#失われた建物千代田区 の検索結果:
日本大学理工学部 9号館所在地:千代田区 神田駿河台3-11構造 :SRC階数 :12+B2+R2建設年:1972(昭和47)解体年:2014(平成26)Photo 2014.2.21 9号館は、5、6号館よりは少し後の時代の建物。写真奥にわずかに見えている6号館と、左手前、写真の外にあった5号館の間に建っていた。容積率制に移行した後に造られた高層の校舎で、柱や窓枠が垂直線を強調したものになっている。道路側は柱の間の少し引っ込んだ位置に梁が入ったグリッド状のファサードとしてい…
日本大学理工学部 6号館所在地:千代田区 神田駿河台3-11構造・階数:RC・5+R建設年:1961(昭和36)解体年:2014(平成26)Photo 2014.2.21 6号館は5号館と同時代に完成した校舎で、こちらも打放しコンクリート(保護のため塗装はされているが)の柱梁の外観を持つモダニズム建築。外階段を上がった2階がこの校舎のメインの入口になっていたようだ。 耐震性を考慮したのだろう。1、2階は小さな正方形の開口部になっている(後年に耐震補強したのかもしれない)。開口…
日本大学理工学部 5号館所在地:千代田区 神田駿河台3-11構造・階数:RC・9+R建設年:1959(昭和34)解体年:2018(平成30)Photo 2014.3.16 日大理工学部、神田駿河台キャンパスの本郷通り沿いにあった校舎。 Photo 2017.2.28(以下の写真は全てこの日) 建物を支える柱は、荷重を考慮して下部が太く上部に向かって細くなる形で、上方へ力強く伸びる姿はモダニズム建築らしい造形。 1階のピロティ通路には、竣工年が大きく記されていた。 入口部分の壁…
東京国際郵便局所在地:千代田区大手町2-3構造 :SRC階数 :8+R設計 :郵政省建築部(武田礼仁)建設年:1968(昭和43)解体年:2015(平成27)備考 :東京国際郵便局は2005年10月10日に江東区新砂に移転。2007年、民営化に伴い郵便事業東京国際支店と改称。近接の逓信ビルと共に解体。Photo 2014.4.6 郵政省建築部には小坂秀雄という方がいて、各階の庇が水平に張り出すデザインを生み出したそうで、この建物は同氏の退官後、この「庇の建築」の路線を継承した…
逓信ビル(逓信総合博物館「ていぱーく」)所在地:千代田区大手町2-3構造 :SRC階数 :8+B1+R設計 :郵政省+小坂秀雄建設年:1964(昭和39)解体年:2014〜15(平成26〜27)備考 :逓信総合博物館は2013年8月末で閉館Photo 2008.12.21 Wikipediaによれば、逓信総合博物館は「郵政省、日本電信電話公社(電電公社)、国際電信電話株式会社(KDD)、日本放送協会(NHK)による共同運営の博物館」だったそうだ。つい、郵便関係の博物館のように…
三井物産ビル所在地:千代田区 大手町1-2設計 :林昌二(日建設計)構造 :SRC+S階数 :24+B4高さ :100m建設年:1976(昭和51)解体年:2015(平成27)Photo 2011.1.9 旧江戸城のお濠端、内堀通り沿いに建っていたオフィスビル。窓が整然と並ぶ様子はモダニズムのオフィスビルらしいデザイン。手前の円筒形の塔(換気塔?)が金属板で覆われていて陽光を反射しているのも印象的。 写真には撮らずじまいになったが、ビルの西側前面には人工の池があり、毎年のよう…
りそな・マルハビル所在地:千代田区 大手町1-1構造・階数:S+SRC・24+B4+R2建設年:1978(昭和53)解体年:2012〜13(平成24〜25)高さ :最頂部 107.95m・最上階 99.95m備考 :当初は大洋漁業ビルPhoto 2011.1.9 皇居東御苑の大手門付近の内濠通りに面して建っていた高層オフィスビル。建築の絶対高さ規制(百尺規制)がなくなり、容積率制に移行した後も、丸の内、大手町界隈は高さ100m程度までに抑えることが暗黙の了解になっていたようで…
東京新旧写真比較(1981/2008) No.74 晴海通り・日比谷交差点、東宝ツインタワービル Photo 1981(マウスオフ) Photo 2008.12.20(マウスオン)千代田区有楽町1-5 ということで、蔵出し「東京新旧写真比較」つづき。 この写真も建物はすぐ分かって、撮影場所も日比谷交差点だと分かった。だが、手掛かりになる建物が東宝ツインタワービルのみなので、正確な撮影位置が分からず、数枚撮ってパソコンで重ね合わせてみたはがイマイチだった。あと1〜2mほど右で撮…
駐日ローマ法王庁大使館(旧鈴木忠治邸)所在地:千代田区 三番町9構造・階数:RC・2設計 :木子幸三郎建設年:1934(昭和9)解体年:2025(令和7)Photo 2009.5.26 都心の住宅街の中にあったバチカンの大使館。最初からローマ法王庁大使館として建てられたわけではなく、最初は鈴木忠治という人の屋敷の洋館として建てられたものだったという。 Wikipediaなどによると、鈴木忠治(1875-1950(明治8-昭和25))は、鈴木商店(現味の素)創業者である二代目鈴…
萩原商会・ライオンクリーニング所在地:千代田区 飯田橋2-8構造・階数:木・2建設年:戦後まもなく?解体年:2020〜22Photo 2006.5.14 飯田橋駅の東口から九段下交差点へ至る目白通りに面して建っていたモルタル看板建築。2階の軒先回りに少し洋風の装飾が施されているが、正確な様式建築デザインではないのはやはり看板建築ならではのこと。 田中双輪社、ライオンクリーニング/飯田橋2丁目 | 昭和回顧録 建築編【ライオンクリーニング】〜飯田橋の看板建築 - スポンサー広告…
砂防会館所在地:千代田区 平河町2-7構造・階数:RC・5+B2建設年:1957(昭和32)解体年:2016(平成28)Photo 2011.2.7 一般社団法人全国治水砂防協会が本部ビルとして建てた建物。 テナントビルでもあり、1966年に自民党本部ビルができるまではここの2、3階にに自民党本部があった。自民党本部が移転した後も自民党の議員や派閥の事務所が置かれている。 1階玄関付近はピロティ、2〜5階の南面は横連窓で開放的と、モダニズムデザインのオフィス建築になっていた。…
顔のYシャツ所在地:千代田区 神田小川町2-1構造・階数:木・2創業 :1920(大正9)閉店 :2020(令和2)解体 :2024(令和6)Photo 2019.6.13 老舗のオーダーシャツ店。創業者の初代店主の似顔絵を上部に掲げているのが印象的で、テレビや雑誌などにもしばしば紹介されていた。建築物としては特別なものではなかったが、大きな顔絵はやはりインパクトがあって記憶に残る姿だった。 戦後まもなくの火保図では「顔のシャツ店・栄ヤ」と記されていて、以前は「栄ヤ」(栄屋?…
花与生花店所在地:千代田区 神田司町2-8構造・階数:木・3建設年:戦前?解体年:2005(平成17)Photo 2005.3.25 神田司町、昌平橋に至る道の一つ東側の道に面して建っていた花店。戦後まもなく、1950年代の火災保険特殊地図には菊谷花店と記されているが、恐らくそれが花与になったのだろう。戦前の火保図では店名までは記載されておらず分からなかったが、界隈は戦災では焼失しなかったようなので、あるいは戦前に建てられたものだったのかもしれない。 花柄の中に「與」の字をあ…
ティールーム・フレール所在地:千代田区 神田小川町1-7構造・階数:木・2解体年:2020(令和2)Photo 2005.3.25 都営新宿線の小川町駅のそばで、靖国通りのひとつ南側の小路にあり、1階が店舗、2階は住宅だったモルタル看板建築。 界隈は戦災では焼失を免れた地区だったようで、建物は昭和初期か戦後まもなくに建てられたものだったのではないかと思われる。 90年代〜2010年の頃は上写真のようにフレールという喫茶店だったが、ずっと同じ店だったわけではなく、年代ごとにいろ…
K邸所在地:千代田区 富士見2-5-4構造・階数:木・2建設年:昭和初期解体年:2010(平成22)Photo 1994.7.16 下記「ぼくの近代建築コレクション」の記事では、拙ブログの写真よりさらに前の1986年4月のものが見られるが、このころ既にツタで覆われていて、人の気配があまり感じられない状況ではあったようだ。ただ私の1枚目では手前2階の雨戸がわずかに開いているようでもあり、無人の廃墟ではなかった様子。 Photo 2008.4.4 アパートのようにも見える総二階の…
井上輪店所在地:千代田区 富士見2-2-11構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2014(平成26)Photo 2008.4.4 飯田橋駅近くの商業地にあった自転車屋さん。袖看板には三菱自動車のマークがあり、ギャラン、ミニカなどの文字もあるので、かつては自動車の取り扱いもしていたのかもしれないが、戦後間もない時期の火保図(1952年)では、井上サイクルと記載されているので、基本はやはり自転車屋さんだったのだろう。 モルタル平入り看板建築で、2階の窓まわりの壁はトタンかアル…
あかね書房所在地:千代田区 西神田3-2構造・階数:木・2建設年:戦後まもなく解体年:2005(平成17)Photo 2005.3.25 あかね書房は1949年創立。1964年発行の全住宅案内地図帳で「KKあかね書房」として記載されている。いつ頃建てられたのかは不明だが、会社の創立期、1950年頃だったのではないかと思われる。 木造2階の小さなオフィス。モダンな外観で小路を挟んで神田蓄電池のひとつ西側に建っていた。奥が前項の神田蓄電池。 写真の少し後に解体され、同街区は住友不…
神田蓄電池(車庫・倉庫)所在地:千代田区 西神田3-1構造・階数:木・2建設年代:震災後〜戦前?解体年 :2014(平成26).4Photo 2008.9.9 玄関シャッター上部に見える「神田蓄電池」で検索したところ、本社は神保町にあり、ここは1972(昭和47)に建物を購入して、車庫、倉庫として使用していたものだったことが分かった。 モルタル看板建築で一部にギャンブレル屋根があり、その部分は屋根裏3階建て。ギャンブレル屋根を用いた3階建てなので、震災後から戦前期のものだった…
鉄道日本社所在地:千代田区 西神田2-1-4構造・階数:木・2建設年:戦後まもなく?解体年:2018(平成30)Photo 2008.9.9 白山通りの西側の裏通りに面してあった、少しだけ洋風なモルタル塗りのオフィス。界隈はかなりの部分が戦災で焼失している。鉄道日本社は1954年発行の火災保険特殊地図には記載があるので、戦後まもなく建てられたものだったのではないだろうか。 Photo 2010.6.6 鉄道日本社は過去には鉄道系の書籍や雑誌を出版していた会社。鉄道ではないが「…
尾張屋蕎麦店所在地:千代田区 神田富山町17構造・階数:木・2建設年:戦後まもなく?解体年:1997〜2000(平成9〜12)Photo 1996.10.10 店のウェブサイトによれば、尾張屋蕎麦店は1923(大正12)年に創業したというが、神田富山町あたりは戦災で焼失したそうなので、写真の建物は戦後のものだったのではないだろうか。角地の店舗ではあるが、和風の木造2階建てはある意味昔ながらの典型的な蕎麦屋さんの店構え。 この写真の後、2001年の住宅地図では3階建てと記されて…
外堀通りの看板建築:桃太郎、S邸、ライフ(旧中村商店)所在地:千代田区 神田司町2-8-1構造・階数:木・3解体年:2012〜13(平成24〜25)Photo 2002.2.24 外堀通りに面して建っていた3棟のギャンブレル屋根看板建築。左から桃太郎、路地を挟んでS邸、ライフ(旧中村商店)。敷地割に対して道が斜めに交差しているため、3棟はそれぞれ少しずつ異なるスタイルでファサードと屋根を作っていた。 Photo 2005.3.25 3棟のうち、南側のライフ(旧中村商店)はやや…
東京ビル所在地:千代田区 神田司町2-2-1構造・階数:RC・3建設年:戦後まもなく?解体年:1997(平成9)Photo 1996.2.20 角地にあった3階建てビル。戦前のものなのか、戦後まもなくのものだったのかはわからない。下記「ぼくの近代建築コレクション」にもあるように、「『乱歩と東京』松山巌、1984年、PARCO出版」に南からの写真が掲載されていて、かつてはコリント式柱頭の付け柱を持つ建物だったようだ。戦前の火保図(1935年)では、中央商会(業種は不明)。 戦後…
大信不動産所在地:千代田区 神田多町2-9構造・階数:木・2解体年:2010(平成22)Photo 1998.6.27 多町通りの角地に建っていた洋風モルタル看板建築。戦前なのか戦後のものなのかはわからないが、1915年の火保図には「タバコ屋」、戦後の火保図や1965年の全住宅案内地図帳では「塩崎洋服店」と記されている。 1973年以降に発行された住宅地図では「大信不動産」となっており、これが解体直前まで続いていた。下記「ぼくの近代建築コレクション」によると、大信不動産は19…
サカエヤミルクホール/旧 神田市場三鉄所在地:千代田区 神田多町2-11構造・階数:木・2建設年:昭和初期解体年:2022(令和4)Photo 2002.2.24 神田多町の角にあった戦前に建てられた銅板張り看板建築。北側の面はトタン張りで錆びて赤色をしていた。 ミルクホールとして知られた建物だが、2軒続きでサカエヤは角から2軒目。角の側は1990年代の住宅地図では「神田市場三鉄」などと記されている。 Photo 2009.2.14 この界隈は江戸時代から関東大震災で被災する…
かわむら洋品店・美舟所在地:千代田区 神田須田町1-34構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2019(平成31)Photo 1996.2.20 神田中央通りのひとつ西側の通りと一八通りの交差点に面して建っていた、二軒続きの銅板張り看板建築。角側は洋品店、北側(写真右側)はパンなどを売る菓子店。 下記「ぼくの近代建築コレクション」には、1994年2月の写真が掲載されている。上写真(1996年)までの間に洋品店はアクリル製の庇を取り付けた。 Photo 2005.3.27 美…
笹村商店・岡谷商事所在地:千代田区 神田須田町1-30構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2016(平成28)Photo 2002.2.24 靖国通りのひとつ南側の通りにかつてあった2軒の看板建築。現在はパークホームズ千代田淡路町という12階建てマンションになっている。 角地の笹村商店はモルタル看板建築で、綿織物卸商。角から2軒目の岡谷商事は銅板張りの看板建築で、毛織物卸。 岡谷商事 Photo 1996.2.20 営業していた頃の様子。玄関前の台車には反物が載せられてい…
角地梱包(株)車庫所在地:千代田区 神田須田町1-26構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:1996〜97(平成8〜9)Photo 1996.2.20 中村邸同様、神田中央通りのひとつ西の裏通りに面して建っていた。 周囲はこの頃既にコインパーキングになっており、この建物もこの写真の後しばらくして解体された。だが長い間、銅板張りの2階屋(90年代以降は倉庫や車庫)として使われていたようだ。 少し東側の中央線の高架沿いには同名の会社があり、そちらは装飾的なモルタル看板建築になっ…
中村邸・旧SHK所在地:千代田区 神田須田町1-26構造・階数:木・3解体年:2003〜05(平成15〜17)Photo 1996.2.20 神田中央通り(旧中山道)のひとつ西側の裏通りに面して西向きに建っていた、大型ギャンブレル屋根の3階建て。住宅地図等から推測するに左右2軒になっていたようだ。 住宅地図によれば、北側(手前側)が個人宅。ただ入口がシャッターなので、かつては何らかの店だったのではないかと思われる。南側は1970〜80年代はSHKという会社(業種は知らず)、9…
左:須田町ビル/右:神田きくかわ所在地:千代田区 神田須田町1-24-6/-2構造・階数:RC・3建設年:戦前/戦中〜戦後まもなく?解体年:2005〜07(平成17〜19)備考 :角地にある「神田きくかわ」のビルは現存Photo 2000.6.3 神田の須田町交差点、神田中央通りに面して建つRC造3階建ての2棟の商業ビル。 左側の須田町ビルは、1935年発行の火保図で既に須田町ビルと記載されているので、戦前に建てられた建物だったらしい。上写真の後、下写真までの5年間に北側1/…
須田町医院所在地:千代田区 神田須田町1-20構造・階数:木・3建設年:戦前解体年:2005(平成17)Photo 2005.5.18 中央通り(旧中山道)のひとつ東側の通りに面していた木造3階建て医院。戦前の火保図(1935年発行)で既に医院と記されているので、恐らく戦前の昭和初期とかの建物だったのだろう。 下記「ぼくの近代建築コレクション」には1987年1月の写真が掲載されており、この頃までは医院の看板が掲げられていたようだ。1993年発行の住宅地図でもまだ医院となってい…