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帰国

…、私は思ったほど懐かしいとは感じなかった。実際、帰宅後もしばらくいわゆる日本食は食べなかった。S氏やF氏は食堂車へ行って早速カレーなどをたらふく食べた模様。 17:05 東京到着。S氏と私はF氏の彼女の車で送って貰う。 18:00頃 帰宅。やはり疲れた。 深夜のニュースでウラジオの話をしていた。前より親近感を感じた。荷物の整理は後日にして久しぶりに自宅のベッドで安眠する。 1992ロシア日記 了 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #飛行機 ブログ内タグ一覧

アムール川でラッパ

…かにもロシア的な代物なのだった。当然外枠との間にクッションが挟まっているわけがないので、ちょっと落としたりするとあっという間に割れてしまう。これじゃしょうがないねなどと言いながらも、最後になってもいろいろあるなぁと思うのだった。こういうこと一つとってもそうなのだが、何故このようになっているのか理解できないことがしばしばあるのが旧ソビエトである。 25:40 飲み会を終えて就寝。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #海・川・池 #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧

コムソモール広場2

…のでこれでいいのだ。 コムソモール広場は夕焼けに包まれていた。共産主義のシンボルである星を先端に付けたオベリスク状のモニュメントが妙に美しく感じられる。 広場で結婚式が終わったばかりの人々に出会う。盛り上がっていたので近づいていったら快く写真を撮らせてくれた。後で写真を見て気づいたのだが、彼等は広場でグラスで酒を飲んでいた。一体どこから持ってきたのだろう? 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #公園 #モニュメント#塔 #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧

映画館

…だったとしても(例えばシュワちゃんでも)、僕等には判らない。描く人がロシアの人だと、日本人でもアメリカ人でも何となくロシア人風になってしまうらしい。日本でも同様のことは起こっているのだろう・・・。ところでロシアの映画館ではハリソンフォードも、ブルースウィリスもロシア語を喋ってるのだろうか。もっと時間があればそんな彼等を見てみたかったのだが、なにぶん時間がないので見ることはかなわなかった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #映画館・ホール ブログ内タグ一覧

3人組の写真を撮る

…ことが判った。月曜というのは3日後だったが、僕等は明日には帰国してしまう。だから月曜にこの公園には行けない。私は無理な注文に笑顔でOKをしてしまったのだった。月曜日の午後、彼等はここで私が来るのを待っていたのだろうか。そして彼らは、私が来ないがために日本人に失望したかもしれない。そんなわけで私は彼等に対してちょっと済まない気分になったのだった。でもあの頼み方はやっぱりちょっと脅しが入ってた気がする・・・。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク ブログ内タグ一覧

極東国立体育大学

…きったところには極東国立体育大学があり、旧ソビエト時代に造られたとおぼしき銅像が正面にある。旗を掲げて前に疾走するその姿はいかにも共産主義っぽい。これに共感したりしていたのだろうか。そこら辺やっぱり私個人としては不思議だった。更に行くと大学のゲートに辿り着く。入っていいのだろうかとやや心配になりながらも、周囲に人がいないのをいいことに通り抜けてしまう。ゲート自体は料金所みたいな近代的建築物だった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #大学 ブログ内タグ一覧

アムール川畔の展望台

…ちょっと昔の砦のようで意外に格好が良い。更に遠くには遊覧船だろうか、割合に立派な客船が停泊していたが、そこまで行ってしまうと街外れになってしまうような気がしたので、そちらには行かなかった。中心部をもう少し見たくなったので、また川から離れて、今度は大通りの裏側を廻ってみることにする。ハバロフスクの中心部は基本的にグリッドパターンなので、およその方角さえ間違えなければ大きく迷うことはない。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #海・川・池 #塔 ブログ内タグ一覧

アムール川・船着き場

下流の方には船着き場が見える。緑色をした2階建てで、木造の館を模したものだが、船着き場としてはやや奇妙な姿だ。簡便な施設だが、対岸は外国なので一応税関や入国審査の部屋があるようだった。しかし小型ボートさえあれば簡単に中国に行けそうな雰囲気で、そこらへん国境のあり方というのはよく判らないものだ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #海・川・池 #船 ブログ内タグ一覧

アムール川

…ikipedia > アムール川 公園を抜けて川に出て水際へ行く。前に来たときと違って天気が良いので、川も穏やかに見える。西日の中に対岸が見えていた。この時は対岸は中国かと思ったのだが、後で調べたところ、中国はもっと上流のほうだった。 川沿いの砂地になぜかベンチがぽつんとおかれていて、そこで二人の女の子が話し込んでいた。夏には海水浴客で賑わったりもするらしいが、晩秋の川は人影も少なく静かだ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #海・川・池 ブログ内タグ一覧

文化と憩いの公園の階段

アムール川へ向かって、文化と憩いの公園の中の長い階段を下りて行く。木立の中のコンクリートの段々が晩秋の日差しを反射して美しい。 アムール川の河畔を散歩した後、街へ向かってまた階段を上る。この階段は手摺が立派だった。老人のためなのか、途中の踊り場には手摺に沿ってベンチがしつらえてあった。その場では珍妙に思えたが、後から考えると日本にもこういう階段がもっとあってもいいのにと思う。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #公園 #階段・坂 海外 ブログ内タグ一覧

コムソモール広場1

通りを戻ってコムソモール広場へ行く。広場に面した3F建ての建物はイギリスのカレッジかアパートメントのような雰囲気だ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #街並み 海外 #広場 ブログ内タグ一覧

時計店

とりあえず川と反対の北の方へ行き、途中の時計店に入ってみる。いわゆるロシアで一般的な時計店のようで、このへんはロシアのどこの都市の店でも同じで、売り方や品揃えの雰囲気に大きな差はない。ノーファインダーで店内の写真を撮ってしまう。何気なく堂々としかも素早く撮ってしまえば一瞬で撮影は終わってしまい、たいして気にも留められないようだった。旅行も終盤になって漸くこのようなこつを掴むことができたのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #商業地 ブログ内タグ一覧

ハバロフスク市内散歩1

…が逆光の中で白く光り輝く。白ロシア系の人が多いので金髪や栗毛の人が多く、その髪は太陽の光を白く反射する。これは日本人の髪の毛ではなかなか見られない景色だ。 カールマルクス大通り Google Map 今日は暖かく、金曜日の午後で大通りは人通りも多かった。前回、車中から見たときは日曜の夕方で人影がほとんどなく、街が信じられないほど寂しかったが、さすがに今日は目抜き通りらしい風情だった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #街並み 海外 #道 ブログ内タグ一覧

市街への道

…に人数が増えて僕等はモスクワ土産の話をして盛り上がる。ウラジオに残っていたY君とH君は、僕等が去った後また寮の女子大生と会ったそうだ。僕等は彼女たちが寮から閉め出しを食ったのが気になっていたが、結局彼女たちはその晩は友達の家などに泊まったのだそうだ。彼女たちから託された誕生日プレゼントの花とカードをY君がK氏に手渡すと、旅行中に誕生日を迎えていた彼は、思わぬプレゼントに満面の笑みをたたえたのだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #道 ブログ内タグ一覧

ハバロフスク到着

…たが、よくよく見るといろいろ発見がある。建物の玄関部分がギリシャ神殿風なのだが、柱頭がドリス式だったりイオニア式だったり、はたまたコリント式だったりで統一感がない。 空港建物にあまり期待しても仕方ないのかもしれないが、ホールの柱頭はコリントもどきで、しかもその上に星印がついている。表側の柱頭もホールとは異なるコリントもどきで、松ぼっくり状でもある。ソビエト式擬洋風建築と言うのが適当かも知れない。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #飛行機 ブログ内タグ一覧

シベリア鉄道・深夜の途中駅

…だかとても嬉しくなる。カメラを構えて列車と駅を撮ったが、暗いので露出が長くなり、手ブレ寸前だった。よく見ると列車の前部からは蒸気のようなものが出ている。架線がないようなのでディーゼル車なのだろう。ハバロフスク近辺は電化されているが、途中の田舎区間は電化されていないらしい。 寒いのと、いつ発車するかわからないので早々に車内に戻る。その後、心地よい疲労感に襲われて、私もようやく寝ついた。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #鉄道 #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧

シベリア鉄道でウラジオストクへ

…ちは結構パクパク食べてしまった。 この後、先生も含めてロシアントイレ談議に花が咲いた。曰く、なぜ便座が無いのか? なぜ水が溜る所が手前側なのか? それではどちら向きに座るのが正しいのであるか? 寒い所ではトイレはどうなってしまうのか? ブツや液体は凍ってしまうのか? いやはや大の大人が寄ってたかってする話ではないような気もしたがまあ良い。トイレひとつとってもカルチャーショックなのだ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #鉄道 #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧

給水塔

バスに乗って鉄道駅へ向かううちに日没になる。駅のそばで見かけた給水塔は、ぽつんと建っている姿が妙に印象的だった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #インフラ #塔 ブログ内タグ一覧

信号機

…前の角地は公園だった。後にウラジオストクを調べる内にわかったのだが、ソビエトの都市では社会主義の成立後、プロパガンダ目的の公園を街中の角地に結構造っている。ここもその一つで、ソ連特有の赤い色のついた看板や指導者の絵、モニュメントが整然と並んでいる。しかし夕暮れ時で公園はひっそりとしていた。 バスで駅へ向かう。ハバロフスクの幹線道路沿いの信号機は、3m程度の縦形のものが道路傍に立っているタイプだった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #道 ブログ内タグ一覧

戦闘機のモニュメント

ハバロフスクからウラジオストクまでは夜行のシベリア鉄道で行く。列車の出発が19時過ぎなので、市場を見た後、ホテルに戻ってしばらく休憩。その後、街中で夕食を食べて駅へ向かうことになる。 昨夜は見えなかったが、沿道には記念碑などもあった。社会主義を賛美するものか、軍の記念碑なのか、旧ソビエトの戦闘機が飛び立つような姿で展示されている。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #モニュメント ブログ内タグ一覧

サイドカー

サイドカー ところで、こちらではサイドカーをしばしば見かける。とはいってもあまり高級なやつじゃないけど。考えてみれば二人が乗れて経済的なんだから、結構合理的で良いのかもしれない。でもごっついスタイルで重そうで、あまりスピードは出そうにない。あくまで実用的な代物である。しかしそれが社会主義的で愛嬌があるように思えたりもする。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #自動車 ブログ内タグ一覧

アムール並木道内の市電

…では目抜き通りのカールマルクス大通りには市電はなく、逆にお店がない緑地帯の中を市電が走る。 市電停留所付近 並木道は広々としていて、人もまばらなのだが、市電の停留所には人がエラクたくさんいて電車も満員。電車がやってくると、わらわらと人が集まってくる。大通りにはあまり人がいなかったのに、並木道の中の停留所には沢山の人々。人の集まり方が何だかとても偏っていて、そこらへんもまだよく理解できない。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #鉄道 #公園 ブログ内タグ一覧

アムール並木道

市場を出て北側へちょっと行くと、大きな並木のある公園緑地状の広い道に出る。 アムール並木道 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #公園 ブログ内タグ一覧

サーカスのテント

サーカスのテント 市場の入口正面にはサーカスの小さなテントがあった。サーカステントなんてしばらくぶりに見たような気がした。なんか遠い昔に置いてきてしまったような感覚を覚えて、それについてはあまり深く考えて浸ってしまいたくないような気分になってしまった。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #遊興施設 ブログ内タグ一覧

自由市場

…ックが並んでいて、みな後部を開けてそこに秤を置き、野菜その他いろんなものを売り買いしている。売り手が荷台に載って、下を見下ろすようにして売っているのが妙なのだが、まあそれは良い。人々はおとなしく列をなして並び、順番に買っていくのだが、売り切れてしまったらハイそれまでヨで、彼らはパタパタと片づけてしまう。しかしさっきの表通りと極端なまでに対照的に活気のある市場だったのが印象的である。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #マーケット #自動車 ブログ内タグ一覧

カールマルクス大通り

…況だったので、却ってややこしくなってしまい、結構面倒だった。大通りの建物は皆それなりに立派で意匠が凝らされていたが、やはりロシアの中では地方都市であるため、その規模は大きくなく、日本の大都市を見慣れた僕らにはちょっと物足りなく思えてしまう。また商業地区がその目抜き通り一本しかなく、ちょっと横へそれたり、裏へ回ると、あっという間に普通のアパート群になってしまうのも少々寂しい。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #街並み 海外 #道 #商業地 ブログ内タグ一覧

ホテルとレーニン像

ホテルとレーニン像 Google Map ホテルの前の広場には、広場とカールマルクス大通りの方を向いてレーニン像が建っていた。ちょうどこの頃、ロシア崩壊と共にロシア各地でレーニン像が打ち壊されたというニュースが日本にも伝わってきていた。ハバロフスクのレーニン像は未だ健在だったが、これとていつ無くなるかわからない。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#街並み 海外 #ハバロフスク #広場 #モニュメント #ホテル・旅館 ブログ内タグ一覧

レーニン広場と医科大学

…写真はできるだけしっかり撮ろうとしていたので、それなりには撮れていたけど。 ハバロフスク:医科大学 Google Map レーニン広場の周囲には先にも書いたように、ハバロフスク州共産党中央委員会の建物、医科大学、病院、ホテルなどがあり、いかにも都市の中心、センターという感じである。しかし儀式的な広場で、市場などとして用いてはいけないからか、活き活きとした活動には満ちておらず閑散としている。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #大学 ブログ内タグ一覧

ハバロフスク市共産党本部

…イイと思ってしまう時がある。結局権力者によるプロパガンダ的デザインが、時には突出して、偉大で美的に見えてしまう時があるのだろう。もし僕がそのような立場にいたらやっぱりこういうことになるだろうナァ、と思わせる何かがあるような気がしてならない。 再びバスに乗ってレーニン広場に向かう。乗車の際にも少年が数人バスに寄ってきて物を売っており、ここでもI氏はバッジを購入。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #モニュメント #官公庁 #オフィス ブログ内タグ一覧

栄光広場のモニュメント

栄光広場のモニュメント Google Map 引き続き栄光広場へ歩いて行く。記念碑のような塔が「共産主義!」という感じでカッコイイ。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ハバロフスク #広場 #モニュメントブログ内タグ一覧