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…えてみたら、静岡鉄道が貨物営業をしていたのは開業当初の頃だけだったようだし、静鉄は国鉄に繋がっていないので、貨物の搬入や搬出にはあまり向いていなかったわけで、これは単に敷地ぎりぎりにまで工場を建てたということだったのかもしれない。 二連の切妻屋根で倉庫のようにも見えるが、ここも紡績機が置かれた作業場だったのだろうか。建設年代や用途の詳細は知らず。 日東紡績静岡工場 - 都市徘徊blog 2静岡の建築・土木構築物#失われた建物 静岡県 #工場 #倉庫・蔵 #鉄道ブログ内タグ一覧
…北東側から Photo 2012.4.15 東側の路地から北側に回り込むと、2階に上る鉄製の外階段があった。ポストのようすからすると2階には3軒の家があったらしい。 東側 Photo 2007.10.21 窓には目隠し?が下部に付けられていた。 Photo 2016.11.1 北側に続く道は折れ曲がった路地。 則武荘/東向島1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 墨田区 #工場 #集合住宅 ブログ内タグ一覧
…分も煉瓦造だったのかどうかは知らず。 この建物も戦後は愛歯技工士養成所(後の愛歯技工専門学校)の施設として利用されていたが、同校の閉校後、昨年解体された。 板橋区公式ホームページ > 史跡陸軍板橋火薬製造所跡保存活用計画・整備基本計画 > h2.pdf p.138 板橋区のお散歩2023(その8)愛世会愛歯技工専門=跡地 - Anthology -記憶の記録- Tokyo Lost Architecture #失われた建物 板橋区 #工場 #倉庫・蔵 #学校 ブログ内タグ一覧
…理化学研究所板橋分室のエリアは史跡公園として整備される予定になっている。ただ、愛歯技工専門学校の跡地はそのエリアにはならず、建物も調査はされたが消失することとなった。 板橋区公式ホームページ > 史跡陸軍板橋火薬製造所跡保存活用計画・整備基本計画 > h2.pdf 板橋区のお散歩2023(その8)愛世会愛歯技工専門=跡地 - Anthology -記憶の記録- Tokyo Lost Architecture #失われた建物 板橋区 #工場 #倉庫・蔵 #学校 ブログ内タグ一覧
…いるが、その北隣にも木造で古い工場建物が残っていた。訪問時はとこなめトイレパークの方を見に行ってしまったので、工場の方は一部しか写っていないが、後から調べてみたところ、この建物も常滑東工場の一部だったようだ。 こちらの建物は私が訪れた1、2年後に解体され、現在同所は「世界のタイル博物館」(1997年開館)になっている。 INAXライブミュージアムINAXライブミュージアム - Wikipedia日本国内の建物や街並み#失われた建物 愛知県 #工場 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧
…001〜21年頃までは岩滑高山町(やなべたかやまちょう)にも工場があったが、2021年にこの第二工場の場所に全事業を集約したという。 キッコウトミはWebsiteでも味噌・醤油を販売している。また前項で採り上げた「萬三」の味噌・醤油も造っているようだ。 キッコウトミ株式会社 | 伝統の味、美味しいお醤油とお味噌を醸造してます。醸造メーカー紹介,キッコウトミ株式会社 | うまいの根っこ、知多の醸造日本国内の建物や街並み#失われた建物 愛知県 #工場 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧
…、萬三自体は醸造業をやめてしまっているが、萬三の赤だし味噌や醤油は、現在、同市内にあるキッコウトミ(株)が萬三の商標と味を引き継いで製造・販売しているようだ。 今も残る【萬三商店】蔵 | 半田市観光協会ブログ知多半島の醸造施設について - 愛知建築士会半田支部萬三(キッコウトミ) 赤だし味噌 10KG - 株式会社 マルイ榊原商店萬三 上級しょうゆ 1.8L 瓶入り - 株式会社 マルイ榊原商店日本国内の建物や街並み#失われた建物 愛知県 #工場 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧
…様、一連の建物群は本社地区の再整備プロジェクト計画に伴い建て替えられた。第三工場跡に新築されたのは中間実験棟という施設だそうで、太陽温熱水パネルなども備えた現代的な建物。かつての建物は西に開いたコの字型平面をしていたが、現在は南側の一辺のないL字型建物となっている。だが、十ヶ川沿いや引き込みの堀割沿い側の外観はかつてのものと似たデザインにされている。 ミツカングループ 本社地区再整備プロジェクト日本国内の建物や街並み#失われた建物 愛知県 #工場 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧
…で建て替えられた。また左端の車庫状の妻入り建物はなくなっている。 旧本店の街区内西側に残っていた蔵 この蔵は2013年9月時点ではまだ存続していたが、2015年4月時点では新築工事中となっていた。現在はこの部分も新しいミュージアムの一部になっており、こちらの路地沿いの様子はかなり変化している。 MIM MIZKAN MUSEUM(ミツカンミュージアム)ミツカングループ 本社地区再整備プロジェクト日本国内の建物や街並み#失われた建物 愛知県 #工場 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧
…おらず、なんの会社なのかなかなか正確に分からなかったのだろう。 長い間、半田市内の街道筋の街並みの中で存在感を放ち、ランドマーク的な存在だったであろう建物群であり、解体されて普通の住宅地になってしまったのはやはり残念。 参考文献『ふるさとの想い出 写真集 明治 大正 昭和 127 半田』立松宏 編著、国書刊行会、1980國盛・酒の文化館(中埜酒造)歴史背景|中埜酒造株式会社|蔵元紀行|地酒蔵元会日本国内の建物や街並み#失われた建物 愛知県 #工場 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧
…車スペースになっていたことも分かる。 基本的には和風の建物だが2階の窓が縦長の上げ下げ窓だったりして、少し新しめの雰囲気を漂わせている建物だった。 2008年発行の住宅地図で既に記載がない。またネットで検索してもこの会社は見つからないので、恐らく2005〜2008年頃の間に廃業するなどして建物も取り壊されたものと思われる。 弘前の和風建築・川口染工場弘前の和風建築・川口染工場 | スチャラカでスーダラな日々日本国内の建物や街並み#失われた建物 青森県 #工場 ブログ内タグ一覧
…してあるのが印象的だった。1階は切妻屋根前面に半円形の壁を立ち上げた看板建築的なファサード。後方はモルタル塗り外壁の入母屋屋根2階建て。入口の引き戸や2階の窓には木製の窓枠が残っていた。 創業100年にもなる会社で、最近まで活動していたそうだが、2021年に営業終了して解体されたという。台東区、墨田区界隈には革製品関連の会社や工場が多いが、それも次第に変わって行くのかもしれない。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 墨田区 #工場 ブログ内タグ一覧
…)年3月に完成した。会社のサイトで見たところ、新本社ビルも交差点側が凹んだ形になっている。 共同印刷 本館 この建物も本社の建て替えに際して左側の一部を残して解体され、その跡は本社ビルの一部になっている。 TOMOWELの共同印刷、本社新社屋が竣工-ニュースリリース|TOMOWEL 共同印刷株式会社 共同印刷本社、本館/小石川4丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #近代建築 #工場 #オフィス タグ一覧
…ていた。しかし全体としては装飾はなく、軒庇が出て窓台も少し出ているだけの、モダニズムデザインの工場建築だった。 東海道新幹線の車窓から古そうな工場建築がちらっと見えて気になっていたので、歩いて近くまで行ったこともある。だが、目黒川越しに見ると桜並木があり、歩道橋から見ても全景はあまり見えなかった。結局、新幹線から撮ったこの写真が、最もよく全景が納まったものだった。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 品川区 #工場 #研究所 #モダニズム タグ一覧
…いのこぎり屋根の建物だった。 手持ちの写真は夕暮れ時に撮ったこの一枚のみ。昼間の写真を撮ろうと思っているうちに残念ながら解体され、跡地には6階建てマンションが2017年に完成した。 なお、旭プロセス製版は、現在も文京区千駄木3丁目で営業している。 旭プロセス製版/谷中3丁目 - ぼくの近代建築コレクション 谷中[町並み] 三角お屋根の旭プロセス - おたまおばさんの谷中・根津・千駄木散歩 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #工場 タグ一覧
…ている。工場建築なので装飾はほとんどないが、長い壁面に丸柱が並ぶ姿だったようだ。 同社のWebsiteを見たところ、耐震性の調査を2002年から始め、耐震補強などのため2007年までに古い建物の除却や建て替えを行ったようだ。従って、この写真の数年後に工場建物は現在のものに建て替えられたらしい。 会社沿革 | TOMOEGAWA巴川製紙所 - WikipediaSite Y.M. 建築・都市徘徊 > 静岡の建築#失われた建物 静岡県 #工場 #海・川・池 #橋 ブログ内タグ一覧
…のはほぼ不審者。よく通報されなかったものだ。近年は部外者の立入は不可の模様。 右側の火力発電所は今はもう無く、ライトアップされた煙突も既に無い。 この頃、既に都市景観愛好者には工場の夜景は話題に上っていたが、まだ大手を振って好きだとか格好いいとは言いにくい状況だったような記憶がある。工場萌えって言葉もまだ流布してなかったはず。 やはり大山顕さんの登場で変わったのか、時代がそのように変化したのか・・・。 静岡の街並み#街並み 静岡県 #夕景・夜景 #塔 #工場 ブログ内タグ一覧
…数:RC・3F 備考 :2003(平成15)解体 Photo 2000.6.3 真白なコンクリート建築。横連窓と水平なライン、丸いコーナー部などは、モダニズム建築の典型的意匠。JRの線路に隣接した場所に建っていて、その壁面からは架線に電力を供給する電線が道路上空にたくさん張られていた。 廃景録 > JR東日本 神田変電所 ぼくの近代建築コレクション > 神田変電所 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #工場 #近代建築 2012.2.25
フジクラ(藤倉電線) 所在地:江東区木場1 解体年:1995〜96(平成7〜8) Photo 1995.7.15 近代建築というわけではないのだが、昭和30年代ぐらいのいかにもな工場だったので撮ったもの。 久々に通りかかったら、工場はなくなりイトーヨーカドーになっていた。東京に限らず、大規模な工場跡地は大型ショッピングセンターになることが多い。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 江東区 #工場 ブログ内タグ一覧
…屋根の工場には外光を取り入れる半円型の窓が並んでおり、その姿も印象的だった。 2016年には北東側に新本社ビルが完成し事務所も移転した。事務棟も解体され、現在、跡地は大きなホームセンター(2017年6月オープン)になっている。 東京書籍 - Wikipedia DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築 - Wikipedia Tokyo Lost Architecture #失われた建物 北区 #近代建築 #工場 #docomomo japan
…8〜09年に解体されたようだ。 ところで、現在のヤマシタ第二工場の場所は、現在の国宝社の本社の所在地でもあり、Google Mapでも「(株)國寶社ビル」と記されている。両者のサイトには相互の関係は書かれていないようだが、印刷と製本という同種の事業でもあるので、昔から相互にかなり関係のある会社だったのではないかと思われる。 国宝社小石川工場/小石川3丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #オフィス #工場
…い。 六角坂という坂道に沿った建物で、通り沿いの間口が長い工場だった。一段高い場所に引き戸の扉があるが、これはトラックを横付けして、荷物を載せたり下ろすのに便利なようにしていたのだろう。 この建物はこの後、2000年頃までに解体されたようで、2001年版の住宅地図で既に駐車場になっている。跡地には「ブルーガーデン小石川」というマンションが2003年1月に完成している。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #オフィス #工場 ブログ内タグ一覧
…テゴテ付いておらず、縦長の上げ下げ窓が並ぶ姿は、モダンですっきりした印象。 2019.2.18追記 1995〜2000の住宅地図では日東紡の名は既に無いが、旧工場の建物の外形がまだ描かれており、建物はこの頃までは存続(廃屋として放置)されていたようだ。バンダイホビーセンターや県立静岡工業高校は2006年以降に完成したり開校しているので、旧工場の建物群は2000年代初めまではそのまま存続していたらしい。 静岡の近代建築#失われた建物 静岡県 #近代建築 #工場 ブログ内タグ一覧
…ちこち走り回っている。 共同印刷 所在地:小石川4-14 Google Map Photo 2011.9.27 播磨坂下にある共同印刷は1898年(明治31)に銀座から小石川に本社を移したそうで、以来100年以上ここに本社、工場がある。写真奥へ向かう道は小石川(千川)が流れていた場所で、ここも千川通り。だが、千川通りというと江古田や練馬の方の千川通りの方が一般的で、こちらはむしろ共同印刷通りと呼ばれている。 共同印刷株式会社 > 会社案内 > 沿革 #古い建物 文京区 #工場
…いなかった。中国はGoogle Mapでは航空写真と地図がずれてしまうし、Googleのストリートビューが存在しないこともあって、工場がどのあたりにあるのかはずっと分からなかった。 しかし最近(2026年)になって百度地図で検索したところ、南湖公園の西、数kmの場所にあることがようやく分かった。百度版のストリートビューには工場の門の両側にある印象的な塔も写っている。 百度地図 中国第一汽車集団 - Wikipedia海外の建物と街並み#長春 #工場 #自動車 ブログ内タグ一覧
…たら1980年に建てられたそうだ。 英語では、Central Tourist House Hotel(CTH)とのこと。 ホテルのパンフレット 11:15 ロビーに集合して朝食をホテルのレストランでとる。モスクワ時間では朝食だが、睡眠サイクルから考えると夕食である。このあと更に昼食、夕食ととって、長い一日の間に5回も食事をすることになる。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#モスクワ #街並み 海外 #高層ビル #住宅地 #道 #飛行機 #自動車 #工場 ブログ内タグ一覧
…う。しかし途中で舗装は途切れ、しまいには道自体もなくなってしまった。集合時間が近づいてきたのでウラジオストクホテルに戻る。 帰路、途中で偶然S氏に出くわす。S氏も調査中に別のおじさんに招き入れられたとかで、そこでVodkaを呑むはめになり、更に彼の背中に彫ってある、レーニンとスターリンの刺青を見せられてしまったということだ。歓迎の仕方が不思議というか、手荒いというか・・・。 1992年10月 ロシア日記・記事一覧#ウラジオストク #道 #高層ビル #工場 #塔ブログ内タグ一覧
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