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…板の目地が見えているのでモルタル塗りでもなかったようだ。なお、側面はモルタル塗り。 撮影時、周囲は既にコインパーキングなどになり、ポツンと残される形になっていた。その後、2018年頃に壊されて、跡地には5階建てマンションが建てられている。なお、Google Mapでは現在も同所に中島屋酒店があることになっているが、ストリートビューで見ると店舗があるようには見えない。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #商業系 #看板建築 ブログ内タグ一覧
…下記『小江戸ものがたり』には「大黒屋という餅菓子屋が飲食店として建てた建物。二階のフォトスタジオはビリヤードやダンスホールだったこともある。」と記されている。 『小江戸ものがたり−第四号 川越の洋風建築特集』川越むかし工房 編集・発行、2003.4みこもり煎餅/川越市連雀町 | 昭和回顧録 建築編川越名物「発狂くん」(埼玉県川越市 ご当地グルメ?): 日本隅々の旅 全国観光名所巡り&グルメ日記日本国内の建物や街並み#失われた建物 埼玉県 #商業系 #看板建築 ブログ内タグ一覧
…街並み、とりわけ戦前期の銅板張り看板建築が並ぶ場所は年々少なくなっている。解体後、跡地は中高層マンションかコインパーキングになることが多い。写真に撮っておきたいとはあまり思えない街並み風景が次第に増えているのはやはり残念だ。 黒田栄次郎商店、海老原商店/神田須田町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション 【×】高松松蔵宅 - ずぼら堂懐古録 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #住宅系 #戸建て住宅 #看板建築 #銅板張り看板建築 タグ一覧
…と前田金物店が写っているが、翌2014年4月の写真では取り壊されていた。旧 沢書店の建物も2015年4月〜2016年3月の間に取り壊され、3軒のお店の跡地は2017年にはSAKUREN HOTEL神保町となった。更に2021年12月にはBOOK HOTEL神保町となっている。 日清堂、文泉堂支店/神田神保町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧
…う。 1階の玄関はモルタルで唐破風状の庇を作っているが、これも左側が微妙に長いのが気になる。 Photo 2015.9.23 カマボコ型のファサードが特徴的だったが、その後方はギャンブレル屋根だった。ギャンブレル屋根にカマボコ型のファサードをあてがった発想も面白い。 田中家、聖山洞/東上野3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #住宅系 #看板建築 #モルタル看板建築 #ギャンブレル屋根 ブログ内タグ一覧
…建築に改修したものだったのかもしれない。 大津義男商店 Photo 2008.2.1 大きなガラスの木製扉。手前側の扉は枠の部分も銅板張り。上部には模様入りのガラスが嵌っていた。 大津商店、諸井邸/本郷4丁目 - ぼくの近代建築コレクション 【×】宇津木家具店・大津義男商店 - ずぼら堂懐古録 宇津木家具店・大津義男商店 文京区本郷 - 東京ノスタルジア Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 タグ一覧
…o 2006.4.23 トーホー薬局の西隣にあった銅板張り看板建築。1階は改修されていたのか古い感じではなかったが、2階壁面は全面が銅板張りだった。 そしてこの建物もトーホー薬局同様、パークコート麻布十番 ザ タワーの建設に伴って、解体された。 パークコート麻布十番 ザ タワー - Wikipedia 國徳商事・ トーホー薬局 - 都市徘徊blog Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧
…ラペットと2階の窓台などは石張り(またはモルタル)。窓は縦長で観音開き、木製窓枠のままだったようだ。 この近辺、三田1-7〜1-9にあった家屋群は全て、パークコート麻布十番 ザ タワー(三田小山町第2地区市街地再開発事業)の建設に伴い、2006.4〜2007.10の間に解体された。パークコート麻布十番 ザ タワー - Wikipedia國徳商事 - 都市徘徊blogTokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #タイル張り看板建築 #看板建築 タグ一覧
…らはシャッターが閉じられていることが多く、仕舞屋状態だったようだ。2016年2月のGoogle ストリートビューには写っているが、2017年9月時点では右隣の青トタン屋根の建物と共に消失しており、この間に解体されたようだ。ただ写真右の2階建てモルタル看板建築は2021年3月時点のストリートビューでも現存が確認できる。 旧木村屋|港区観光協会|VISIT MINATO CITY Tokyo Lost Architecture #商業系 #看板建築 #失われた建物 港区 タグ一覧
…かも知らず。 洋風の建物だが、2階建てなので恐らく木造モルタルの看板建築だろう。角地にあって2面とも洋風で窓が多い造りだったので、さほど大きくはないが存在感画のある姿だった。 右手の「小柳」は飲食店。左隣の看板建築は1997年の「はいまっぷ」住宅地図では「森山軌條」と記されているもの。 フレンド商会、東武ビル/堀留町1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 #商業系 タグ一覧
…20年の時間差があるので、多くの店が入れ替わっている。1974年と変わっていないのは、理容クニナカとその右隣の中村印舗。他も建物はそれなりに古いものだったのではないだろうか。 奥に側面が見えているホテルシティオまでの一連の建物は全て解体され、2000(平成12)年から御幸町伝馬町第一地区第一種市街地再開発事業が行われ、2004(平成16)年にペガサートビルが竣工している。 静岡の建築 静岡の街並み#失われた建物 静岡県 #街並み 静岡県 #商店街 #看板建築 ブログ内タグ一覧
….1 上写真の右端からの続きで、左端は袋物店、その右は洋品店(「デューラー」?)、写真中央は浅井屋(食堂か居酒屋)、その右は保手伊屋(食堂)、右端は不明。江川町交差点の角から伝馬町通りに入った側にも店舗は並んでいた(この部分についてはまた後日)。 この一角では、2000(平成12)年から御幸町伝馬町第一地区第一種市街地再開発事業が行われ、2004(平成16)年にペガサートビルが竣工した。 静岡の建築#失われた建物 静岡県 #街並み 静岡県 #商店街 #看板建築ブログ内タグ一覧
…階のモルタル塗り壁の破損部分には外から板が張られており、完全に放置されているわけではないようだ。相変わらず空き店舗のようで、全体に傷みが進行しているが、なんとか残されている感じ。 伝建地区にはなっているが、紅葉のシーズン以外はあまり多くの人が訪れる場所ではなさそうで、修復して飲食店として使うのにはややハードルが高そうだが、近くでも雑貨店や飲食店が営業しているので、上手く再活用して欲しいところ。 日本国内の建物や街並み #古い建物 愛知県 #商業系 #看板建築 ブログ内タグ一覧
…たのかもしれないが、この5年後の2006年には廃屋化していた模様で、2008年のGoogleストリートビューでは既に空地になっていた。その後、駐車場になり、2020年時点でも同じ状況になっている。 梅本酒店/佃2丁目 - ぼくの近代建築コレクション 中央区佃~その一 - 東京 DOWNTOWN STREET 1980's 月島の看板建築 - あの日の街角 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築 タグ一覧
…はネットに出すつもりがなかったが、数年前に解体されてしまったので記録として出すことにした。 表側は銅板張りだったが、裏側は波板トタン張り。後方には物干し台のある建物だった。隣接地の建物がなくなったためか足場のパイプが組まれてネットが張られ、仮設的な雰囲気だったが、案外きれいに使われていた。 ワカマツヤ洋品店、他/築地6丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 タグ一覧
…ではなくなっているので、この期間に解体されたようだ。モルタル看板建築なので戦前のものではないかもしれないが、それでも築70年程度は経っていたのではないだろうか。 築地界隈は戦災ではあまり被害を受けなかったが、やはり次第に古い建物が失われている。 北晃水産、他/築地6丁目 - ぼくの近代建築コレクション 中央築地六郵便局 : レトロな建物を訪ねて Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #郵便局 #看板建築 #モルタル看板建築 タグ一覧
…上の部分は脱落しており、この時点で既にかなり傷んでいるようだった。 また「築地文具」の看板は掲げてあるが、店舗のような造りにはなっていない。小売ではなく卸とかだったのだろうか。その詳細は知らず。 この建物は2002年までの間に解体されたようで、跡地にはGY築地ビルが2003年4月に竣工している。 築地木村家、他/築地2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 タグ一覧
…れた。こちらの跡地は現在も更地のままになっている。 また、左端に少しだけ見えているキムラヤペストリーショップは、2020年2月撮影のGoogleストリートビューにも写っていて、現存している模様。 築地木村家、他/築地2丁目 - ぼくの近代建築コレクション アクトデザイン凛太郎のブログ 築地散策ⅩⅡ 築地2丁目 トラヤ ・ 木村屋 ・ 旧福市だんご Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧
…品雑貨と書かれた庇が付いていたが、当時まだ営業していたかどうかも分からない。 「ぼくの近代建築コレクション」には、1986年2月と2004年2月の写真が掲載されており、同サイトによれば2005〜06年まで残っていたという。跡地には2007年にアソルティ銀座花椿通りビルが竣工している。 ビガロ、たてべ雑貨店/中央区銀座7丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築 タグ一覧
…観の雰囲気では木造看板建築のように思われる。また下記サイトには喫茶店の天井裏が見える写真が載っていて、木製の梁が架かっているのでやはり木造だったのではないかと思う。ただ3階建てなのでRC造の可能性も捨てきれず、そのあたりはよく分からない。 藤、TOP/神田神保町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション 中古建築愛好会・第二領域 > 旧細淵ビル 速報第二弾 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築 タグ一覧
…の看板建築。やや異なる雰囲気のファサードだが、どうやら一つの建物だったようだ。 Photo 2007.1.27 なお、「ぼくの近代建築コレクション」内の1987年の写真では、左側の壁面は黒っぽく右側は白い。店舗も左は玉屋(眼鏡店?)、右はキッチンあけぼの?、と2000年代とは異なっている。 及川かばん店、他/小川町1丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築 タグ一覧
…950年と1954年作図・59年修正の同地図では「藤本牛乳S」(SはShop、店)と記されている。戦後まもなくの時点で既に藤本牛乳店になっており、また戦前から牛乳販売店ではあったようだ。建物の正確な建設年代は分からないが、戦後まもなく、もしくは昭和初期に建てられたものだったのかもしれない。神田消防署、フジモト商店/神田淡路町2丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #タイル張り看板建築 #看板建築 タグ一覧
…とんど装飾がないシンプルなものだった。 2010年までは存在していたが、2012年末に通りかかった時には既に現在の3階建ての建物に建て替わっていたので、2011年頃に解体されたのではないかと思う。かつては通り沿いにこのような建物が多く建ち並んでいたのだろうが、次第に建て替えられて現在はほぼ全てが消失している。 白光堂、明治印刷/飯田橋3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築
…うなので、やはり2001〜09年のどこかのタイミングで建て替えられたのではないかと思う。 2025.9.25 追記・修正 『写真集 静岡今昔100景』羽衣出版、海野幸正監修、2001刊のp.73に、1953(昭和28)年の札の辻(海野幸正撮影)の写真があり、これに東京堂書店の建物が写っている。呉服町界隈は戦災で焼失しているので、建物は戦後まもなくから1953年までの間に建てられたものと思われる。 静岡の建築#失われた建物 静岡県 #街並み 静岡県 #看板建築 ブログ内タグ一覧
…の後は「静岡__街」になっていた。また次第に壁のペンキも剥げてきていた。ただ、1階の店舗は最近まで皆、営業していて、案外変わらないまま推移していた。 数年前、隣接する静活プラザボウルが、市による耐震診断で、震度6強程度の地震が起きたとき倒壊する可能性が高いと判定された。これを機に、静活プラザボウルとその周辺の建物の解体・再開発が決まったため、静岡銀座街の建物も今年中に解体される見込となっている。 静岡の建築#失われた建物 静岡県 #街並み 静岡県 #看板建築 ブログ内タグ一覧
…019(平成31) Photo 2018.11.1 上部に「家具」と大書されたおもしろい看板建築だった。一昨年秋に通りかかった時はまだあったが、昨年秋に通りかかったら既に建て替えられていた。 Photo 2010.3.27 「家具」の文字と左右の草柄は、モルタルかなにかで立体的で手が込んだ浮き彫りで作られていた。 スダインテリアサービス 新宿区西早稲田 - 東京ノスタルジア Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #看板建築 #モルタル看板建築
…の4月中旬に訪れた時にはまだあったのだが・・・。 赤い部分はトタン張りだったのだろうか。窓枠は銅板張り。屋根形状は側面にも金属板が建てられていたため分からず。 窓は木製の上げ下げ、玄関扉も木製。玄関上にはモルタルでアーチが描かれていた。玄関上の庇は傷んでいて、2010年頃には建物より先に撤去されていた。 平野製作所/芝5丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築 タグ一覧
… Photo 2012.4.4 窓の上の壁面がわずかに反って窓庇になっている。 2017年秋に訪れた時はまだ存在していて、比較的きれいに使われていたのだが、その半年後の2018年4月時点のGoogleストリートビューでは既に解体中だった。その後、2019年5月時点では更地。個性的な洋風建物が失われていくのはやはり惜しい。 今西自動車販売、他/小島2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #看板建築 #商業系
…る点、軒先にレリーフがある点など、似たデザインになっている。もしかすると、同じ持ち主だったか、デザイン・建設した業者が同じだったのかもしれないと思わせる代物。 こちらの建物は2019.6のGoogleストリートビューにも写っており、この時点では健在。ただ、近年の画像ではシャッターがいつも閉まっているようで、使われているか空き家なのかなどは不明。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 品川区 #古い建物 品川区 #商業系 #看板建築 #モルタル看板建築
…していたかどうかも分からない。なお、下記サイトでは渡辺理容店として紹介されている。 正確な解体時期は不明。航空写真でのおおまかな確認では、1995年までは存続していたが、2002年頃には建て替えられていたようだ。 右端は漢方薬店「富士越薬品」で洋風ファサードを持つ看板建築だが、こちらは2018年7月時点で存在している。 流れ星コレクション > izu-315(渡辺理容店)、 izu-320(富士越薬局)静岡の建築#失われた建物 静岡県 #看板建築 #旧東海道 ブログ内タグ一覧