#モルタル看板建築 の検索結果:
…き戸だった。側面は黒い下身板張りだったが、この時点で既に少し傷んでいた。数年前に解体され、現在は住宅が建っている。 なお、下記「昭和回顧録 建築編」の記事には、左隣の4軒続きのモルタル看板建築の全景も掲載されている。こちらの方は一足早く2004〜09年に解体され、コインパーキングになっている。 富士屋精肉店、宮林理化学硝子/文花3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 墨田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…てられているので、側面の様子が見えるようになっていた。平入りの木造2階の前面にモルタル壁を立ち上げた看板建築。 下町のまちあるきの時などに受講者と前を通ったりしていたが、それもできなくなった。都心は次第に似たようなマンションばかりになってきて、歩いていてもそれほど面白くなくなってきた気がする。 請負山田、フミモト口金製作所/小島1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…o 2006.5.14 飯田橋駅の東口から九段下交差点へ至る目白通りに面して建っていたモルタル看板建築。2階の軒先回りに少し洋風の装飾が施されているが、正確な様式建築デザインではないのはやはり看板建築ならではのこと。 田中双輪社、ライオンクリーニング/飯田橋2丁目 | 昭和回顧録 建築編【ライオンクリーニング】〜飯田橋の看板建築 - スポンサー広告千代田区Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…ルタル看板建築長屋が連なる街並みがかつてはあったらしい。下町にできた新しい道沿いに木造で商店街を造ったためなのだろう。この曳舟たから通り以外にもあったのだろうが、多くはその後の戦災で失われ、戦後は同様のものはあまり造られなくなったのかもしれない。その意味で、興味深い街並みが10年ほど前までは残っていた。 キクヤクリーニング店/京島3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 墨田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…屋。2階はそれぞれの住居だったようだ。 1階、2階にそれぞれ緑色の瓦の庇があり、また頂部のパラペットにはエンジ色?の瓦が載せられていた。また2階の庇下と、パラペット瓦の下の付柱には柱頭のようなデザインが施されていた。 この後も2022年頃までは存在が確認できたが、2023年秋には更地になっていた。 千代田不動産の四軒長屋、他/京島2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 墨田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…この場所を訪れたのは一回だけ。土手通りから西南側に入った場所で、この建物はそこから入るやや狭い道に入口を向けていた。入口側の1階と2階には青い丸瓦の庇が付けられていて、2階には縦長の両開き窓があった。 小林商事がどのような会社だったのかは知らず。建物は写真の翌年には解体されてしまったようで、2010年初めのGoogleストリートビューでは既に更地になっていた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築ブログ内タグ一覧
…業中だった1988年の写真が掲載されている。同ブログにつけられたコメントによれば、珊瑚や鼈甲などを扱っているお店だったそうだ。「三五屋」は珊瑚から付けられた名だったのかもしれない。 写真の後もしばらく残っていたが、2021年後半〜22年前半までに解体。現在は隣と合わせて13階建てのマンションになっている。 三河屋、三五屋商店/浅草橋3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築ブログ内タグ一覧
…どではなくオフィスとして建てられたような雰囲気だったが、昔の様子はわからず。 装飾がほとんどなく、平滑なモルタル壁面になっていたのが印象的。縦長の窓がついているが、庇や窓台はほぼない。1階と2階の窓の位置がずれているのもよく見ると少々不思議な感じ。1階右側の窓は後から改修したのか、これも謎の形になっていた。 清水勝商店、他/浅草橋2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…出桁造り?で、1階の軒先だけモルタル塗りで屋号を掲げていた。また、下の写真では屋根がトタン葺きに葺き替えられている。 Photo 2011.10.9 相澤牛乳店と池田紙店は共に、2019年6月のGoogleストリートビューで解体中。跡地には15階建てのマンションが2021年に竣工している。 魚て津、藤田歯科/湯島3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #街並み 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…ないので、いつまで残りそうかもよく分からない物件。 10年以上前に記事化していた建物を改めてGoogleストリートビューで確認したら、既になくなっていた。お店の屋号などが分かるかと思って昔の住宅地図を調べたところ、1960年代はタクシー会社で、70年代以降は住宅だったらしいことが判明した。建物の形からすると、もしかすると個人タクシーとかだったのかもしれない。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 品川区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
… 根津2-14構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2019(平成31).2Photo 2012.11.13 言問通り、善光寺坂の坂下近くにあった2軒つづきのモルタル看板建築。切妻平入り建物の前面に壁を立てた形で、2階のデザインが色は異なるが同じ形で残っていた。 Photo 2018.9.2 なお、中華料理オトメは建て替え後の新しい建物でまた営業している。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…場酒店」となっていた。 木造モルタルの看板建築で、「小西酒舗」と大書された看板が玄関上に掲げられていたのが印象的。角地に面していて西側の側面も道路に面していたが、西側には勝手口のような入口があるだけで、2階も含めてほかに全く開口部がなかったのがちょっと不思議。また、写真の頃は自販機での販売が主になっていたのか、入口の扉一枚を除いた全てに自販機が置かれていた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…上部の特徴。 2階中央の金属製の出っ張りは用途不明。梯子のようにも見えるが、それにしては間隔が開きすぎているし、そもそもそこに梯子を付ける目的が分からない。 玄関前には自立型の床屋のサインポールと、壁面設置型のものが付いていた。また、玄関だけは昔からの木製扉になっていた。 理容オハラ、きしのパン店/文京区大塚5丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #トタン張り看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…掲げられているのが印象的だった。 Photo 2015.2.20 一枚目写真の後、2015年に見た時は屋根が瓦からスレートに葺き替えられて、壁面もきれいになっていた。 この少し後に建て替えられて、現在は4階建ての升本レジデンスとなっている。新しいビルでも酒店は営業を続けていて、写真の看板の一部は軒先に掲げられている。 納戸町 升本酒店:トップページTokyo Lost Architecture#失われた建物 新宿区 #看板建築 #モルタル看板建築 #木造店舗 ブログ内タグ一覧
…ている。だがこの部分は環状4号線の予定地のようなので、もしかすると現在の建物も解体されるかもしれない。隣の君塚食糧販売所も道路予定地かもしれないが、こちらは予定地かどうか微妙な位置で、2023年9月時点のGoogle Street Viewでも建物が残っていて、お店も営業を続けている。 二本榎通り沿いの看板建築 港区高輪 - 東京ノスタルジアTokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #看板建築 #銅板張り看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…されていて、美容室が開かれたのは70〜80年代だったようだ。 壁面にモルタルで横線や○などの模様が描かれているが、アールデコとかではない感じ。下記「昭和回顧録 建築編」によれば、本によっては分離派風などと書かれているそうだ。 十数年前に解体され、その後はコインパーキングになっている。 築地畜産、美容室つきじ/築地2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 #セセッション ブログ内タグ一覧
…と左側はモルタル塗りで、アーチ内の壁面に装飾が付けられていた。 もとは1階が店だったのだろうが、写真の時にはお店は一軒だけで他は既に仕舞屋になっていた。1階より2階の方が階高が高い(もしくはそう見える)のが少々不思議。 中央区ホームページ/中央区近代建築物調査 | 小網町の三軒長屋看板建築小料理 銭形/日本橋小網町 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #銅板張り看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…だったが、2015年頃に東隣(写真左)の伊勢元鋤柄酒店と同時期に解体されてしまった。両者の跡地には2017年に12階建てのマンションが完成している。 中央区ホームページ/中央区近代建築物調査 | 中華料理三久アクトデザイン凛太郎のブログ 新富町散策 Ⅱ 中華料理三久・大野屋総本店 他 journaux 出挙 親力親為 :三久@新富町二丁目 上海系日式中華の系譜Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…スも異なっていておもしろい。「Toystore」の文字も独特。 月島西仲通り二番街は南側の3ブロック(月島1丁目22〜24番地)がまとめて再開発され、ミッドタワーグランドという32階建て超高層マンションが2020年に完成している。 中央区ホームページ/中央区近代建築物調査 | 月島1・3丁目(西仲通り商店街)第三鹿島酒店、他/月島1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…花柄の中に「與」の字をあしらった緑色の円盤プレート?が目を引く。モルタル塗りの壁面には横線が引かれ、パラペットは小さな庇状にせり出していた。装飾はあまりないがお洒落な雰囲気の建物だった。 建物はこの写真の少し後に解体された。左側の2階建てなどもその後取り壊され、跡地には9階建てのオフィスビルが建っている。 志村印刷、他/神田司町2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…たりもしたのかもしれない。 この少し先を右に入ったところにはかつて多くの漫画家さんが住んでいたトキワ荘があった。現在は、そのさらに先の左側にある公園内にトキワ荘マンガミュージアムがある。 写真では店の前に商店街のゲートがあるが、2019年頃に撤去された。また、商店街のお店も次第に減っているようだ。 取り残され系商店街 - 都市徘徊blog 2Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 豊島区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…ンは普通のモルタル看板建築だったが、実はこの二つの外壁は繋がっていて一体の建物だったようだ。Google ストリートビューによれば2022年頃に解体されたようだ。現在、同所はcococube日本橋水天宮というマンションが建っている模様。 秀明閣アパート、堀善商会/蛎殻町1丁目 - 昭和回顧録 建築編アクトデザイン凛太郎のブログ 日本橋蠣殻町散策⑤ 旧堀善商会 他Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築ブログ内タグ一覧
…のサイズだったが、3階はその半分ぐらいの小さめの窓だった。 Photo 2013.10.13 2013年に訪れたところ、3スパンのうち南側の2スパンは建て替えられて1スパンだけになっていた。Google ストリートビューによれば、残っていた部分も2020年頃に取り壊されて建て替えられている。 万安楼、慶州苑/銀座1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…なっていた。また、2010年代には石板が貼られた部分以外のモルタル外壁が鮮やかな黄色に塗り替えられた。裏通りの建物がかなり派手な色彩になったのにはちょっと違和感があったが、そのときは残して行くために塗り替えたのだろうと思われた。だが少し後にはやはり解体されて新しい建物が建てられたのだった。 林文具店/神田小川町1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…かれており、ガス器具の販売店だったようだ。 装飾はあまりなかったが、2階の窓に袖飾り付きの庇が並んで付けられていたのが記憶に残る。 2001年に見た時はまだ営業していたが、写真の時は既に閉業していたようで、その後3年ほどのうちに解体され、現在は駐車場になっている。 また、この建物の東側(写真奥)にも似た形のモルタル看板建築が並んでいるが、そちらの方は現在も存続している。 日本国内の建物や街並み Index#失われた建物 埼玉県 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…き、一方、田中屋の方は寄棟屋根だったようだ。 しかし、改めて2001年の写真を見てみると、田中屋の方は窓が破れたりしていて既に廃屋化していたのかもしれない。 Photo 2017.6.16 解体される前年には建物が一部崩れ落ちていた。建物はメンテナンスをして維持しないとやはり次第に壊れていってしまうのだなと思わせられる。 みこもり煎餅/川越市連雀町 | 昭和回顧録 建築編日本国内の建物や街並み Index#失われた建物 埼玉県 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…方になっていた。 この建物の場所も道路拡幅予定地だが、前項のトタン張り看板建築とは異なり、こちらは写真の後も10年ほど残っており、お店も営業を続けていたようだ。ショーウィンドウに品物があまり並んでおらず、営業しているのかどうか判らない風情だったが、2004年の住宅地図にはまだ店名が記されていた。 2014年3月頃に解体され、現在は道路の一部、歩道などの場所になっている。 日本国内の建物や街並み Index#失われた建物 埼玉県 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…ばこ店のあたりでは道路は反対側(西側)に拡げられたため、建物は道路拡幅の影響は受けず、事業がかなり進んでからも残り続けていた。建物は妻入りでステップゲーブル状に壁面を立ち上げている。モルタル洗い出し仕上げでこれといった装飾はなかったが細い白線が入れられていた。周辺の建物が大型化、高層化するなかで、ちょっと可愛らしく見える建物だった。 Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 北区 #看板建築 #モルタル看板建築 #旧街道 ブログ内タグ一覧
…ストリートビューでは、中華食堂の日高屋に建て替えられており、そのまま現在に至っている。 駅前商店街などの場合、歩道にアーケードが架けられて建物の上部壁面が見えなくなっていることが多い。アーケードがなければこの建物ももう少し存在感を見せていたのではないかと思う。アーケードは建て替えの際に撤去されたらしく、現在この建物の前だけはなくなっている。 Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 杉並区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧
…か軒の高さもわずかに違っていた。また、理容店は広告看板庇で壁面が隠されており、壁面のデザインは見えなくなっていた。 ヘアーサロンコヤマは1960年代の住宅地図にもコヤマ理容として掲載されており、約半世紀にわたってこの建物で営業していたようだ。現在はここに12階建てのマンションが建っているが、ヘアーサロンコヤマは現在もその1階で営業している。 Tokyo Lost Architecture 所在地別リスト #失われた建物 杉並区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧