1ヶ月ほどしたら1995年9月の位置に移動します。
9月7日(木)長春 曇のち晴れ
15:15〜15:25 旧満州中央銀行(現 人民銀行)

旧満州中央銀行(現 中国人民銀行長春中心支行)
所在地:吉林省 長春市朝陽区 人民大街2219号
構造 :RC
階数 :4+B3
建設年:1938
設計 :西村好時
備考 :全国重点文物保護単位
かつての満洲国に設置された中央銀行の本店建物。この建物も旧新京の中心的な場所である人民広場(旧 大同広場)の西北側にあり、旧満洲国の中枢を担う組織、施設、建物だった。長春市内に残る旧満州時代の近代建築のなかで、一つの建物としては最大規模のものではないだろうか。建物正面の幅は100m近く、奥行きも60m以上ある。

完成当時、「アジアで最も堅固な建築」とも称されたそうで、正面には巨大なドリス式の柱が10本並んでおり、重厚な新古典主義様式の巨大建築物となっている。建物正面にこれほど多くの柱が並ぶ近代建築は日本国内では記憶にないので、少々圧倒されてしまった。
中国の建物は日本のそれと比較するとかなり大きいことが多いが、旧満州のそれらも同様な面があり、国の大きさ、島国と大陸の違いといったものが感じられる。また、満洲国という新しい国(傀儡国家だけど)を建設する際の意気込みというのも感じられて、戦後の日本とか、現在の日本とはかなり異なる意識がそこにはあったのだろうなと感じざるを得ない。

銀行として利用されているので、内部の写真は躊躇われたが、当時は意外にセキュリティも緩く鷹揚で、手早く撮ったら特になんのお叱りも受けなかった。。上写真は3枚の縦構図の写真をPCでパノラマ化したもの。中央にはアーチ型をしたガラス張りの採光部があり、その周囲を列柱が取り囲んでいた。

館内に張られた横断幕は「工商銀行のネットワークは中国全土に通じていて、電子送金は1日で完了します」という意味だそうだ。今ではそういうのは当たり前だが、1995年当時はまだそれが大々的に告知されていたようだ。

窓口付近のようす
窓口はちょっとクラシカル。防犯目的もあって、仕切りがあって、やり取りする部分だけ開いている。この頃は欧米の銀行も仕切りがあり、お金だけ小さなトレーでやり取りする形だった。日本の開放的なカウンターは例外的だったのかもしれない。日本も昔(昭和30年代ぐらいまで?)は仕切りがあったようだが。もちろん今でも田舎の昔ながらの郵便局には仕切りを敢えて残しているところもあるかもしれない。

中央部は2階までの吹き抜けがかなり広く広がっているが、壁際の一部には2階が見えていた。一般とは異なる別室などがあるのだろうか。
現在は、中国の「全国重点文物保護単位」(国レベルの文化財、日本の国重要文化財に概ね相当)に指定されており、重要な歴史的ランドマークとして保護されている。そして現在も、中国人民銀行長春中心支行や各種の銀行支行などとして利用されており、歴史的価値を伝える展示スペースなども開設されている。
満洲中央銀行 - Wikipedia
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