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…6(昭和11)解体年:2024(令和6)Photo 2023.9.26 洋風家屋の方は、洋風の瓦葺き、半切妻屋根ベースで、かつ銅製?の樋がついた庇を四方に巡らせたあまり見ないタイプの屋根で、その姿が印象的だった。 塀があった頃は平屋の和館はほとんど見えず、2階建ての洋風家屋の方が気になっていたが、実は和館の方がかなり古く文化財関連の調査がされたこともあったそうだ。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 北区 #和風住宅 #洋館・洋風住宅ブログ内タグ一覧
…「酒井工務店」の表札があった。右扉が工務店で、左側は住宅への入口だったようだ。また、玄関庇上の壁にはモルタルで洋風の装飾が造られていた。 かつての住所は下谷区上根岸町17番地 Photo 2014.11.11 酒井工務店/根岸3丁目 | 昭和回顧録 建築編【×】酒井工務店 - 面影草紙Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #洋館・洋風住宅 #集合住宅 ブログ内タグ一覧 火保1953酒井アパート/全住1963・はいまっぷ99・住04酒井工務店/
…風切妻屋根、出窓、玄関まわりの装飾的な板など、ちらっと見ただけだったが気になる建物だった。 この場所は戦前から柴田邸だったようだが、いつ頃から内科医院をしていたのかは不明。写真の頃には既に閉院していたらしいが、同じ街区の西南角には歯科が営業していた。代替わりに伴って内科から歯科にシフトしていたのかもしれない。 数年前に解体され、跡地はマンションになっている模様。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #医院 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…kipedia鈴木忠治 - Wikipedia 木子幸三郎 - Wikipedia鈴木忠治邸(駐日ローマ法王庁): ★近代建築探訪★鈴木忠治邸(駐日ローマ法王庁)の様子: ★近代建築探訪★鈴木忠治邸洋館:東京都立図書館デジタルアーカイブ TOKYOアーカイブ駐日ローマ法王庁、東京本願寺(建築家・木子幸三郎作品探訪) : 関根要太郎研究室@はこだてTokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #官公庁 #洋館・洋風住宅 #木子幸三郎 ブログ内タグ一覧
…われるらしい。前庭がどうなるのかはこの時点では分からなかったし、屋根の雰囲気は変わってしまったが、とりあえず建物は存続するらしい。界隈が高層マンションばかりになる中では、かつての街の雰囲気を伝えるものとしてこの建物は貴重。 衆議院事務総長公邸 | 千代田遺産「衆議院副議長公邸建築工事設計図」(衆議院事務局営繕課) / 古本、中古本、古書籍の通販は「日本の古本屋」Tokyo Lost Architecture #古い建物 千代田区 #洋館・洋風住宅 #オフィス ブログ内タグ一覧
…ではあるが、軒裏や窓まわり、パーゴラ?などがパステルカラーの緑色になっており、ちょっと可愛らしく魅力的な建物だ。機会があったら移築されたものを改めて見てみたい。 代々木御殿:久米民之助邸⇒紀州徳川家邸⇒戦後接収⇒岩佐多聞邸旧久米家住宅洋館 - Wikipedia旧久米家住宅洋館|沼田市公式ホームページ岩佐多聞邸が移築へ?: ★近代建築探訪★Tokyo Lost Architecture #失われた建物 渋谷区 #古い建物 群馬県 #洋館・洋風住宅 #移築保存 ブログ内タグ一覧
…駅からの急坂で、家は煉瓦や石を積んだ石垣の上に建てられていた。上部、軒下の壁だけモルタル塗りか漆喰壁になっていて、軒まわりに白い壁が帯状に巡らされているのが特徴になっていた。 代々木上原の文化住宅「旧中村邸」 - TOKI : LOG代々木上原の文化住宅—中村利一が写したまち・ひと・家族ー | 国立本店混沌の屋形風呂: 代々木上原で旧中村邸さよならイベントTokyo Lost Architecture #失われた建物 渋谷区 #和洋折衷住宅 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…から分譲地を買ってこの家を建てたそうだ。記事の時点での居住者は、隆一郎の孫の嶺男氏。 Photo 2021.3.25 学会誌の記事として採り上げられ、子孫の方も残して行きたいとは考えていたようだったが、2年前に残念ながら解体されてしまった(そのあたりの詳細な事情は未把握)。 参考『建築雑誌』2015年3月号「名建築を支える名オーナーたち-15」、日本建築学会成城建築散歩Tokyo Lost Architecture #失われた建物 世田谷区 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
… 2021.2.27 屋根はトタン葺き。多くの窓は縦長の引き違い窓。南側1階にはベランダもあった。階段そばのトタン張り部分は恐らく後年の増築。 Photo 2017.3.14 建物外観は豪華なものではなかったが、丘の上に聳える大型の住宅で、また傍らに大きなケヤキの木がある姿は、かなり存在感のある景色を創っていた。 有限会社しみず/山王2丁目 - ぼくの近代建築コレクションTokyo Lost Architecture #失われた建物 大田区 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
宮崎栄邸所在地:大田区 山王2-22-1構造・階数:木・2建設年:戦前解体年:2015〜16(平成27〜28)Photo 2011.2.15 山王2丁目、ジャーマン通りの南側、北向きに流れていた小さな川跡の谷沿いに建っていた洋風下見板張りの住宅。 かなり古い感じで、窓枠も木製。屋根もセメント瓦だったようで、庇はトタン葺き。妻壁上部の空気穴が縦長の三角形なのがアクセントになっていた。 1990年代までの住宅地図には宮崎邸として掲載されていたが、2000年代中頃には無記名になって…
山田邸所在地:大田区 山王1-38-11構造・階数:木・2建設年:1933(昭和8)解体年:2018〜20(平成30〜令和2)Photo 2011.2.15 山王1丁目、高台だが目立たない場所にあった大型の住宅。1、2階とも南側に連続した開口部を設けているのが印象的だった。全体としてはスパニッシュスタイル風の洋館で、2階東側の三連アーチ窓がアクセントになっていた。 全体はスペイン瓦葺きだったが、部分的には日本瓦(桟瓦)葺き。また東側の出窓部分は銅板葺きだったようだ。 Toky…
…張り寄棟屋根の住宅。お医者さんかなにかのようにも見えるが、1960年代の住宅地図を見ても個人宅だったこと以上のことは判らなかった。 20年ほど前に解体され、二軒を合わせた跡地は15階建てのマンション(2007年竣工)になっている。 栄泉湯、理容キヨノ/根岸5丁目 - ぼくの近代建築コレクション ↑「洋風の民家」として古山邸が写っている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #洋館・洋風住宅 #木造店舗 #出桁造り #旧街道 ブログ内タグ一覧
…建築になっている建物だったが、昨年6月に焼失してしまい失われてしまった。2024年4月のGoogleストリートビューでは更地になっている。 参考『小江戸ものがたり -第四号 川越の洋風建築特集』川越むかし工房 編集・発行、2003.4 思いつくまま 埼玉県川越 小江戸ものがたり 2003年春夏 第4号景観重要建築が全焼…住人2人は無事 大正末期建築、川越の「板倉家」|埼玉新聞日本国内の建物や街並み日本国内の建物や街並み#失われた建物 埼玉県 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…このような独特で東京中心部では珍しい街並みだったようだ。この家がなくなったので、現在も残っている真砂町住宅の建物はおそらく一軒だけである。 東京市営真砂町住宅(2)/文京区本郷4丁目 - ぼくの近代建築コレクション 旧東京市営真砂町住宅(東京都文京区): 日常旅行日記 旧町名 本郷區眞砂町 - 歩・探・見・感 旧東京市営真砂町住宅 : レトロな建物を訪ねて Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…3.29 窓や扉は昔ながらの木製。古い住宅でもアルミサッシになっていない建物は珍しい。 昨年末に通り掛かったところ、既に無くなっており、跡地には別の新しい建物が建っていた。老朽化している感じだったので、残して行くのは難しかったのだろう。 昔からの街並みを形作っていた建物はかようにして次第に消えていき、かつての街並みを思い起こす手掛かりも次第に少なくなっていく。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅 #集合住宅 ブログ内タグ一覧
…解体年:2010(平成22)Photo 2006.3.5 桜田通りから東に入った場所にあった洋館付き住宅。住宅地図等を見ても詳細はよく判らなかったが、1990年代以降は貿易関連の会社として使われていたもののようだった。 急傾斜の屋根と上げ下げ窓が印象的。洋風なのは写真の部分だけで、左側の奥まった部分は少し新しめの普通の2階屋だった。 1階の窓は少し張り出したベイウィンドウ。Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…tion REPORT|実績・事例|前田建設工業株式会社奇跡の住宅- 旧渡辺甚吉邸と室内装飾- | LIXILギャラリー | LIXIL文化活動 - LIVING CULTURE旧渡辺甚吉邸(東京) : 洋館探訪ブログ 思いつくまま 第845回・旧渡辺甚吉邸Anthology -記憶の記録- − 取手市のお散歩2023 その3、その4、その5Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #移築保存 #洋館・洋風住宅 #国登録有形文化財 ブログ内タグ一覧
…度400のフィルムではスローシャッターになり、この写真は手ブレしてしまっている。 住宅地図では角田邸と記されているが、詳細は不明。総3階建てで規模が大きく、1階の階高も高い目立つ洋風建物だった。青緑色の瓦の寄棟屋根なのも、竹原の伝建地区に多い蔵や町屋とは異なり印象的。 2010年頃まではあったようだが、Google ストリートビューには写っておらず、2010〜13年頃に解体されて消失したようだ。 日本国内の建物や街並み#洋館・洋風住宅 #失われた建物 広島県 ブログ内タグ一覧
…街なのに、通り沿いの建物立面についてはデザインの詳細まで知っているので、既視感の強い妙な体験だった。写真には、図面作成担当者が「私がこの建物の立面図を描きました」という体で記念に写っている。 1991年に撮影した時はM邸だったが、その後、空き家になったようだ。建物としては存続していたが2015年の住宅地図には住人の名がない。Google ストリートビューでは2019年6月時点で更地になっている。 日本国内の建物や街並み#失われた建物 宮城県 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…思っていたのだが、最近になって既に解体されていたことに気付いた。Google ストリートビューで確認したところ、2019年6月の写真に解体作業の様子が写っていた。残念。 結局、近くへ行って写真を撮らないうちになくなってしまった。この写真は電車の車内から撮ったもの。 佐藤武夫 - Wikipediaudf weblog 佐藤武夫 自邸佐藤武夫自邸: ★近代建築探訪★Tokyo Lost Architecture#失われた建物 都下 #洋館・洋風住宅 #佐藤武夫 ブログ内タグ一覧
…関とこれに隣接する部屋が洋風になった和洋折衷住宅だった。洋館部分は壁がピンク色、妻壁上部はハーフティンバー(風?)。 洋館部分は屋根も緑色の洋瓦で葺かれている。隣接して敷地の奥にあった2階建ての方は、和風の2階建てで南側に大きなガラス窓が取られた建物だった。 「帝都」の残映-東京・近代建築撮り歩き-:上邸(旧千葉邸) - livedoor Blog(ブログ)Tokyo Lost Architecture #失われた建物 豊島区 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…部に関係者がお住まいのようだ。ただ土地は分割されておりそこに複数の家屋が建てられている。 山王エリアは御屋敷町だったが次第に土地が細分化しており、昔に比べると小規模な建物が多くなっているようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 大田区 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧 2023.9.12 追記 下記「ぼくの近代建築コレクション」に、私より約2年前(2019年)の写真が掲載された。 H邸/山王2丁目 - ぼくの近代建築コレクション
…建物が写っている。 火災保険特殊地図 居住者の記載はないが外形がほぼ同じ建物が記載されている。 山王地区は火災保険特殊地図の戦後版がない模様 ゼンリン住宅地図 岡邸として記載 (都立中央図書館では大田区は1978年以降のものが閲覧可能) Googleストリートビュー Googleストリートビュー 尾根道の洋館/山王2丁目 - ぼくの近代建築コレクション Tokyo Lost Architecture #失われた建物 大田区 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 #近代建築 タグ一覧
…ったもので当初は生け垣だったという。 住宅の入口側(西北側)から 壁は下見板張りと一部はモルタル塗り。建設時は瓦葺きだったが、1979(昭和54)年に銅板葺きに替えたという。 住宅入口側 住宅側の入口は医院側よりもやや小規模で地味。 住宅入口 玄関庇などには瓦葺きの部分が残っている。 参考『東京の近代建築』後藤治・三船康道 監修、地人書館、2000年刊Tokyo Lost Architecture #失われた建物 目黒区 #医院 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅ブログ内タグ一覧
…く、一般住宅になっている。レストランとして営業していたのは、戦前か戦後すぐの頃から1970年頃までだったようだ。 建物はその後も住宅や小規模事務所として残っていたが、2008〜12年に解体され、跡地にはマンションが2013年10月に完成している。 天神山レストラン/本郷6丁目 - ぼくの近代建築コレクション 東京都文京区の近代建築探訪 1 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #商業系 #飲食店 #洋館・洋風住宅 #近代建築 ブログ内タグ一覧
…か。 窓枠は昔からのものが維持されていたようで、細く華奢で装飾的な窓が印象的だった。 F.L.ライトがデザインに関わったのではないかという話もあったが、どうやら「あめりか屋」という洋風住宅建設会社によるものだったようだ。下記ブログの記事にはその詳細が記されている。 近衛町の杉卯七邸を拝見する。(下):落合学(落合道人 Ochiai-Dojin):SSブログ Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #住宅系 #洋館・洋風住宅 #近代建築 #大正期
…たのだった。なので、デザインの詳細などは知らず。 大正〜昭和初期に見られる洋風の医院建築。玄関は引き戸、木製窓枠の窓には凹凸のあるガラスが嵌っていた。塀と門があるのも昔ながらの町医者(歯科だけど)の雰囲気 日中の写真は以下のサイト「東京ノスタルジア」で見ることができる。屋根がトタン葺きだったようなのはちょっと意外。 庄司歯科医院 杉並区西荻北 - 東京ノスタルジアTokyo Lost Architecture #失われた建物 杉並区 #医院 #洋館・洋風住宅 ブログ内タグ一覧
…庇の下に潜り込んだ、車寄せもしくは車寄せを兼ねた門だったのかもしれない。そう考えるとなんだかおもしろいつくりだ。 主屋の方は大きな切妻屋根が架かった屋根裏3階。間口は大きいわけではないが高さのある住宅だった。 写真の壁は1枚目の付近で撮ったものだが、撮影時の記憶が曖昧でK邸のものだったかどうかは不明。漆喰もしくはモルタルで青海波のような模様を付けている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 渋谷区 #住宅系 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 タグ一覧
… 金山平三が亡くなった翌年の1965(昭和40)年に、妻の金山らくは夫の故郷である神戸市に転居したという。また夫妻には子がなかったそうなので、その後、住んでいたのは、敷地と建物を買い取った方だったようだ。 金山平三 - Wikipedia 旧金山平三邸 新宿区中井 - 東京ノスタルジア 美珍麗・探訪 | 緊急告知・金山平三アトリエが解体!〔東京・中井〕 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 新宿区 #近代建築 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 タグ一覧
…は建てられておらず、跡地はコインパーキングとなっている。 港区 - 東日本 近代建築万華鏡 信濃町~麻布十番: 雅万歩 物がたりのはじまり | 桐島かれん Web Magazine “Love of Life” Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #戸建て住宅 #洋館・洋風住宅 #近代建築 タグ一覧 2021.10.19 追記 本記事掲載後、この建物は戦後の占領期にGHQに接収されていた住宅(House#134)だった、との情報を頂きました。