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文花3丁目のトタン張り看板建築長屋

…ら左側は2020年頃まで残っていた。下記「昭和回顧録 建築編」の記事内にはその頃の写真が掲載されている。その時点ではまだ営業していた斉藤モーターサイクルも、2009年までに閉店。 その後、残っていた部分も数年前に解体され、現在は相撲の押尾川部屋の建物(上層階が住宅になっているマンション)になっている。 五軒長屋、四軒長屋/文花3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 墨田区 #看板建築 #トタン張り看板建築 ブログ内タグ一覧

文花3丁目のモルタル看板建築長屋

…き戸だった。側面は黒い下身板張りだったが、この時点で既に少し傷んでいた。数年前に解体され、現在は住宅が建っている。 なお、下記「昭和回顧録 建築編」の記事には、左隣の4軒続きのモルタル看板建築の全景も掲載されている。こちらの方は一足早く2004〜09年に解体され、コインパーキングになっている。 富士屋精肉店、宮林理化学硝子/文花3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 墨田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

請負山田

…てられているので、側面の様子が見えるようになっていた。平入りの木造2階の前面にモルタル壁を立ち上げた看板建築。 下町のまちあるきの時などに受講者と前を通ったりしていたが、それもできなくなった。都心は次第に似たようなマンションばかりになってきて、歩いていてもそれほど面白くなくなってきた気がする。 請負山田、フミモト口金製作所/小島1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

アサクラ喫茶店ほか

…るが、私の方の2011年の写真ではそれも無くなっている。 アサクラ喫茶店の建物は2011年末から2013年前半までの間に解体され、その後はコインパーキングになっている。隣の家も2014年頃に解体、宝扇堂タバコ店も2016年には廃業して、同年か2017年に解体され、共にコインパーキングになっている。 上野黒門町「アサクラ」 | 東京街歩き〜旅と車窓と徘徊の日々Tokyo Lost Architecture #失われた建物 台東区 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧

喫茶ひよ子

…下写真のように屋根がほとんど見えず、ギャンブレル屋根の屋根裏3階だと気付かない感じでもあった。 喫茶ひよ子の創業年は分からないが、昔ながらの喫茶店だったそうだ。また、後で調べたところ、この写真の時には既に店をやめてしまっていたという。後になっていちどぐらい入ってみれば良かったと思ったお店。 築地の喫茶ひよ子が消える。ああ。 - 江戸味覚帖[葉粋巻]Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #ギャンブレル屋根 #飲食店 ブログ内タグ一覧

ライオンクリーニング・萩原商会

…o 2006.5.14 飯田橋駅の東口から九段下交差点へ至る目白通りに面して建っていたモルタル看板建築。2階の軒先回りに少し洋風の装飾が施されているが、正確な様式建築デザインではないのはやはり看板建築ならではのこと。 田中双輪社、ライオンクリーニング/飯田橋2丁目 | 昭和回顧録 建築編【ライオンクリーニング】〜飯田橋の看板建築 - スポンサー広告千代田区Tokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

南番場通りの銅板張り看板建築

…、右側は畳店だったようだ。 Photo 2011.5.15 通りの中で印象的な建物だったが、2枚目の写真の後、改修されて銅板張りではなくなり、さらに3年ほど前には左隣と合わせて建て替えられた。 なお、右手の出桁造りの商店(小山道具店)の方は、2022年10月時点のGoogleストリートビューでは残っている。 小山道具店、他/南品川2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 品川区 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧

曳舟たから通りのモルタル看板建築長屋 2

…ルタル看板建築長屋が連なる街並みがかつてはあったらしい。下町にできた新しい道沿いに木造で商店街を造ったためなのだろう。この曳舟たから通り以外にもあったのだろうが、多くはその後の戦災で失われ、戦後は同様のものはあまり造られなくなったのかもしれない。その意味で、興味深い街並みが10年ほど前までは残っていた。 キクヤクリーニング店/京島3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 墨田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

曳舟たから通りのモルタル看板建築長屋 1

…屋。2階はそれぞれの住居だったようだ。 1階、2階にそれぞれ緑色の瓦の庇があり、また頂部のパラペットにはエンジ色?の瓦が載せられていた。また2階の庇下と、パラペット瓦の下の付柱には柱頭のようなデザインが施されていた。 この後も2022年頃までは存在が確認できたが、2023年秋には更地になっていた。 千代田不動産の四軒長屋、他/京島2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 墨田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

旧小林商事

…この場所を訪れたのは一回だけ。土手通りから西南側に入った場所で、この建物はそこから入るやや狭い道に入口を向けていた。入口側の1階と2階には青い丸瓦の庇が付けられていて、2階には縦長の両開き窓があった。 小林商事がどのような会社だったのかは知らず。建物は写真の翌年には解体されてしまったようで、2010年初めのGoogleストリートビューでは既に更地になっていた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築ブログ内タグ一覧

旧 三五屋

…業中だった1988年の写真が掲載されている。同ブログにつけられたコメントによれば、珊瑚や鼈甲などを扱っているお店だったそうだ。「三五屋」は珊瑚から付けられた名だったのかもしれない。 写真の後もしばらく残っていたが、2021年後半〜22年前半までに解体。現在は隣と合わせて13階建てのマンションになっている。 三河屋、三五屋商店/浅草橋3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築ブログ内タグ一覧

E邸

…どではなくオフィスとして建てられたような雰囲気だったが、昔の様子はわからず。 装飾がほとんどなく、平滑なモルタル壁面になっていたのが印象的。縦長の窓がついているが、庇や窓台はほぼない。1階と2階の窓の位置がずれているのもよく見ると少々不思議な感じ。1階右側の窓は後から改修したのか、これも謎の形になっていた。 清水勝商店、他/浅草橋2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 台東区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

明治牛乳湯島販売所、池田紙店

…出桁造り?で、1階の軒先だけモルタル塗りで屋号を掲げていた。また、下の写真では屋根がトタン葺きに葺き替えられている。 Photo 2011.10.9 相澤牛乳店と池田紙店は共に、2019年6月のGoogleストリートビューで解体中。跡地には15階建てのマンションが2021年に竣工している。 魚て津、藤田歯科/湯島3丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #街並み 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

桝水商店

…左手前から桝水、神原商店(文具)、関根商店(野菜・果物)、加藤薬局 追記 コメント欄に、桝水商店は医療用機械・器具を取り扱う商店だった、また近年は車庫になっていたとの情報を頂きました。関連記事のリンクも追加します。 旭商事不動産、他/本郷2丁目 | 昭和回顧録 建築編本郷2丁目の商店建築群 : レトロな建物を訪ねて株式会社桝水 文京区本郷 - 東京ノスタルジアTokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧

禿坂上の看板建築

…ないので、いつまで残りそうかもよく分からない物件。 10年以上前に記事化していた建物を改めてGoogleストリートビューで確認したら、既になくなっていた。お店の屋号などが分かるかと思って昔の住宅地図を調べたところ、1960年代はタクシー会社で、70年代以降は住宅だったらしいことが判明した。建物の形からすると、もしかすると個人タクシーとかだったのかもしれない。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 品川区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

中川屋肉店・中華料理オトメ

… 根津2-14構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2019(平成31).2Photo 2012.11.13 言問通り、善光寺坂の坂下近くにあった2軒つづきのモルタル看板建築。切妻平入り建物の前面に壁を立てた形で、2階のデザインが色は異なるが同じ形で残っていた。 Photo 2018.9.2 なお、中華料理オトメは建て替え後の新しい建物でまた営業している。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

小西酒舗

…場酒店」となっていた。 木造モルタルの看板建築で、「小西酒舗」と大書された看板が玄関上に掲げられていたのが印象的。角地に面していて西側の側面も道路に面していたが、西側には勝手口のような入口があるだけで、2階も含めてほかに全く開口部がなかったのがちょっと不思議。また、写真の頃は自販機での販売が主になっていたのか、入口の扉一枚を除いた全てに自販機が置かれていた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

理容オハラ

…上部の特徴。 2階中央の金属製の出っ張りは用途不明。梯子のようにも見えるが、それにしては間隔が開きすぎているし、そもそもそこに梯子を付ける目的が分からない。 玄関前には自立型の床屋のサインポールと、壁面設置型のものが付いていた。また、玄関だけは昔からの木製扉になっていた。 理容オハラ、きしのパン店/文京区大塚5丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #トタン張り看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

田口邸

…20)Photo 1996.10.12 大塚坂下通りに面して建っていた銅板張り看板建築。昔はなんらかの商店だったのだろうと思われるが、業種や屋号は知らず。 前方が高い片流れ屋根だが、3階建てではなかった模様。銅板は、上部は菱形、2階は下見板状に張られていた。側面はトタン張り。 少し前まで残っていたような気がしていたが、調べてみたら17年も前に無くなっていた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 文京区 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧

升本酒店

…掲げられているのが印象的だった。 Photo 2015.2.20 一枚目写真の後、2015年に見た時は屋根が瓦からスレートに葺き替えられて、壁面もきれいになっていた。 この少し後に建て替えられて、現在は4階建ての升本レジデンスとなっている。新しいビルでも酒店は営業を続けていて、写真の看板の一部は軒先に掲げられている。 納戸町 升本酒店:トップページTokyo Lost Architecture#失われた建物 新宿区 #看板建築 #モルタル看板建築 #木造店舗 ブログ内タグ一覧

二本榎通り沿いの看板建築

…ている。だがこの部分は環状4号線の予定地のようなので、もしかすると現在の建物も解体されるかもしれない。隣の君塚食糧販売所も道路予定地かもしれないが、こちらは予定地かどうか微妙な位置で、2023年9月時点のGoogle Street Viewでも建物が残っていて、お店も営業を続けている。 二本榎通り沿いの看板建築 港区高輪 - 東京ノスタルジアTokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #看板建築 #銅板張り看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

旧二本榎市場/旧高輪不動産

…、戦後、1960年代までは高輪不動産。その後は個人宅だったり、なんらかの事務所だったりしたようだ。写真の頃は区議会議員の事務所だったようで、袖に看板が掲げられている。 左隣は1階の一部が車庫になっている住宅。そして写真左端で切れているのは新聞販売店。 1枚目の右後方のようす。 二本榎通りから西へ入った場所には押縁下見板張りの和風家屋が建っていた。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #看板建築 #トタン張り看板建築 #和風住宅 ブログ内タグ一覧

海苔川上園・伸上商事

…らの街並みはほとんど残っていない。 一方、二本榎通りの方は広域幹線道路ではなく地域内の道であるため、昭和初期以降は拡幅などはされなかった。また開発もさほどなかったので、近年まで昭和初期の看板建築などが建ち並ぶ通りになっていた。 しかし戦後80年が経ち、戦前の建物は築100年近くになり、世代交代や転出などもあって、近年はこの道沿いでも昔の建物はかなり減っている。 Tokyo Lost Architecture#失われた建物 港区 #看板建築 #銅板張り看板建築 ブログ内タグ一覧

美容室ツキジ

…されていて、美容室が開かれたのは70〜80年代だったようだ。 壁面にモルタルで横線や○などの模様が描かれているが、アールデコとかではない感じ。下記「昭和回顧録 建築編」によれば、本によっては分離派風などと書かれているそうだ。 十数年前に解体され、その後はコインパーキングになっている。 築地畜産、美容室つきじ/築地2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 #セセッション ブログ内タグ一覧

蛇の目寿し

…うち』のような状態になっていた。ちなみに右隣の14階建てマンションは2004年築。 建物と寿司屋は、写真の後もしばらく存続していたが、2010年代前半に解体され更地になった。その後、2015年には3階建てのビルが完成し、現在は、1874年創業の「むさしや足袋店」が銀座4丁目から移転してここで営業している。 蛇の目寿司、他/銀座2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #トタン張り看板建築 ブログ内タグ一覧

小料理銭形ほかの三軒長屋

…と左側はモルタル塗りで、アーチ内の壁面に装飾が付けられていた。 もとは1階が店だったのだろうが、写真の時にはお店は一軒だけで他は既に仕舞屋になっていた。1階より2階の方が階高が高い(もしくはそう見える)のが少々不思議。 中央区ホームページ/中央区近代建築物調査 | 小網町の三軒長屋看板建築小料理 銭形/日本橋小網町 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture #失われた建物 中央区 #看板建築 #銅板張り看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

中華料理三久

…だったが、2015年頃に東隣(写真左)の伊勢元鋤柄酒店と同時期に解体されてしまった。両者の跡地には2017年に12階建てのマンションが完成している。 中央区ホームページ/中央区近代建築物調査 | 中華料理三久アクトデザイン凛太郎のブログ 新富町散策 Ⅱ 中華料理三久・大野屋総本店 他 journaux 出挙 親力親為 :三久@新富町二丁目 上海系日式中華の系譜Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

岡村玩具店・大黒屋

…スも異なっていておもしろい。「Toystore」の文字も独特。 月島西仲通り二番街は南側の3ブロック(月島1丁目22〜24番地)がまとめて再開発され、ミッドタワーグランドという32階建て超高層マンションが2020年に完成している。 中央区ホームページ/中央区近代建築物調査 | 月島1・3丁目(西仲通り商店街)第三鹿島酒店、他/月島1丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 中央区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧

顔のYシャツ

…店・栄ヤ」と記されていて、以前は「栄ヤ」(栄屋?)という店だったようだ。その頃から既に顔の絵は掲げられていたのだろう。70年代の住宅地図では栄ヤの名はなくなり、「顔のシャツ」が店名になっている。 閉店後もしばらくは残っていたが、昨年解体。ある意味ランドマークになっていた建物も消えていった。 顔のYシャツ - 千代田遺産神田名物「顔のYシャツ」が取り壊しへ - WWDJAPANTokyo Lost Architecture #失われた建物 千代田区 #看板建築 ブログ内タグ一覧

花与生花店

…花柄の中に「與」の字をあしらった緑色の円盤プレート?が目を引く。モルタル塗りの壁面には横線が引かれ、パラペットは小さな庇状にせり出していた。装飾はあまりないがお洒落な雰囲気の建物だった。 建物はこの写真の少し後に解体された。左側の2階建てなどもその後取り壊され、跡地には9階建てのオフィスビルが建っている。 志村印刷、他/神田司町2丁目 | 昭和回顧録 建築編Tokyo Lost Architecture#失われた建物 千代田区 #看板建築 #モルタル看板建築 ブログ内タグ一覧