっていて、ちょっと間抜けな感じになってしまっていたが。 その後、このビルは取り壊され、工場敷地も売却され、超高層マンションが建てられた。 2005年秋に現地を再訪した時点では、建物は解体され、暫定利用されている状態だった。 廃景録 > 沖電気 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #オフィス #近代建築
…) 構造・階数:RC・2F 備考 :六本木防衛庁跡地再開発に伴い解体 Photo 1989.4.2 防衛庁跡地の再開発(東京ミッドタウンプロジェクト)のために解体された。 写真を撮った頃は、防衛庁の敷地内だったため、塀の外から無理矢理撮影。手前の塀が日陰になって黒く落ちていてかなり邪魔。全貌は見えず。かといって塀に上って撮影、なんていう無茶は当然できず。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #近代建築 #官公庁 #オフィス 2007.2.25
…側に面している3階洗面所。押し開き窓から外気と光が入る。 地下へ至る階段 地下にはボイラー室、倉庫などがある。 地下室に残されていたボイラー いつ頃作られたものなのかチェックするのを忘れてしまった。残念。1階中庭部分に、ガラスブロック製の明かり取りがあるが、照明を点けないと殆ど周囲は見えない。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…囲気のある部屋。奥には大きな金庫がまだ残されていた。天井から吊された蛍光灯や、後付の配管、グレーの壁板などがちょっと懐かしさを感じさせる。 廊下の様子。 上部が半円形になった扉が個性的。扉自体は事務所らしく素っ気ない。エリアを仕切るためか、廊下の途中に、観音開きの木製枠のガラス扉が付いている。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…を見下ろす3階バルコニー。四角い中庭の一辺が全てバルコニーになっていて、中庭を独り占めしているようで気持ちよい。 3階から中庭とバルコニー 中庭部分には柱廊があり、ちょっと欧米かイスラムの屋敷の中庭のようなしつらえ。四方を囲まれたこの屋外空間には一体感があり、また私的な雰囲気が強く感じられる。 Photo 2002.11.6 その1 外観 その2 中庭 その3 内部 その4 その他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…」の名が掲げられている。 中庭に至る通路に付けられた上階への階段 1Fの各部屋は、道路側もしくは中庭側から直接入る造りになっていたようで1Fには廊下があった記憶がない。また玄関ホールの類もなく、上の階へは中庭への通路の途中に階段があって、そこから上る構造になっていた。 その1 外観など その2 中庭 その3 内部 その4 その他 食糧ビル/佐賀1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #近代建築 #オフィス
…た。 武田薬品工業・東京医薬品の建物と、右側の伊藤忠食品の建物は1999(平成11)に解体。インバーハウスビル(ライカビル)も2004(平成16)に取り壊されたという。ちゃんと写真を撮っておけばよかったと、今頃になって至極残念に思う次第。 廃景録 > 東京医薬品/伊藤忠食品 ぼくの近代建築コレクション > 東京医薬品、松下鈴木東京支社/日本橋室町3丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #商業系 #近代建築 2019.1.31
…ーも汐留近辺のビルによって半分以上が隠されてしまった。 1988年時点の東京タワーは上の方がそのまま細くなっている。特別展望台の上に地デジ関連の設備が設置されて上部が大きくなったが、それから既に15年ほどが経って今のタワーの姿に慣れたため、昔の姿は却って新鮮だ。 Site Y.M. 建築・都市徘徊 > Cityscape of Tokyo#東京新旧写真比較 #東京新旧写真比較 中央区 #街並み 中央区 #眺望 #海・川・池 #橋 #オフィス #高層ビル #夕景・夜景 タグ一覧
…って隠されてしまったのだった。 築地大橋ができたのも予想外だった。こうして30年前と比較してみると、隅田川はかなり都会的な景色の中を流れる川に変わったのだった。高層ビルは既に建ってはいたが、今と比べると30年前の川の景色はのどかなものだったのだなと思う。 Site Y.M. 建築・都市徘徊 > Cityscape of Tokyo#東京新旧写真比較 #東京新旧写真比較 中央区 #街並み 中央区 #眺望 #海・川・池 #橋 #オフィス #高層ビル #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧
…をやっていたようだ。また、川沿いの親水護岸は既にできているが、護岸にはなんらかの台船が横付けされていた。 2018年になると、聖路加ガーデンタワーの右側に見えていた14階建て程度の白いビルはいつのまにか解体されていた。また今回は日没後に訪れたため、暗めな写真になってしまった。 Site Y.M. 建築・都市徘徊 > Cityscape of Tokyo#東京新旧写真比較 #東京新旧写真比較 中央区 #街並み 中央区 #眺望 #海・川・池 #橋 #オフィス #高層ビル タグ一覧
…きない。周辺はスーパー堤防にはなっておらず、ビルと川の間にはカミソリ堤防があり、公開空地と緑地は、ただぐるりとビルのまわりを回るだけのものになっている。 もう一つの築地永谷コーポラスは外壁が塗り直されているがそれ以外は変わっていない。この他、左端の方はマンションができている。 Site Y.M. 建築・都市徘徊 > Cityscape of Tokyo#東京新旧写真比較 #東京新旧写真比較 中央区 #街並み 中央区 #眺望 #海・川・池 #橋 #オフィス #高層ビル タグ一覧
…8〜09年に解体されたようだ。 ところで、現在のヤマシタ第二工場の場所は、現在の国宝社の本社の所在地でもあり、Google Mapでも「(株)國寶社ビル」と記されている。両者のサイトには相互の関係は書かれていないようだが、印刷と製本という同種の事業でもあるので、昔から相互にかなり関係のある会社だったのではないかと思われる。 国宝社小石川工場/小石川3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #オフィス #工場
…016(平成28)にこのビルは解体され、現在、跡地には「ホテルインターゲート東京 京橋」というホテルができている。 2025.1.3追記 上記「ぼくの近代建築コレクション」の記事にもあるが、橋本ビルは1935(昭和10)年の火保図では「槌谷ビル」、戦後の1950(昭和25)年の火保図では「京橋ストア」、1952(昭和27)年の火保図には「篠原KK物産本社・カトレム」と記されている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #近代建築 #オフィス
…もの。 Photo 2014.4.6 2013(平成25)年9月から解体が始まったそうなので、上写真はそれから半年ほど経った頃のもの。高さが100mを超える超高層ビルだったが、売却された後、竣工から20年であっさり解体されてしまった。この後、同所には日比谷パークフロントというオフィスビルが2017(平成29)に竣工している。 新生銀行本店ビル - WikipediaTokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #高層ビルブログ内タグ一覧
…計した石井和紘氏は当時、橋をモチーフとした建物をいくつか設計しており、この建物もその一つだったそうだ。写真の頃には両側をビルなどに挟まれてよく分からなくなっていたが、隣地が空き地だった頃は、橋のような外観がよくわかり印象的だったそうだ。 新しいビルは2011年4月着工で、同年12月に竣工ということなので、旧本社ビルは2010年〜2011年初め頃に解体されたようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 目黒区 #オフィス #現代建築 ブログ内タグ一覧
…hoto 2016.4.20 2016年4月時点で建物は存在していたが、既に工事用囲いで囲われていた。 2017年10月時点のGoogle S.V.では既に解体されており、現在は更地の模様。 Photo 2016.4.20 東側に隣接するアトラスタワー茗荷谷の低層部2階からは閉鎖後も敷地内を覗き見ることができていた。バスがいなくなった駐車場はがらんとしていた。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #自動車 #オフィス #公共施設
…した1階はもともとはなんの変哲もないデザインで、単にオフィスが並ぶだけだったが、仲通りに面した他のビルと同様、ファッションや飲食系の店舗が並ぶようになり、近年はお洒落な感じの街並みになっていた。 富士ビルの奥は、帝国劇場がある国際ビルディングがほぼ同じ高さで連なっていた。写真奥の高層ビルはDNタワー21。再開発後はここも超高層オフィスが林立することになる模様。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #モダニズム ブログ内タグ一覧
…m以下でその近辺。大正・昭和初期から戦後期に掛けての丸の内の街並みの一部を成すビルだった。 日比谷通り・国際ビル付近から Photo 2014.4.6 50m×40m程度の平面を持つそこそこ大きなビルだったが、2018年10月に竣工する予定の新しいビルは、他の2棟のビルの敷地も使って100m四方程度の平面にされている。階数も30階で高さは約150mになるそうだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #オフィス #モダニズムブログ内タグ一覧