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中十条2丁目・E邸

…6(昭和11)解体年:2024(令和6)Photo 2023.9.26 洋風家屋の方は、洋風の瓦葺き、半切妻屋根ベースで、かつ銅製?の樋がついた庇を四方に巡らせたあまり見ないタイプの屋根で、その姿が印象的だった。 塀があった頃は平屋の和館はほとんど見えず、2階建ての洋風家屋の方が気になっていたが、実は和館の方がかなり古く文化財関連の調査がされたこともあったそうだ。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 北区 #和風住宅 #洋館・洋風住宅ブログ内タグ一覧

諸井邸

…ものなのかもしれない。 Photo 2025.3.1 残念ながら2025年春に解体され、跡地にはマンションが建てられるようだ。主屋の解体が済んだ頃に見たら奥に煉瓦の蔵がまだ残されていた。また、なぜか武者窓の格子が先に外されていた。 大津商店、諸井邸/本郷4丁目 | 昭和回顧録 建築編2025年3月17日(月)本郷の歴史を見守った旧諸井邸と煉瓦蔵の記録 | 株式会社 資料保存器材Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

旧二本榎市場/旧高輪不動産

…、戦後、1960年代までは高輪不動産。その後は個人宅だったり、なんらかの事務所だったりしたようだ。写真の頃は区議会議員の事務所だったようで、袖に看板が掲げられている。 左隣は1階の一部が車庫になっている住宅。そして写真左端で切れているのは新聞販売店。 1枚目の右後方のようす。 二本榎通りから西へ入った場所には押縁下見板張りの和風家屋が建っていた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #看板建築 #トタン張り看板建築 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

旧網元の家、伊勢彦

旧網元の家、伊勢彦・中田邸所在地:品川区 東大井1-3-22構造・階数:木・1解体年:2010(平成22)頃Photo 2006.9.24 旧東海道沿いに建っていたかつての網元の家。京浜急行の鮫洲駅で下車して鮫洲の運転免許試験場へ向かうと旧東海道に出るが、その交差点に面して建っていた。 この界隈は戦災では焼失していないようなので、この建物も戦前のものだったのだろう。軒庇がかなり低い平屋なので、もしかすると明治期さらには江戸期のものだったのかもしれない。 15年ほど前に解体され…

谷中2丁目の家

…系の日本瓦で全体に和洋折衷的な感じ。 料亭や御座敷だったわけではないが、妙に開放的な2Fが記憶に残る建物だった。古い建物だったが、所有者・居住者、用途は替わっていたらしく、ずっと同じだったわけではなかったようだ。写真の頃には会社などではなく住居だった模様 丁子屋向かいの民家/谷中2丁目 - ぼくの近代建築コレクション 【×】谷中二丁目(1) - ずぼら堂懐古録 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #和風住宅 #和洋折衷住宅 ブログ内タグ一覧

山岡家住宅

…に建てられたものだったという。 解体後の跡地には「鶯啼居」(おうていきょ)という5軒からなる集合住宅が建てられているが、上記のような経緯もあったことから、同氏は旧建物の部材などを保存し、新しい建物の1階に一部を復元したそうだ。現在は関係者以外は見ることができないが、かつての建物の部材や施工技術は、将来にも受け継がれていくことになったようだ。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #土蔵造り #和風住宅 #江戸時代 #昭和戦前期 ブログ内タグ一覧

柳沢邸・沽柳堂

…かれていた。かつてはなにかの店だったのだろう。駅前の3階建ては旅館のようにも見えるが、「沽柳堂」は旅館名としてはちょっと違う気もする。 両方とも撮影時には既に仕舞屋で人の気配もなかった。古い住宅地図にも店名などの記載はなく、昔の用途は結局分からずじまい。田中駅前では2000年頃に駅前広場の整備が行われたため、この建物も写真の後しばらくして解体されてしまった。 古い建物と街並みをもとめて: 三階建ての旅館日本国内の建物や街並み#失われた建物 長野県 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

旧 喜久屋

…記されていたが、大型の2階建てだったので、もともとは旅館か料亭だったようだ。1971年の住宅地図には個人宅としての名の他に「喜久屋」と記されている。 須坂市では大光楼があった浮世小路、豊よ松周辺が花街(三業地)だったそうだ。この建物はそのエリアからは少し離れた場所にあったので、どちらかというと旅館だった可能性の方が高い気がするが、本当のことは昔を知る地元の方に尋ねてみないと分からない。 日本国内の建物や街並み#失われた建物 長野県 #和風住宅 #ホテル・旅館 ブログ内タグ一覧

市島邸 その2

…写真は障子の位置が内外逆になっていて正しくないので五階菱に見えない。)。 折り畳みの長机やゴミ箱が置かれてしまっていたのもちょっと・・・。 縁側の廊下 Photo 2015.3.5 網戸が嵌っているのは生活感のある感じ。 千駄木菜園: 市島邸の解体、高村光雲邸跡地の今 SOPvol.96 東京・林町市島邸に五階菱 | 新発田オレンジプレス Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #住宅系 #戸建て住宅 #早稲田大学 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

市島邸 その1

…や傾いていたようだ。 同じく庭側から Photo 2010.10.12 木立がやや鬱蒼とする中、電灯の明かりで照らされた室内が印象的。 Photo 2013.12.10 2013年に訪れた時は晩秋で、紅葉がきれいだった。 千駄木菜園: 市島邸の解体、高村光雲邸跡地の今 SOPvol.96 東京・林町市島邸に五階菱 | 新発田オレンジプレス Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #住宅系 #戸建て住宅 #早稲田大学 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

大村邸

…立派な門をくぐって庭に上がる。 温暖な静岡では冬場でも午後の日射しは明るく暖かい。 個人所有で現在も居住者がおられるので、事前に許可を得ないと敷地内には立ち入れない。2mほどの石垣の上に家屋が建つ敷地があるため、かぶと造りの特徴的な姿はなかなか拝むことができないが、山地を背景に聳える姿はなかなかの迫力。 家屋が建つ敷地を支える石垣。石垣の下には水路があり、山からの冷たい水が勢いよく流れている。 静岡の建築#古い建物 静岡県 #山 #和風住宅 #登録有形文化財 ブログ内タグ一覧

旧平櫛田中邸

…いているが、寛永寺と谷中霊園の間あたりは訪れる人があまり多くない。彫刻家・平櫛田中の旧宅(住居とアトリエ)はそんな上野桜木2丁目、谷中霊園を背にして小路の奥にひっそり建っている。 ここは、私も最近まで知らなかった。袋小路突き当たりの門から見えるのは玄関先と西側部分だけで、東側、そして西北側にも木造家屋があり、意外に規模が大きい。 現在はNPOの「たいとう歴史都市研究会」が管理しておられるようだ(非公開)。 たいとう歴史都市研究会 > 平櫛田中邸 #古い建物 台東区 #和風住宅

旧朝倉家住宅 3

旧朝倉家住宅 所在地:渋谷区猿楽町29 建設年:1919(大正8) 備考 :重要文化財 Photo 2009.08.30 広々として風通しも良さそう。夏でも涼しそうなうらやましい空間。 ごろっと横になってうたた寝をしたくなる。でも冬はどうなのかなぁ。 Photo 2009.08.30 長い廊下。垂直と水平、障子の桟が美しい。 木造和風住宅だけれど、モダンな空間にも見える。 #古い建物 渋谷区 #和風住宅 #重要文化財

旧朝倉家住宅 2

…いきなり今回はここで終了。 金持ちは大きな土地や屋敷を持っちゃってずるいよねぇ的な批判は、確かにそうなのだが、単なる妬みの面もあって、そこから解決の糸口はたぶんない。カップルが縁側で寝そべったり化粧をしたり(両方とも見学のマナーに反してますが・・・)しながら、こんな建物売って税金安くしてくれればいいのにだとかいうことをグチャグチャと長時間話しているのを見て、かなりグッタリした気分になりながら、あれこれ考えさせられた見学なのだった。 #古い建物 渋谷区 #和風住宅 #重要文化財

旧朝倉家住宅 1

…区猿楽町29 建設年:1919(大正8) 備考 :重要文化財 Photo 2009.08.30 渋谷会議所としても使われた立派な邸宅。広大な邸宅とこれまた立派なお庭。目黒川に向かって下る斜面に庭園が広がる。 代官山のすぐ近く、外は喧噪な街で若者が行き交うが、邸内は閑静でゆったりとした時間が流れる。 縁側に座ったり座敷でくつろいだりしていると、なんだか眠くなってしまう。ただし、ゆっくり見学するのは良いが、寝たり長時間居座ってはダメ。 #古い建物 渋谷区 #和風住宅 #重要文化財

新宿一丁目にて

…所には思えない。建物が変わると、街の印象が激変することが改めてわかる。新宿に立派な木造建物があるというのは、意外性があって面白かったのだが、マンションになってしまうと全然面白くなくなってしまう。オフィスやマンションばかりの街になるのは仕方ないことなのかも知れないけれど、もうちょっと魅力的なデザインの建物が増えてくれるといいなぁ。 Tokyo Lost Architecture #東京新旧写真比較 #東京新旧写真比較 新宿区 #失われた建物 新宿区 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

味の素記念館

…鈴木三郞助(鈴木泰介1868〜1931)が自邸として建て始めたもの。同氏が棟上げの1931(昭和6)年に死去してしまったため、長男の三郎(1890〜1973)邸として翌年完成した。 1970年代からは味の素記念館となっていたが、2003年に解体され、味の素グループ高輪研修センターが2004(平成16)年に完成。その際、一部の部材は移設。表門は現在も二本榎通り沿いに残されている。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 港区 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

茨城県東京宿泊所

…後から文句を言いたくもなる。全ては、終わってしまった後の泣き言で、部外者の遠吠えなんだけど・・・。 2022.8.25追記 戦前期(1934〜39年)の火災保険特殊地図では「高橋武三」邸、また戦後期(1953年)の同地図では「旅館翠月」と記されている。また、かつて蔵は北西側にあったようなので、保存に際しては曳家がされたのかもしれない。 Tokyo Lost Architecture #失われた建物 文京区 #古い建物 文京区 #住宅系 #和風住宅 #倉庫・蔵 ブログ内タグ一覧

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