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戸越銀座商店街そばのモルタル看板建築

…る点、軒先にレリーフがある点など、似たデザインになっている。もしかすると、同じ持ち主だったか、デザイン・建設した業者が同じだったのかもしれないと思わせる代物。 こちらの建物は2019.6のGoogleストリートビューにも写っており、この時点では健在。ただ、近年の画像ではシャッターがいつも閉まっているようで、使われているか空き家なのかなどは不明。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 品川区 #古い建物 品川区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築

芝ミルクショップ

…った地域なので、この建物も戦前に建てられたものだったのかもしれない。 東側から Photo 2007.7.1 東側側面は洋風下見板張り。道路側と西側側面は下見張り風のトタン張り。 Photo 2007.7.1 Google Street Viewで確認したところ、2013年6月には既に建て替えられていた。手持ちの最後の写真は2010年4月なので、これ以降、2012年末頃までの間に解体されたようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #商業系

軽食喫茶おかもと他

…は既にそれもなく、その後半年ほどのうちに解体されてしまった。 2020.10.11追記 1953(昭和28)発行の『火災保険特殊地図』には、「多加岡菓子」と喫茶店を表すマーク(○にキ)が記されており、岡本某の名も記されている。店名は異なるが、当時も似たような業態だったようだ。 玉川電気、宝運道具製作所/東上野3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

顔系ファサードの建物

…物用途との関連は不明。その後のStreet Viewではいつも閉まっていてカーテンが引かれていた。なんらかの倉庫のように使われていたのかもしれない。 2014年4月のGoogle Street Viewには写っているが、2015年6月では既に消失して更地になっていた。その後、2019年5月に至るまでコインパーキングで、現在もそのままのようだ。 シミュラクラ現象 - Wikipedia Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #看板建築

第一信用金庫本店/浪漫亭/ビストロかがり火

…比較すると、もともとは半円形の付柱が1階から立ち上がっていたが、後年は2階部分のみになっていたこと、またかつては中央上部に第一信用金庫の社章とおぼしきレリーフがあったことも分かる。 もともと銀行系の建物だったのが、戦後、病院になったり飲食店になったりと紆余曲折はあったが、幸運にも90年間使い続けられてきていたわけで、もう少し残れば文化財とかになっていたかもしれないだけに、道路拡幅で取り壊されてしまったのはやはり残念。 #失われた建物 新宿区 #商業系 #銀行・保険 #近代建築

山栄ビル

…わくとかいう感じではなかったが、早稲田通り沿いから古いビルや看板建築が無くなっていき、10階建て程度のマンションやオフィスが多く建ち並ぶようになった中では、昔の街並み風景を思い起こさせる建物になっていた。 Google Street Viewで見ると、このビルは2018年4月には写っているが、2019年7月の画像では更地で既に消失している。従って比較的最近、この一年ぐらいの間に解体されたようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #商業系

富永肉店ほか

…。 2009年12月のGoogle Street Viewでは、全体が別の素材で覆われていて倉庫のようになっていた。2013年6月時点で既にコインパーキングになっているので、2010〜13年に解体されたようだ。2015年に東隣の三軒の銅板張り看板建築が解体された後、その敷地も合わせて13階建てマンション(ヴェルデュール高田馬場)が建設された。 高田馬場の看板建築 - 都市徘徊blog Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #看板建築 #商業系

南長崎の木造アパート

木造アパート所在地:豊島区南長崎2-3備考 :2009年時点で既に消失、建て替え済Photo 2006.2.19 南長崎ニコニコ商店街の道から横丁を北側へ曲がると廃墟化しつつある木造アパートがあった。1階がお店の下駄履きアパートだったようだが、撮影の時点で既に手前の豆腐屋さんも含め、営業していないようだった。この後、ほどなくして解体されて建て替えられた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 豊島区 #看板建築 #商業系ブログ内タグ一覧

鈴や本店

…たので、どういう店なのか不明だったが、電話回線を引く際の代理店だったのかもしれない。よくあるような携帯電話屋さんではなさそう。二階の軒先が小さなタイル張りなのが目を引いていた。 その後ほどなくして取り壊されたらしく、現在はヴェル・ウッドというマンション(2008年5月竣工)になっている。 ちなみに、奥に見えるコインランドリーは、現在は営業していないが建物は現存している。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 豊島区 #看板建築 #商業系ブログ内タグ一覧

誠屋洋服店

…(1951年作成、1954年修正)には「KK誠屋洋服店」と記されている。戦前の1935年発行の同地図ではそれらしき建物の形はあるが、屋号などが記入されておらず、戦前に建てられたかどうかは確認できない。ここの界隈は戦災で焼失したようなので、やはり恐らく戦後まもなくの時期のものだったのだろう。屋号の看板も左から書いてあるし。 誠屋洋服店/神田神保町1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #商業系

三慶商店

…、結局見れずじまい。 2023.12.29 戦後まもなくの火災保険特殊地図を見たところ、1951年発行のものには「森信吉S・近江屋産業」とあった。建物は大正時代末頃に建てられたそうだが、当初は「三慶商店」ではなかったようだ。1954年発行のものには「三慶」と記されているので、この頃に変わったらしい。 ぼくの近代建築コレクション > 三慶商店、他 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #商業系 #ギャンブレル屋根 ブログ内タグ一覧

東京共成社

…階屋(山内商店・履物店)の建物は2019年6月時点でも残っているが、東京共成社と右側の小川町丸十(パン屋)は2009年12月時点で既に共に消失していた。 現在、東京共成社が入居している永岡ビルは1999(平成11)竣工とのことなので、写真左の建物は1997〜98(平成9〜10)頃に解体されたのではないかと思う。 ぼくの近代建築コレクション > 稲川楼、東京共成社 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #商業系 2012.2.25

フタバヤ

…の「小さなお家」そのものの状況になって久しかった。2005年の春に訪れてみたら、跡形もなく新しい建物に建て替わっていた。ビルの間にちょこんとフタバヤがあることで、この交差点は印象的なものになっていたのが、それが無くなってしまうとあまり特徴がない交差点なのだった。 尾張屋、深見酒店/小川町1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #モルタル看板建築 #看板建築 #商業系 ブログ内タグ一覧 2022.8.25

日本信託銀行

…と会社のマークが浮き彫りになっているのだが、これはどうやったのだろう? 周辺も含めて石を全部交換したのか、文字とマークだけの石を貼ったのか、実は石のように見えるモルタルかなにかで文字を造ったのか? 最近は石のような風合いのFRPもあるので、触ったり叩いたりしないと素材が分からないが、この場所は触れないのでそのへんは不明。 日本信託銀行本店/日本橋3 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #商業系 #オフィスブログ内タグ一覧

丸善

…to 2001.1.18 洋書といえば、丸善と言われ続けてきた。クラシックな外観の日本橋高島屋に対峙して、ルーバーを兼ねた縦長の小さな窓が全面を覆うその姿は近代的で端正であり、塔屋のサイン以外はデザイン的な主張をせず、抑制の効いた上品な建物だった。 2004年に開業した丸の内OAZO内に丸善は一時移転したが、建て替えの後、新しく日本橋店が同所にオープンしている。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #商業系ブログ内タグ一覧 2010.7.26

植村邸

…あまり変化なし。移築直前まで昔ながらの姿をしていたようだ。軒先のディテール。銅板の板金で、面白い造形を造り上げている。側面から。看板建築の意味が納得できる姿。背面から。展示物になって初めて目にすることができるようになった姿。植村邸/中央区新富2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #古い建物 都下 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 #ギャンブレル屋根 #移築保存 ブログ内タグ一覧2007.2.25

竹田ビル

…年:1997(平成9) Photo 1995.6.20 新富橋の橋詰めに建っていたハイカラな建物。撮影時点では使用されているか既に不明だったが、比較的綺麗な状態だったと記憶している。しかしほどなくして解体されてしまった。イオニア式風の柱が印象的。橋詰めという目立つ場所に建っていただけに残念。 ぼくの近代建築コレクション > 竹田ビル/新富1丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築 2012.2.25

芝浦の検番(芝浦協働会館)

…は無くなって駐車場になったようだ。 Photo 2003.5.8 1994年の時点では、検番を含めて5棟が残っていたが、現在残るのは検番の建物のみ。見番と他の建物が一緒になって、群となって街並み景観を創っていた場所は、この頃の東京には既になかっただけに貴重な景色で、それが無くなったのは残念。 旧協働会館保存・利活用のための整備計画 Tokyo Lost Architecture #古い建物 港区 #失われた建物 港区 #商業系 #遊興施設 ブログ内タグ一覧 2022.8.25

佐藤探偵事務局

…年:1936(昭和11) 構造・階数:木・2F 備考 :解体・マンション化 Photo 1994.12.18 洋館で探偵事務所というのは珍しかった。春日通りに面して瀟洒な外観を見せていたが、春日通りの拡幅に伴い通り沿いの建物が建て替えになる中で、この建物も失われた。 廃景録 > 佐藤探偵事務局 佐藤探偵事務局、君塚接骨院/大塚5丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #商業系 2007.2.26

根岸の看板建築

…建っているルネス根岸弐番館は2005年4月竣工なので、2004年頃までの間に解体されたようだ。 石川商店/根岸3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧 2007.2.26 2022.10.11追記 1995(平成7)年の住宅地図によれば、中央の店は雑貨・石川商店。また、1952(昭和27)年発行の『火災保険特殊地図』によれば、右端は大和田うなぎ店。

上野松竹デパート・上野セントラル

…012.9.2 2012年9月はじめに訪れたら、まだ古本屋さんは営業していた。ただこれらの店や囲碁センターもこの直後に閉店したらしい。 Photo 2012.9.2 建物は2012年中に解体され、跡地には2014年に「上野の森さくらテラス」という飲食店ビルができている。 上野松竹デパート/上野公園 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #映画館・ホール #デパート・百貨店 #商業系 #屋内階段 ブログ内タグ一覧

上野百貨店(西郷会館)

…いたようだった。 Photo 2008.3.11 2Fのレストラン聚楽台は、上写真の約1ヶ月後の2008年4月21日に閉店。 Photo 2008.6.1 建物はその後も残されていたが、2010年9月頃から解体・建て替えが始まり、2012年に「UENO3153」が完成した。 上野松竹デパート/上野公園 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #商業系 #夕景・夜景 #デパート・百貨店 #屋内階段 ブログ内タグ一覧

東京クラブ(東京倶楽部)

…の関係とはいえ、かなり無理のある平面型で、現在の映画館ならまず造られない形。 北側からの様子。一つ奥は常盤座。Photo 1988.12.17 浅草松竹、常盤座、東京クラブ。3棟とも中に入ったことがないままに終わった。いちどはここで映画を観て、内部空間を体験しておけば良かったと今になって思う。 東京クラブ/浅草1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #近代建築 #映画館・ホール #商業系 ブログ内タグ一覧

常盤座(トキワ座)

…部分に装飾が少ない。浅草松竹が昔の西洋の城のような外観で装飾的なのに比べると、一見地味だが、当時としては新しい表現派的な雰囲気のあるモダンなデザイン。 Photo 1988.12.17 北側(手前側)から東京クラブ、常盤座、浅草松竹。常盤座は両側の2棟に比べて間口や高さが大きな建物だったようだ。 トキワ座/浅草1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #近代建築 #映画館・ホール #商業系 ブログ内タグ一覧

浅草松竹(旧ROXY・旧金龍館)

…京クラブ Photo 1989.12.1 写真中、浅草松竹の左隣は常盤座、そしてその更に左奥が東京クラブで、ここでは映画館・劇場が3棟並んでいた。『日本近代建築総覧』には3棟がつながっていたという記述があり、入口やファサードは異なるが、後方の一部は構造的につながった建物だったらしい。 浅草松竹(旧金竜館)/浅草1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #近代建築 #映画館・ホール #商業系 ブログ内タグ一覧

武田薬品工業

…た。 武田薬品工業・東京医薬品の建物と、右側の伊藤忠食品の建物は1999(平成11)に解体。インバーハウスビル(ライカビル)も2004(平成16)に取り壊されたという。ちゃんと写真を撮っておけばよかったと、今頃になって至極残念に思う次第。 廃景録 > 東京医薬品/伊藤忠食品 ぼくの近代建築コレクション > 東京医薬品、松下鈴木東京支社/日本橋室町3丁目 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #商業系 #近代建築 2019.1.31

道玄坂のギャンブレル屋根建築

…は実際に確認していないが、情報はどうやら確実な模様。 2017.8.4 2015.2.14 追記 YOMIURI ONLINE内の記事に、この記事を一部引用して頂きました。 大人が似合う道玄坂(前編) : 新おとな総研 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) また、棟数を3棟と間違っていたようなので、4棟に修正しました。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 渋谷区 #商業系 #看板建築 #ギャンブレル屋根 #階段・坂 渋谷区 ブログ内タグ一覧

東急文化会館

東急文化会館 所在地:渋谷区渋谷2-21 階数 :8F+B1F+塔屋・ドーム 建設年:1956(昭和31) 解体年:2003(平成15) 設計 :坂倉準三 Photo 2001.12.8 屋上に載る五島プラネタリウムのドームが特徴的。小さい頃、プラネタリウムといえば、やはりまず、渋谷のこの五島プラネタリウムだった。 Wikipedia > 東急文化会館 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 渋谷区 #映画館・ホール #商業系 #坂倉準三

中居町牛乳店

…もの。この頃はまだ営業していたのか玄関わきには自販機があり、1階の軒先の看板も私が撮った時とは異なるものが掲げられている。 森永牛乳中居町販売店(旧和田牛乳)/千住中居町 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 足立区 #商業系 2018.1.14 追記 Facebookにリンクを張って掲載したところ、2011.1時点で既に解体済だった、とのコメントが寄せられましたので、備考部分の解体時期については新情報に修正しました。

旧カフェー「大賀」

…ら Photo 2009.8.1 増改築を経ていたのだろうか、側面から見ると妙に複雑な外観をしていた。複数の入口を持つ建物だったのかもしれない。 Photo 1995.11.18 コーナー部には黒い豆タイルを張った丸柱、庇もカーブを描いている。2階壁面にも丸い付け柱があり、洋風のお洒落な外観。 東日本大震災で損壊したため、その後解体されたそうで、跡地には現在は3棟の家屋が建っている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #商業系 #遊興施設