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…験に違いない。外観が変わっていて面白い建物だが、中に入ってみると、卒業生が残したいと考えた理由も改めてよく分かるのだった。 客席後方から通路と客席、ステージ 床には木レンガがはってあった。長年ワックス掛けされたためか真っ黒になっており、雨で濡れた靴で歩くと滑りやすくなっていた。半世紀近い教室の時間の経過が刻まれた床。 Photo 2008.1.12 学習院大学 ピラミッド校舎 1 2 4 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 豊島区 #大学 #前川國男
…梁が印象的。地面付近の隙間から間接光が入り、そこから風も吹き込んでくるので夏場は涼しそうだ。だが建物を見学した日は1月の雨の日で、風が吹いてホワイエも寒かった。そのへんはモダニズムらしい?割り切りのような気もする。 扉を抜け、歩みを進めると、階段教室の前方の平場に出る。 次回は教室内の様子を。 Photo 2008.1.12、1.13 学習院大学 ピラミッド校舎 1 3 4 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 豊島区 #大学 #前川國男 #モダニズム
…ら改修したり細かい改築をすれば、使い勝手は改善できる。工夫をせずに使い勝手を云々する人たちは、新しい建物になったとしても、また使いにくいと言いつのるのだろう。 この項も、もう少し続く。 月刊旧建築 > 学習院大学、前川国男の「ピラミッド校舎」を建て替え > さらばピラ校!!学習院大学中央教室の見学会へ行ってきました★近代建築探訪★ > ピラミッド校舎学習院大学 ピラミッド校舎 2 3 4 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 豊島区 #大学 #前川國男
…|記念事業|三田キャンパス 未来先導館(仮称)を含む南校舎建て替え工事-計画概要- 北側1F壁面の採光窓 Photo 2003.5.8 内部は全く撮らなかったが、たまたま壁面の様子を一枚だけ撮っていた。型枠から転写された板目模様や、凹凸のある縦横の窓など、ディテール部分もやはりモダニズム建築だった。 慶應義塾豆百科 > No.73 三田の大講堂 Wikipedia > 慶應義塾の建造物 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #大学 #モダニズム
…永プラザビルヂングは田町の駅前にあるビルだが、今ではさほど背の高いビルではない。六本木界隈に多くのビルが建ったので、こちらも現在はほとんど見えないのではないかと思う。 毎日のように超高層ビルの風景を眺めていると、あまり変化に気づかないのだが、こうして昔の写真を見ると、いつの間に・・・と思うことしきり。昔、私が見ていたスカイラインは、今と比べるとかなりのんびりした風景だったのだなぁとつくづく思う。 #早稲田大学 #大学 #眺望 #パノラマ #高層ビル #安東勝男ブログ内タグ一覧
…ろん遠方を眺めることができるが、それ以外には両端にある階段室と、エレベーター北側のトイレスペースから辛うじて景色を眺めることができるのみである。 屋上にカフェを作ったら賑わうんじゃないかとちょっと思うのだが、いまどきの学生は、景色を見るためにわざわざ高い場所に行ってお茶したりはしないのかもしれない。だが、結構良い景色なのに使わないのは、やはりちょっともったいない気がする。 #早稲田大学 #大学 #古い建物 新宿区 #眺望 #夕景・夜景 #高層ビル #安東勝男 ブログ内タグ一覧
…。実際、少なくとも当初の51号館は傾いておらず、建築学科が責任をとって最上階に入居したわけでもないようだ。むしろ、高い建物を設計したので、自ら高層居住を体験すべく最上階に陣取ったというあたりだったのかもしれない(詳細は知らず)。 KOの話と傾いているという話は、理工学部が3学部に改組された今でも、大久保キャンパス(現 西早稲田キャンパス)に伝わる都市伝説として語り継がれているのではないだろうか。 #古い建物 新宿区 #高層ビル #早稲田大学 #大学 #安東勝男ブログ内タグ一覧
…月には東京メトロ副都心線が開通し、大久保キャンパスの東側の明治通りの地下には西早稲田駅ができた。キャンパス内にも駅の出入口が完成し、理工キャンパスへの新たなアクセス手段が生まれ、渋谷、池袋、新宿3丁目から、飛躍的にアクセスが向上した。理工系学部の学生は、今までは西武新宿線の沿線などに下宿することが多かったが、今後は東武東上線や西武池袋線、東横線沿線に住んで、副都心線で通学する学生も増えるかもしれない。 #街並み 新宿区 #早稲田大学 #大学 #眺望 #高層ビルブログ内タグ一覧
…パスに行ってしまうのではないだろうか。 ただ、外部の人などは、西早稲田キャンパスと聞くと、早稲田キャンパスに対して、西にあるキャンパスだと思うかもしれない。本部キャンパスなんていう通称もあったりするので更に紛らわしい。だとすると新表記に整理するのは良いことになる。 でもそれだと地名とのギャップが残ったまま。大学が西早稲田にある限り、そして地名をイメージさせるキャンパス名にしている限り、ややこしさは残る。う~ん、うまい解決法が無い・・・。 #早稲田大学 #大学 ブログ内タグ一覧
…やかな水彩スケッチが並ぶのは新鮮な感じ。たかが工事囲いに、これだけの手間を掛けたというのも珍しいことかも知れない。 大隈重信候が人生125年説を唱えたことから、早稲田では125周年が一つの区切りと考えられている。創立125周年の今年は記念の年でもあり、それにちなんで工事囲いも「早稲田ウォール125」と名付けられ、延長も125mなのだそうだ。 早稲田ウォール125について その1、その2早稲田大学11号館 その1、その2#新しい建物 新宿区 #早稲田大学 #大学ブログ内タグ一覧
…る構想があったものと思われるが、そうはならなかった。 贅沢な装飾があまりない中、斜め格子の色ガラス窓は、数少ない装飾。こういう部分だけでも残されると良いのだが、どうなっただろうか。 増築部分へ至る小階段? Photo 2006.1.19 撮影時の記憶が曖昧で、どういう目的の階段だったかよく覚えていない。しかし妙な段差を繋ぐ階段だ。 早稲田大学11号館 その1Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #早稲田大学 #大学 #屋内階段ブログ内タグ一覧
…でもない。 14号館から、手前:12号館、中奥:11号館 Photo 2001.12.10 正面ファサード Photo 2006.1.19 ベース部分は御影石、ボディ部分は角柱の付柱が並び、トップ部分は3連のアーチ型窓。中央2階部分に、1階玄関ホール上部の円形の窓が少し見えている。 4Fのディテール Photo 2006.1.19 早稲田大学11号館 その2Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #早稲田大学 #大学 #桐山均一ブログ内タグ一覧
…や大学経営面では私立大よりやはりおおらかなようで、保存面では有利なような気がする。東京大学の本郷キャンパスなどを訪れると、早稲田などよりも建物密度がかなり低い。キャンパスが早稲田より広いのに学生数は全然少ない。一人あたりの空間がゆったりしているのが羨ましい。 学生の授業料をもとに経営している都心の私立が狭いのは仕方ないんだろうけど。 早稲田大学大隈講堂 その1 その2 その3 その4#古い建物 新宿区 #早稲田大学 #大学 #映画館・ホール #佐藤功一 #佐藤武夫 #内藤多仲
…二学生会館の跡地に大隈記念タワーが最近竣工しました。大隈講堂が早稲田の最初の125年に因んで125尺の高さであることを受けて、大隈記念タワーは大学の次の125年の発展を期待して、もう125尺高い250尺(75.75m)の高さになっています。この件については、またその内に。 早稲田大学大隈講堂 その1 その2 その3#古い建物 新宿区 #早稲田大学 #大学 #塔 #映画館・ホール #佐藤功一 #佐藤武夫 #内藤多仲#近代建築 #ゴシック #表現主義 #重要文化財ブログ内タグ一覧
…震化するそうだ。また同時に、空調、電気設備、音響面も改修されるとも言われる。大隈講堂でイベントなどをしたいという需要は多いのだが、今までは設備面で実現しないケースもあったようだ。現在の要求に応じて、使いながら残していくためには、うまく改修していく知恵と努力がやはり必要だ。 早稲田大学大隈講堂 その1 その2 その4#古い建物 新宿区 #早稲田大学 #大学 #塔 #映画館・ホール #佐藤功一 #佐藤武夫 #内藤多仲#近代建築 #ゴシック #表現主義 #重要文化財ブログ内タグ一覧
…を取り囲むように埋められた沢山のスポットライトが、夜空にきらめく星のようである。 2階への階段脇にある丸窓。教会のステンドグラスなどと異なり、絵柄がデザインされているわけではなく、シンプルに黄色一色なのだが、日光が差し込むと辺り一面が黄色の世界になり、非常に印象的になる。 早稲田大学大隈講堂 その1 その3 その4#古い建物 新宿区 #早稲田大学 #大学 #塔 #映画館・ホール #佐藤功一 #佐藤武夫 #内藤多仲#近代建築 #ゴシック #表現主義 #重要文化財ブログ内タグ一覧
…窓枠はテラコッタ製。 鋳物製の門扉。なかなか手の込んだデザインです。中央のAは何の意味だろう?(6枚の門扉それぞれにWASEDAの6文字があてられているそうです)。次回は内部へ。 追記 注)2007年に国の重要文化財に指定。これに伴い、東京都選定歴史的建造物の選定は解除。 早稲田大学大隈講堂 その2 その3 その4#古い建物 新宿区 #早稲田大学 #大学 #塔 #映画館・ホール #佐藤功一 #佐藤武夫 #内藤多仲#近代建築 #ゴシック #表現主義 #重要文化財ブログ内タグ一覧
…広がったヴォールト空間。ファン・ヴォールトはイギリスでゴシック後期に流行ったと後で知ったのだが、確かにフランスやイタリアでは同様のものは見なかった。過剰とも言える天井の筋状の梁の様子に注目させるため、わざわざライトアップがされていた。 Bodleian Library(ボドリアン図書館)・5階建ての塔 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21Google Map 1993.03 Europe#古い建物 イギリス #街並み イギリス #教会 #橋 #大学 ブログ内タグ一覧
…が乏しく、いざ問題が発生した時には手遅れということも多い。 オックスフォードの場合、どこまで景観保護の規制があるのかは把握していないが、町の建物は教会の塔よりも高くしてはいけないというルールがどうやらあるようだ。塔に上れば美しい町並みを俯瞰することができるという、景観的な財産を持つ町が羨ましく思われる。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21Google Map 1993.03 Europe#古い建物 イギリス #パノラマ #眺望 #教会#塔 #大学 ブログ内タグ一覧
…he Virgin(通称 St Mary's)は、オックスフォードの街の中心部を東西に走るHigh Streetに面して建っており、街のランドマークになっている建物だ。その最も古い部分は1270年に遡り、本体は15世紀から16世紀初頭に掛けて建設されたもの、また調度や彫像は19世紀のものという。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21Google Map 1993.03 Europe#街並み イギリス #古い建物 イギリス #道 #教会 #塔 #大学 ブログ内タグ一覧
…dralのオルガン 設置年:1979 立派なオルガンだったので昔のものかと思ったのだが、後で調べてみたら設置年は意外に新しかった。 The Great Quadrangle(Tom Quad)とTom TowerWikipedia(En) > Tom Quad トム・クワッドと呼ばれる四角形の中庭。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21Google Map 1993.03 Europe#古い建物 イギリス #教会 #塔 #大学#クリストファー・レン ブログ内タグ一覧
…い建物を建てることは認められていないという。 Oxford Town Hall(オックスフォード市庁舎) Wikipedia > Oxford Town Hall 1893着工、1897竣工 市庁舎が建っている場所は古くはギルド・ホールがあった場所で、1292年にギルド・ホールが置かれて以来、地方行政府が置かれてきた場所なのだそうだ。 ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21#街並み イギリス #古い建物 イギリス #道 #教会 #塔 #大学 #官公庁 ブログ内タグ一覧
…きったところには極東国立体育大学があり、旧ソビエト時代に造られたとおぼしき銅像が正面にある。旗を掲げて前に疾走するその姿はいかにも共産主義っぽい。これに共感したりしていたのだろうか。そこら辺やっぱり私個人としては不思議だった。更に行くと大学のゲートに辿り着く。入っていいのだろうかとやや心配になりながらも、周囲に人がいないのをいいことに通り抜けてしまう。ゲート自体は料金所みたいな近代的建築物だった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #大学 ブログ内タグ一覧
…眠い。食事をとるので余計に眠くなる。I氏は一言、眠いと言って、食事もそこそこに部屋に戻ってしまった。ロシアの夕食は軽いので、僕はとりあえず食事だけはしておいた。食後、明日の計画をたてようとしたのだがやはり非常に眠くて、21:00には早くも就寝してしまったのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #パノラマ #眺望 #自動車 #塔 #高層ビル #大学 #オフィス #体育館 #野外劇場・スタジアム #20世紀 #スターリン様式 #ソビエト様式 ブログ内タグ一覧
…近から山手方向 Google Map 正面奥は極東総合大学(現在は極東連邦大学らしい) 坂を上った最後のところは時間切れになったのと、地図が大幅に違っていたという事情で調査しきれなかった。仕方なしに中央広場に戻る。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #階段・坂 海外 #古い建物 ロシア #街並み ロシア ref="https://asabata.hatenablog.com/search?q=#パノラマ">#パノラマ #大学 #オフィス ブログ内タグ一覧
…中庭側にもバルコニーがあるなかなかきれいな建物だった。しかし書割りのような付け柱と、パステルカラーのようにペタペタと塗った外壁の色が、どこか安っぽさやかわいらしさを感じさせる。 旧電信局 建築年:1898年 資料には旧電信局と記されていたが、現地滞在の時点での用途・名称などは不明。コーナーに小さなドーム状の屋根が載る比較的小規模な建物。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #古い建物 ロシア #街並み ロシア #大学 #官公庁 #オフィス ブログ内タグ一覧
…で、何やってるのか?、どこから来た?、どこの大学の何年生なのか?、どこのホテルにいるのか?、等々いろいろ尋ねられて、ちょっと閉口してしまった。だが、これはお互いたどたどしい英語で、なんとか意思の疎通が図れるのでまだマシだったかもしれない。当時のウラジオにはまだほとんど東アジア系の人は居なかったので、たぶんその留学生は同じ韓国人かと思って声を掛けてきたのだろう。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #道 #高層ビル #自動車#官公庁 #大学 ブログ内タグ一覧
…全に教会でレンガ造りのゴシック建築。ただし頂部の十字架は共産主義時代に撤去されて、今はない。建物のデザインは宗教的なものなのに、その周囲に昔の小さな戦車や、大砲などが展示してあり、妙なギャップを感じてしまう。時間がなかったので、内部の見学はしなかったが、聖堂の中に、鉄砲やら剣やらが展示されているのだろうか。もしそうならそれはかなり凄い違和感だろうな。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #階段・坂 海外 #古い建物 ロシア #教会 #大学 ブログ内タグ一覧
…蔵庫もTVも壊れていて使えない代物だとわかった。またかよ。 宿泊先ドミトリーの付属レストラン「熊」と送迎バス 10:30にドミトリー隣の2階にある職員用のレストランで遅い朝食。手羽肉、酸っぱい油炒めライス。それにサラミ、チーズ、ジュース、紅茶、まあまあ慣れてきた。建物の外には「熊」と漢字で書かれたレストランの看板があったが、それは3階にあるもうちょっと良いレストランのことらしい。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #鉄道 #自動車 #大学ブログ内タグ一覧
…写真はできるだけしっかり撮ろうとしていたので、それなりには撮れていたけど。 ハバロフスク:医科大学 Google Map レーニン広場の周囲には先にも書いたように、ハバロフスク州共産党中央委員会の建物、医科大学、病院、ホテルなどがあり、いかにも都市の中心、センターという感じである。しかし儀式的な広場で、市場などとして用いてはいけないからか、活き活きとした活動には満ちておらず閑散としている。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #大学 ブログ内タグ一覧