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通りを戻ってコムソモール広場へ行く。広場に面した3F建ての建物はイギリスのカレッジかアパートメントのような雰囲気だ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #街並み ロシア #広場 ブログ内タグ一覧
15:00 昼食後、若干の休憩を各自部屋で取ってからロビーに集合して市内の散歩に出掛ける。18:30にRestaurant Sapporoで夕食ということだけを決めて、とりあえず解散する。まずはゆっくり目抜き通りであるカールマルクス大通り(現ムラヴィヨフ・アムールスキー通り)を歩く。 道行く人々の髪が逆光の中で白く光り輝く。白ロシア系の人が多いので金髪や栗毛の人が多く、その髪は太陽の光を白く反射する。これは日本人の髪の毛ではなかなか見られない景色だ。 カールマルクス大通り G…
1992.10.15(Thu) Moscow → Khabarovsk 土産物屋 15:00 またしてもバス運転手のコネのある土産物屋に連れて行かれる。 僕等としては市内の賑やかな場所、例えば前にも行ったアルバート通りのような、商店街、市場とかフリーマーケットで買い物をしたいのだが、どうも運転手はいわゆる土産物屋に僕等を連れていこうとする。I氏を中心として、アルバート通りにもう一度行きたいと交渉するのだが、あちらより良いものがあると言って譲らない。その土産物屋に行かないことに…
1992.10.15(Thu) Moscow オスタンキノ・タワー遠望 モスクワ市街の北部にオスタンキノ・タワーはある。市街のガイド地図にテレビ塔は記載されているが、街中からは霞んでしまいあまり見えない。このテレビ塔の足下にはオスタンキノテレビの放送局がある。 宇宙征服者のオベリスク遠望 Google Map Wikipedia > 宇宙征服者のオベリスク また塔の周辺にはジェルジンスキー公園があり、国民経済博覧会、宇宙飛行士博物館などの施設もある。市街を北へ向かってバスに乗…
1992.10.14(Wed) Moscow 10:30 アルバート通りに到着。しばらくの間、ショッピングということになる。晴れて少し明るくなってくる。アルバート通りは国営の商店が建ち並ぶショッピングストリートだが、現在は露店が多く出る歩行者天国という方が雰囲気をよく表している。 アルバート通り Google Map もちろん建物内では国営商店が今も営業しているのだが、モスクワといえども品物が少なく、サービスもいまひとつな状況に変わりはない。これに対して、露店の方は日本の縁日…
1992.10.14(Wed) Moscow 04:00 時差ボケで早朝に目が覚めてしまう。昨日そのまま寝てしまったので風呂に入り、その後、薄明るくなってきた早朝の窓の外を写真に撮っておく。 ツェー・デー・テー・ホテルから Google Map その後TVでCNNなどを見ながら、昨日の分の日記を少し記入し、荷物の整理をする。終わったのは6時頃だったが、今日の外出は8時からの予定で、起きていても仕方ないので再度寝ることにする。 ツェー・デー・テー・ホテルから 07:00 K氏に…
1992.10.13(Tue) Moscow 赤の広場を出てノヴォデヴィチ修道院へ向かうことになる。バスに乗る前にInformation看板とターニャさん、I氏を撮る。後で改めて見返すとなかなかしゃれたデザインだ。 ロシアホテル Google Map Wikipedia - ホテル・ロシア 広場のそばには先程昼食を食べたロシアホテルがある。13F建て程度に見えるが実際の最高階は21階、ボリュームは巨大で、非常に多くの部屋数(3,000室以上)がある近代的ホテルだ。当時は知らな…
1992.10.13(Tue) Moscow 14:30、ロシアホテルにて昼食。まだ朝食から2~3時間しかたっていない。飛行機の関係で全ての予定が狂ったので、クレムリン観光も超特急だった。モスクワは広いのでバスで連れてってもらうのが便利そうだが、この先どうなるか全く見当がつかない。またShoppingなどの自由行動が出来るかも不明だった。といっても、こんなに大きな街でいきなり放り出されても困ってしまうから、とりあえずバスツアーに頼る他なさそうだ。 ガイドのユラ氏はエラク日本語…
1992.10.13(Tue) Moscow 12:00 ホテルから出発。早速クレムリン(Google Map)へ向かう。 Wikipedia - クレムリン トロイツカヤ塔 12:20 バスを下車。ユラさんがガイド。相変わらずめちゃくちゃ寒い。トロイツカヤ塔から旧城内に入る。 アルセナール(旧兵器庫) 城門を通って最初に見えてくるのは旧兵器庫だが、これも立派な様式建築だ。ベースカラーは黄色で、窓周りや、付け柱が白い。 ロシア連邦大統領府(左)とロシア連邦大統領官邸(右) 左…
1992.10.13(Tue) Moscow 09:00 モスクワ郊外のDomodedovo空港に着陸。本当は前の日の夕方に着く予定だったが朝の到着になった。タラップの下まで出迎えの人が沢山来ていた。 Domodedovo空港 Google Map Wikipedia - ドモジェドヴォ空港 歩いて空港ビルまで行く。モスクワはめちゃくちゃ寒く、地吹雪が舞っていた。実は僕はこういう光景も初めてだった。 09:30 Domodedovo空港を大型バスで素早く出て、雪の降る中、市内…
1992.10.12(Mon) Vladivostok 07:45 起床。朝はやはり少し寒い。昨晩閉め出しを食った大学の女子学生達からの連絡はなく、なにも変わったことがないかのごとく今朝は静かだ。今日の午後、私たち、M2の5人はモスクワへ向かう。ウラジオストクには約一週間滞在した。街路調査などをしたので街の大体の様子は把握することが出来た。ただ、のんびり観光が出来なかったのはやや残念だった。朝、寮を出たらもうここには戻らないので、全てをスーツケースに詰めて準備を整える。断水な…
1992.10.11(Sun) Vladivostok 教会北側のプーシキン通りを西へ行く。 プーシキン劇場 Google Map 建設年:1908年 プーシキン劇場(ウラジオ古写真アルバムから) プーシキン劇場は1908年完成だそうで、1915(大正4)年12月には、日本から松井須磨子や島村抱月らの芸術座一行が渡航して、現地の俳優と合同演劇を行ったという話もある場所。 ただ我々が訪れた頃は残念ながら使われていないようだった。また賑わいの中心も街の西の海沿いへ移動してしまって…
1992.10.11(Sun) Vladivostok スターリン様式の建物 Google Map スヴェトランスカヤ通りを東の方まで行くと、いわゆるスターリン様式の行政関係の建物(KGB沿海州オフィス?)や、柱頭に朝日や船の飾りのある建物を見つける。しかしこれらの詳細は判らないままだった。 柱頭に朝日や船の飾りのある建物 Google Map 朝日や船の飾りがある柱頭部分 古写真に教会が写っていたので、教会を探すが似たようなデザインのものが見つからない。最初の頃にもいちど行…
1992.10.11(Sun) Vladivostok スヴェトランスカヤ通りを更に東へ歩き、元ソ連邦共産青年同盟、シュテインバフの家、元フランス領事館、国立銀行などを撮る。 元ソ連邦共産青年同盟(1909〜44) Google Map マウスオフ:1992 マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから) 写真にマウスをあてがうと、古写真が表示されます。 撮影場所はもう少し坂を下った場所だったようだ。2F分増築されて見え方が異なっていたのを現場であまり考慮に入れなかっ…
1992.10.11(Sun) Vladivostok 08:30 起床。疲れている。眠い。でも外へ行きたい気持ちもある。 08:45 出発のために集合するが、少し遅れてしまう。 09:05 出発。 09:20〜10:00 ウラジオストクホテルにて朝食。極東大学に語学留学している東京外語大の女子学生に偶然会う。一人で横浜から客船「ルーシ」に乗ってナホトカまできて、そこから列車でウラジオに入ったという。元気な人だ。ここで会ったのも何かの縁だということで、午後に予定しているバスで…
1992.10.10(Sat) Vladivostok 旧ランゲリーチェ商会とスヴェトランスカヤ通り Google Map PCのWebブラウザでは、写真にマウスを重ねると古写真が表示されます。 マウスオフ:1992 マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから) 約90年前の写真と比較してあまり変化がなかった建物。中央広場の前にあり、目抜き通りのスヴェトランスカヤ通りとオケアンスキー大通りの交差点の角に建つ。廃墟などにはなっておらず、状態も良いように感じられた。 し…
1992.10.10(Sat) Vladivostok アレウツスカヤ通りと旧ゾロトイローグホテル Google Map マウスオフ:1992 マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから) 古写真は現アルセーニエフ郷土博物館の2階から撮ったものらしく、視点の高さは異なっている。 旧ゾロトイローグホテルと旧ホテルツェントラーリ(3枚目中央)の建物は、私たちが訪問した1992年当時はかなり傷んでいて廃墟のようだったが、その後、修復されて、昔のような美しい姿を取り戻してい…
1992.10.9(Fri) Vladivostok 無線塔のある事務所 フォキン通り(Фокина)との交差点に出ると、大きな無線アンテナを備えた事務所が目に入る。ポグラニーチナヤ通り(Пограничная 国境通り)は街の西北はずれの通りのため、建物の規模がやや小さく2階建てが多い。中心部のスヴェトランスカヤ通りの建物は、概して4F以上で華やかなファサードを持っているが、山側の通りの街並みは地味で、また中心部のように建物が連続していない。数街区離れているだけだが、人通り…
1992.10.9(Fri) Vladivostok 08:40、起床。09:00に朝食。次第に皆、無口になる。毎日、朝から晩まであちこち動いているとさすがに疲れがたまってくる。夜ゆっくり休めないと翌朝にまで疲れが残ってしまい、目覚めは良くない。 09:45、集合。10:00、Field調査に出発。15分後にバスを降り、ポグラニーチナヤ通り(Пограничная Pogranichnaya St. 国境通り)の調査を始める。O氏の風邪が相当ひどく、声を出したくない状況のよう…
1992.10.8(Thu) Vladivostok 駅周辺をI氏、O氏と散歩する。夕暮れが急速に迫って来ていた。 鉄道駅(左)と郵便局(右) 鉄道駅のすぐ隣には船客ターミナルがあり「海の駅」と呼ばれている。その「海の駅」には吹き抜けのホールがあり、真ん中に灯りのともった噴水が据えられていた。しかしあまり人けはなく閑散としていて、しかもホールのそばの通路は電気が点いておらず、ほとんど真っ暗だった。ウラジオの街に慣れてきたとはいえ、そういうところを通るとやはり俄に緊張してしまう…
1992.10.7(Wed) Vladivostok 15:00 バスで港へ行き、湾内クルーズに向かう。 15:20 港で一時解散。港には戦艦や病院船が係留されていた。一昔前までは外国人はこの街には全く入れなかったという。ましてや軍艦が停泊しているのを間近に見るなどということは不可能な話だった。しかし時代は変わり、軍艦を近くで平気で見ることができ、写真さえ撮ることができる。実はこの軍艦は燃料不足であまり動けないらしい。それは軍艦じゃないよなーとか思うのだが・・・。ただ、後年、…
1992.10.7(Wed) Vladivostok セメノフスカヤ通りとの交差点に出る。ここで交差点のパノラマを撮影する。 セメノフスカヤ通り交差点のパノラマ1(東から南方向) Google Map 左手の交差点角地はコルホーズ広場。写真右手の道を進むと駅。 写真を撮っているとおばさんが近づいてきて、大きな声で何事かを私に問いかける。しかし当然私はその意味を理解できない。先日のカードを見せると更にいろいろ大声でまくし立てる。多少耳が遠いらしいので大声なのは仕方ないが、私が言…
1992.10.7(Wed) Vladivostok スヴェトランスカヤ通り・アレウツスカヤ通り交差点北東角 旧ゾロトイローグホテル (2枚の写真を接合) 建設年:1906〜1907 Google Map アルセーニエフ歴史博物館付近はやはり賑やかだ。とりあえず人が多いので、どちらかといえば危険度は低いと考えて良く、駅周辺に比べてほっとする。今日はピロシキ売りのおばさんはいないようだった。 交差点に面した建物は皆、角地を意識したデザインが施されており、ヨーロッパ風の街路を作り…
1992.10.7(Wed) Vladivostok 極東海洋船舶局 Google Map 更に行くと極東海洋船舶局の建物がある。屋上には組織のマークと、旗をデザインしたような看板があり、数本のアンテナが立っている。港湾内の船舶との通信に用いるのだろうか。実際にどのように使われているかどうかはわからないが、いかにもそれらしい風情だ。 17番の住居(東南側から) 建設年:1938年 "The 2nd Gray Horse" apartments building 右端空中にある…
1992.10.7(Wed) Vladivostok ウラジオストク第3日 8:30 起床。のどが痛い。風邪をひいたか?。朝はやはり寒い。集中暖房なので、自分でコントロールすることはできない。暖房は入れないのかと尋ねたところ、10月はまだ暖房を使う季節ではないとのこと。そのへんの感覚は日本人とは全く異なる。お湯に関しても集中的な供給体制になっている。お湯が出ないのはウラジオ市の熱供給施設が本格的な冬を前にしてメンテナンスを行っているためだという。1ヶ月間お湯が出ないというのも…
1992.10.6(Tue) Vladivostok プロパガンダ看板が並ぶ公園 坂の下の方に戻る。人影のない夕暮れの公園に掲示板が立っている。社会主義を賛美するようなスタイルの掲示板だが、誰もいない景色は、傾いたロシアの現在の状況を見るようで何だか淋しい。 旧日本領事館 建築年:1916年 フォキン通り(Фокина・Fokin)交差点の角には旧日本領事館のあった建物が残っている。現在は別の用途に使われているが、ペディメントをのせ列柱をつけた、割合にたいそうな建物だ。 戦前…
1992.10.6(Tue) Vladivostok 坂道になったオケアンスキー通り 坂道をロシア製のトラックがすさまじい黒煙を吹き上げながら上って行く。概してパワー不足でのろい。ロシア製の乗用車のヴォルガやラダ、モスコビッチがガタガタ音を立てながらブワァーッと上って行く。車の通ったあとに排ガスの臭いが撒き散らされる。ロシアの車のエンジンが悪くて不完全燃焼しているのか、フィルターが無いのか、ガソリンの質が悪いのかわからないがとにかく臭い。 坂道を上るヴォルガ オケアンスキー通…
1992.10.6(Tue) Vladivostok 以下は、オケアンスキー通りとフォンタンナヤ通り(Фонтанная)との交差点に面して建っている3つの建物。 ウラジオストク市ソビエト執行委員会(ウラジオ市の市庁舎) 2010年時点では「ウラジオ市建築都市局」となっている。 近代的な外観のオフィスビルだが、頂部に町の紋章がレリーフで大きくデザインされ、更に旗が立っている。実は私はこのちょっとクールな建物が嫌いではなかった。夕日を浴びてキラリと輝く壁面は、彫りが深くごちゃご…
1992.10.6(Tue) Vladivostok 道ばたのキオスク フィールド調査の途中で、道端にあるキオスクでびん入りペプシを売っていたのでつい買ってしまう。ウラジオストクでは西側製品にお目にかかることがまだ少ない。だから飲み物が見つかった時にはちょっと嬉しかった。このペプシ、日本円にするとエラク安いのだが、現地の物価からするとべらぼうに高い代物で、国営商店に置いてあるロシアン飲み物の数倍の値段である。でも見ていたらきれいな女の子たちが歩きながらペプシを飲んでいたので、…
正午、中央広場に行く。 中央広場からスヴェトランスカヤ大通り沿いの建物群 広い。しかも雰囲気が明るく非常に良い。天気が良く、暖かい。ハバロフスクから来ると、日差しがまぶしい。歩いていればコートはいらないかもしれない。広場の前はスウェトランスカヤ大通りというウラジオ一の目抜き通りになっている。通りに面した建物が、一列に並んでいるのもなかなかの景色である。広場の真ん中には革命戦士の像がある。早速銅像の前で記念写真を撮る。 中央広場 革命戦士の像 Google Map 沿海州共産党…