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江川町交差点の木造店舗

…という店があったそうだ。1956(昭和31)年に海野幸正氏によって撮影された写真(『写真集静岡今昔100景』p.57)にもこのビルは写っているが、電気店は写真の時には既に閉鎖されていたのではないかと思われる。 この写真の3年ほど後にこれらは解体され、現在、同所はコンビニ、飲食店、歯科が入居する3階建てのビルになっている。 『写真集静岡今昔100景』海野幸正監修、羽衣出版 編集・発行、2001静岡の建築・土木構築物#失われた建物 静岡県 #木造店舗 #雑居ビル ブログ内タグ一覧

日暮里菓子玩具問屋街(駄菓子屋横丁)

…街/荒川区公式サイト1.時の流れに身をまかせ ―姿を消した日暮里問屋街― | 「東京人」観察学会 | 写真と映像で語る:「東京」の社会学 | 後藤範章 研究室(日本大学文理学部社会学科)お宝写真・平成16年8月7日@日暮里駄菓子問屋街 | やなさんのブログ【東京・荒川区】日暮里駄菓子問屋街 タイムスリップ2004 - 【公式】香ばしい町並みブログ ~昭和レトロな町並み~Tokyo Lost Architecture#失われた建物 荒川区 #商店街 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

サイタ質店

…ている。 写真の頃までは営業していて入口に暖簾が掛かっていた。 質蔵は赤いトタン張り。いま思えば赤い蔵は珍しかったかもしれない。 しばらくの後、廃業してさらに解体に至ったという。現在は3階建てマンションになっている。 サイタ質店、やま/根津2丁目 | 昭和回顧録 建築編【東京の井戸】文京区根津二丁目 サイタ質店 : 井戸人別館【東京翠影】サイタ質店の消滅 - 荒川三歩Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #木造店舗 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧

小野畳店(2軒長屋)

…10.9.29 不忍通りのひとつ東側の通り、シオン美容室、あさひや(2軒長屋)、バーバー銀巴里・カフェゆう、九ちゃん(3軒長屋)の並び、それらの少し南側にあった木造長屋店舗。 左側はずっと畳屋。右側は写真の時は既に仕舞屋になっていたが90年代ぐらいまではたばこ屋だったようで、その頃までは玄関先にたばこの自販機が並んでいた。 九ちゃん、他/根津2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #木造店舗 #長屋 ブログ内タグ一覧

升本酒店

…掲げられているのが印象的だった。 Photo 2015.2.20 一枚目写真の後、2015年に見た時は屋根が瓦からスレートに葺き替えられて、壁面もきれいになっていた。 この少し後に建て替えられて、現在は4階建ての升本レジデンスとなっている。新しいビルでも酒店は営業を続けていて、写真の看板の一部は軒先に掲げられている。 納戸町 升本酒店:トップページTokyo Lost Architecture#失われた建物 新宿区 #看板建築 #モルタル看板建築 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

斉藤庄蔵商店、坂井材木店

…だとするとここには創業が江戸時代にさかのぼるような店もあったのかもしれない。 ただ、川沿いのこの場所は、戦時中、建物疎開地に指定されていたそうなので、木造のこれらの倉庫は戦後に改めて建てられたものだっただろう。 写真の店が5年前になくなり、界隈にこのような材木店はなくなった。現在、跡地はマンションやオフィスビルになっている。 【芝①058】芝新門前町 | 江戸町巡りTokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #街並み 港区 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

高浜橋北詰東側の家

…うと思われる。 新しい橋ができて仮設の橋は解体されたが、Google Street Viewで確認したところ、2024年時点では単なる空き地になっている。 写真奥の道路沿いは数軒のお店やアパートだったようだ。90年代の住宅地図には「スナックブリッジ」という店も載っていた。 参考『昭和二十年東京地図』文・西井一夫、写真・平嶋彰彦、筑摩書房、1986Tokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #街並み 港区 #木造店舗 #橋 #海・川・池 ブログ内タグ一覧

高浜橋北詰西側の家と店

…面に杭を打ってその上に建てられていた家屋もあった。こちらの方は不法占拠状態だったのではないかと思われる。戦前の地図には運河内の建物は記載されていないようなので、戦後の混乱期に建てられたものではないだろうか。2000年代の東京ではかなり珍しい景色になっていた。 参考『昭和二十年東京地図』文・西井一夫、写真・平嶋彰彦、筑摩書房、1986Tokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #街並み 港区 #木造店舗 #橋 #海・川・池 #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧

旧馬場薬局、中村畳店

…られた角も含んだ三方に日除けが出されて店が開かれていたことが判るが、私が撮った90年代には既に仕舞屋になっていた。現在は西隣の敷地と合わせて4階建てのビルになっている。 一方、馬場薬局の右側(北隣)は出桁造りの中村畳店。こちらは2000年代まで営業していたが、2010年頃に解体されて3階建てのビルになっている。 馬場薬局、中村畳店/銀座1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #木造店舗 #出桁造り ブログ内タグ一覧

古川好美堂

…売ったりする商売なのだそうだ 下記、「昭和回顧録 建築編」によれば、蔵のほうは戦前のもの、店のほうは戦後のものだったという。店は何年か前に辞めてしまっていたが、建物は2年ほど前まで残されていた。その後、表通りに面した4階建てのビルなどと共に解体され、2024から11階建のオフィスビルの建設が行われている。 古川好美堂、松寿し/日本橋人形町3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #木造店舗 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧

メチャ安のサイトー

…トで検索したところ、2016.7.18に閉店したそうで、同年10月時点のGoogleストリートビューで既に更地になっていた。静岡市民にお馴染みだったお店も無くなってから早くも9年が経っていた。 [静岡県 静岡市] メチャ安のサイトー 2016年7月18日(月)をもって閉店 | 閉店です メチャ安サイトーの閉店 - なんかそれっぽいムードでよろしく/杉村徹静岡の建築・土木構築物 Index 静岡の街並み Index#失われた建物 静岡県 #看板建築 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

川野商店、古山邸

…張り寄棟屋根の住宅。お医者さんかなにかのようにも見えるが、1960年代の住宅地図を見ても個人宅だったこと以上のことは判らなかった。 20年ほど前に解体され、二軒を合わせた跡地は15階建てのマンション(2007年竣工)になっている。 栄泉湯、理容キヨノ/根岸5丁目 - ぼくの近代建築コレクション ↑「洋風の民家」として古山邸が写っている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #洋館・洋風住宅 #木造店舗 #出桁造り #旧街道 ブログ内タグ一覧

福隆美術工芸

…気がしてしまったりもする。ただもちろんそれは見る側の勝手な期待。廃屋のようだと入りづらくなってしまうし、古い建物で店を続けるのには問題も多い。貴重な商品を扱うお店が老朽化した建物から移転するのはやはり自然な成り行きなのだろう。昔の姿はひとまず写真で残しておくことにするのが良いのかもしれない。 福隆美術工芸 公式ホームページ 参考『銀ぶら百年』泉麻人 著、文藝春秋 刊、2022 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

路地の呑み屋街・城東閣

…けるのがためらわれる感じで、昼間でもやや怪しい雰囲気の場所だった。 同サイトによれば、写真の建物は全て取り壊され、2018(令和元)年に新しい城東閣が完成したという。現在も通り抜け小路の形態で、平屋の店舗が両側に建ち並び、途中にはイベントスペースがある形になっているようだ。Googleストリートビューでは、路地の両端に「城東閣」の文字を掲げたゲートが見える。 城東閣日本国内の建物や街並み#失われた建物 青森県 #街並み 青森県 #呑み屋街 #木造店舗 #路地 ブログ内タグ一覧

小泉邸

…解体年代:2000〜03(平成12〜15)Photo 1995.2.23 野村邸の近くにあった2階建て出桁町家。1階の半分は車庫や倉庫になってしまっていたし、一部はトタン張りになっていたが、奥行きがあって大きく立派な家屋だった。前面の板塀や門も昔懐かしいつくり。 戦前、1936(昭和11)年の火災保険特殊地図では「小泉精米所」とされており、かつては米店だったようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #木造店舗 #出桁造り ブログ内タグ一覧

旧 渡部商店

…(Morgan? MG TF)が駐められていて、ちょっとギャップのある景色だったのが印象的だった。 Photo 2005.11.3 私自身は店舗としての姿は見たことがない。初めて通り掛かった時には既に仕舞屋になっていた。住宅地図で確認したところ、1950年代には「あたりや」、1960年代には「渡部商店」という店だった。ただしそれらが何を売っていた店だったかは不明。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中野区 #木造店舗 #出桁造り ブログ内タグ一覧

吉田たばこ店

…は当時もほとんどなかったが、2000年代になるとモルタル看板建築も次第に減り、近年は4〜6階建て程度の商業ビルやマンションが増えている。 建物は2008〜09年頃に取り壊されて3階建てのビルになったが、たばこ屋はその後も2018年頃まで営業していた。左隣の看板建築は、店は替わったが現在も存続している。また、商店街の北側の裏通りにはやや古い木造家屋がまだ建ち並んでいたりもする。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 渋谷区 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

とらや(高輪虎屋)

… Googleストリートビューで見ると、2009年時点では営業していたが、2013年以降の画像ではシャッターが閉まっており、その頃から長期に渡って休業していたようだ。 Photo 2006.11.5 高輪・二本榎通りにある印象的な建物だったが、残念ながら2022年に解体された。ノスタルジ野 > とらや【とらや】〜港区のレトロな和建築 - 港区高輪にある虎屋、取り壊し。│高輪ライフTokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

テーラーエマ・ENZO

…テーラーエマの名とともに「エンツォアクセサリーコレクション江間」も記されている。壁面のENZOはこの店の名から記されているもの。実はこの住宅地図で初めて、エマが名前ではなく、江間という苗字だったということを知った。 八重洲界隈も最近は大型の再開発が次々に行われている。この一角の再開発はまだ本格化していないが、この建物は15年ほど前に解体され、以降はコインパーキングになっている。Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

中央薬局

…川練炭・今村商店)は建物が現存するが、中央薬局は2012年に解体されて、以降はコインパーキングになっている。 中央区の湊界隈は第二次大戦の空襲ではあまり焼失していないため、震災後から戦前期の住宅併用建物が多くあったが、老朽化が進んで再開発が企画されることも増え、最近は高層や超高層のマンションも増えている。中央薬局、他/湊1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #木造店舗 #ギャンブレル屋根 ブログ内タグ一覧

協友社

…になっている。 また、下記「ぼくの近代建築コレクション」には、「区役所の出張所が置かれていたこともあるらしい。」とあって、確かに、1950年発行の火災保険特殊地図には「中央区役所第二出張所」と記されている。なお、戦前版では小規模の建物の場合、名称が記されなかったりするため詳細は不明。 籠平、他/湊1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #オフィス #木造店舗 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

多和田歯科

…少し後の1997年頃には歯科もやめたようで、この頃以降は、歯科の看板は掲げられていたが、住宅地図では個人宅として記載されていた。 既往記事:人形町 - 都市徘徊blog(2014.7.27)多和田歯科/日本橋人形町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション三倉屋米店、京樽/日本橋人形町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション花街の紹介(芳町) | 東京花柳界情報舎Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #医院 #木造店舗 #遊興施設 ブログ内タグ一覧

フレッシュフルーツ水作、理容サン

…棟とも解体。跡地は最近まで更地になっていたが、Googleストリートビュー画像によれば、昨年秋にはなんらかの建物の建設が始まっているようだ。 水作果実店左奥の銅板張り看板建築の福市だんごも同時期に解体された。界隈には数軒の古い商店建築が建ち並んでいたが、やはり徐々に減少している。 水作果物店/築地2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #銅板張り看板建築 #木造店舗 #ギャンブレル屋根 ブログ内タグ一覧

京橋 天七

…年創業の老舗だったそうだ。 昔は京橋界隈にもこのような店構えのお店がたくさんあったのだろう。だが最近は高層のオフィスビルばかりになったので、裏通りでこのような店を見かけるとちょっとびっくりしてしまう。 奥には浜勢という料理屋の看板も見えている。こちらもなくなり、跡地は大型のビルになっている。 京橋界隈は戦災で焼失したそうなので、創業は古いが建物は戦後のものだったのかもしれない。Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

尾張屋蕎麦店

…923(大正12)年に創業したというが、神田富山町あたりは戦災で焼失したそうなので、写真の建物は戦後のものだったのではないだろうか。角地の店舗ではあるが、和風の木造2階建てはある意味昔ながらの典型的な蕎麦屋さんの店構え。 この写真の後、2001年の住宅地図では3階建てと記されているので、1997〜2000年に建て替えられたのではないだろうか。蕎麦店は現在も同所で営業している。Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

上市園

…では2階の屋根も瓦葺きだが、2013年でそれでは2階がトタン葺きに換えられている。 その後は訪れていなかったが2019年6月に通り掛かったところ、ちょうど解体中だった。都心では銅板張り看板建築だけでなく、出桁造りの商家建物も次第にかなり少なくなっている。上市園/神田須田町1丁目 - ぼくの近代建築コレクションアクトデザイン凛太郎のブログ 松本家住宅主屋 + 上市園Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #木造店舗 #出桁造り ブログ内タグ一覧

神田多町通りの看板建築

…024.11.24 追記 下記『東京ふつうの喫茶店』によれば、喫茶店AIKOは「相子」という苗字の方が経営している店だったという。同書によれば、建物は関東大震災直後に建てられたもので、喫茶店は1954(昭和29)年に開店したという。 参考『東京ふつうの喫茶店』泉麻人 著、平凡社、2010年 支那、相子/神田須田町1丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #木造店舗 #看板建築 #夕景・夜景 ブログ内タグ一覧

江戸屋酒店

…店は次第に少なくなってきたが、探せばまだあるのかもしれない。 この江戸屋酒店も店内に立ち呑みのスペースとカウンターがあった。私自身は下戸なので縁がなかったが、酒好きには魅力的な場所だったのだろう。 最近はこのあたりを訪れていないのでその後の正確な様子は知らない。Googleストリートビューで見たところ、2016年頃までは営業していたようだ。現在、建物は残っているがシャッターが閉じられ営業していない模様。 日本国内の建物や街並み#古い建物 神奈川県 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

木崎商店

…トリートビューで建物を確認できたが、昨年秋に訪ねたところ、既に解体され更地になっていた。 老朽化や世代交代、その他さまざまな理由で解体せざるを得なくなるのは承知している。ただ、川越には蔵造りの商家だけではなく、こういうちょっと変わった店舗建築もあっただけに、そういうものがなくなるのはやはり惜しい。 参考資料『小江戸ものがたり−第四号 川越の洋風建築特集』編集・発行 川越むかし工房、2003.4日本国内の建物や街並み#失われた建物 埼玉県 #木造店舗 #大正期 ブログ内タグ一覧

上土手町商店街振興組合事務局 ほか

…図には見当たらず、いつ頃からの店かは不明。 通り沿いに掲出されていた整備イメージの看板 モルタル看板建築の場所は、現在はPizzaHutの店舗になっている。また商店街振興組合は、右隣の弘前緑屋信用販売があった場所にある。2つの建物は隣りあっていて、かつてのモルタル看板建築のデザインを想起させる装飾を付けたファサードにされている。 日本国内の建物や街並み#失われた建物 青森県 #失われた建物 青森県 #街並み 青森県 #看板建築 #モルタル看板建築 #木造店舗 ブログ内タグ一覧