#失われた建物中央区 の検索結果:
林ビル所在地:中央区 銀座5-13構造・階数:RC・4建設年:昭和初期解体年:2002〜05(平成14〜17)Photo 2002.7.27 晴海通りと昭和通りの交差点のそば、東銀座駅近くの昭和通り沿いにあったビル。1933(昭和8)年発行の火災保険特殊地図で既に林ビルとして記されており、恐らく震災後から昭和初期に建てられたもの。 装飾は特になく平滑な壁面に縦長の窓が並ぶシンプルなデザイン。1階だけは石張りだったようだ。 隣の改造社書店ビルは現存しているが、こちらは20年ほど…
美容室ツキジ所在地:中央区 築地2-8構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2010〜13(平成22〜25)Photo 2006.4.7 日比谷線築地駅の近く、新大橋通りから西側に少し入ったところにあったモルタル看板建築。戦後まもなくの火災保険特殊地図では松尾医院と記されていて、美容室が開かれたのは70〜80年代だったようだ。 壁面にモルタルで横線や○などの模様が描かれているが、アールデコとかではない感じ。下記「昭和回顧録 建築編」によれば、本によっては分離派風などと書かれ…
蛇の目寿し所在地:中央区 銀座2-13構造・階数:木・3建設年代:戦前?解体年代:2010〜13(平成22〜25)Photo 2006.4.7 銀座2丁目と3丁目の境の通り(銀座マロニエ通り)に面して建っていたトタン張り看板建築の寿司屋。建物の形式から考えると、戦前に建てられたものだったのではないかと思われる。2階から上はトタン張りで赤茶色に錆びていた。側面もトタン張り。通り側の3階の窓は小さく、3階は屋根裏部屋のような感じ。屋根はバタフライ型で、前後が高く中間が低い形。 下…
旧馬場薬局、中村畳店所在地:中央区 銀座1-20構造・階数:木・2建設年代:戦前?解体年代:旧馬場薬局 2003〜05(平成15〜17) 中村畳店 2010(平成22)頃Photo 1995.6.20 角地に建っていたちょっと洋風な建物が馬場薬局だったもの。1980年代まで薬局として店を開いていたようで、下記「昭和回顧録 建築編」の記事には1986年の写真が掲載されている。同ブログの写真では、面が取られた角も含んだ三方に日除けが出されて店が開かれていたことが判るが、私が撮った…
鈴新株式会社箱崎倉庫所在地:中央区 日本橋箱崎町41構造・階数:RC?・1建設年代:昭和20年代解体年代:2004(平成16)頃Photo 1990.5.13 写真は35年前、大学で出された課題をやるために箱崎に行った際のもの。駐車場の向こうに古そうな倉庫があることに気付いたが、近くまでは行かず駐車場越しに取り敢えず撮ったのが下の写真。上の写真はそれをトリミングして拡大しているので、画質が悪いがご勘弁を。 撮影場所さえ忘れていたのだが、昔の写真を見返していた時に、これがどこで…
小料理銭形ほかの三軒長屋所在地:中央区 日本橋小網町13-4構造・階数:木・2建設年代:昭和初期解体年 :2024(令和6)Photo 2014.5.6 日本橋小網町、小網神社の少し南方、日本橋川にも近い場所にあったモルタル看板建築。平入の長屋状で、看板建築ではあるが屋根面が隠れておらず、道の反対側から見ると瓦屋根が見えていた。 三軒続きでファサードのデザインもおよそ共通で、2階は縦長の窓で引き違い戸。中央の一軒を除いた両側は昔のままの木製窓枠だった。2階の壁は右側は銅板張り…
銀座、外濠通りに面して建っていたオフィスビル。 平和生命館(旧菊正ビル)所在地:中央区銀座 3-2構造・階数:RC・7F(8Fを増築)設計 :國枝 博建設年:1932(昭和7)解体年:2006(平成18)Photo 2001.6.24 goo blog時代の2006年12月にポストした記事だが、リンク先のサイト・記事が失われたり、新たな記事が見つかったりしたので、内容を更新。 下記「昭和館デジタルアーカイブ」内の記事によれば、菊正ビルは、日本酒の菊正宗を製造する本嘉納商店の東…
古川好美堂所在地:中央区 日本橋人形町3-13構造・階数:木・2建設年代:戦後まもなく解体年代:2022〜24(令和4〜6)Photo 2014.5.4 人形町の交差点近くの、北東側にあったお店。 もとは古川袋物店という名で、江戸時代後期の1831(天保2)年に創業した店だったそうだ。私は「袋物商」というのものが今までわかっていなかったのだが、印籠や巾着、財布、紙入れなど、袋状の品物を作ったり売ったりする商売なのだそうだ 下記、「昭和回顧録 建築編」によれば、蔵のほうは戦前の…
中華料理三久所在地:中央区 新富2-5構造・階数:木・2建設年 :1928(昭和3)解体年代:2015(平成27)頃Photo 2013.10.13 切妻屋根のモルタル看板建築。新富町界隈は戦災では焼失しておらず、この建物も昭和初期に建てられたものだったという。 2階の壁面は斫った(はつった)ようなザラザラした仕上げ。中央にはモルタルで花が描かれていた。1階は改装されて昔のままではなかったのかもしれない。 中央区による近代建築物調査が行われたような建物だったが、2015年頃に…
岡村玩具店・大黒屋所在地:中央区 月島1-23構造・階数:木・2建設年代:震災後〜昭和戦前期解体年代:2016(平成28)頃Photo 2009.2.2 月島西仲通り二番街にあったモルタル看板建築商店。看板書きが左からなので戦後の建物かと思ったが、一帯は戦災では焼失しなかった場所で、中央区のサイトの記述によれば、この商店街の一連のモルタル看板建築群は震災後に建てられたものだったそうだ。 現在、前面にあるアーケードは1987〜88(昭和62〜63)年に造られたものだが、1960…
人形町駅そばの大通り(金座通り)に面した4階建てビル所在地:中央区 日本橋人形町3-13構造・階数:RC?・4建設年:震災後〜戦前?解体年:2023(令和5)頃Photo 2014.5.4 人形町駅そばの大通り、金座通りに面した4階建てのビル。街区内にあった複数の建物を取り壊して大型のビルを建設することになり、2年ほど前に写真のビルは両側の建物と共に解体された。 付柱に装飾がある建物だったが、この模様はなんだろう? 西洋建築でも見覚えがないデザイン。資料にも載っておらず、いつ…
三栄商会/旧さつき寿司所在地:中央区日本橋蛎殻町1-21構造・階数:木・2(一部3)建設年:戦後まもなく備考 :2020(令和2)に改修され現在は3階建てPhoto 2014.5.6 三栄商会は雑穀・豆類卸売・乾物卸売業らしい。また、下記、中央区のページによれば、最初は自転車屋として建てられたものだったようだ。下記、「アクトデザイン凛太郎のブログ」記事についたコメントによれば、戦後まもなく建てられたもののようだ。 1970〜80年代には寿司屋もあり、下記、「昭和回顧録 建築編…
旧堀善商会・旧東洋クレーン所在地:中央区日本橋蛎殻町1-19構造・階数:木・2建設年:戦前?解体年:2022(令和4)頃Photo 2014.5.6 水天宮駅西方の裏通りの辻に建つ洋風木造建物。角が堀善商会、その左側の少し壁面が前に出た部分は、昔は東洋クレーンという会社だった。下記リンク先、「昭和回顧録 建築編」の記事中の1992年撮影の写真には、「東洋クレーン株式会社」と書かれた袖看板が写っている。 1970年代から2000年代前半までの住宅地図には堀善商会として記載されて…
月島の釈迦堂所在地:中央区 月島4-4構造・階数:RC・2建設年:1961(昭和36)解体年:2021(令和3)Photo 1996.5.25 朝潮運河沿い、朝潮橋のたもとにあった小さなお堂。戦後、地元の方が建立したものだったそうだ。どうも震災や戦災などの被災者の慰霊のためのお堂だったらしい。本体は小さな建物だったようだが、川の側に建物が付属していた。 橋を渡った際にお堂の正面側は撮らずじまい。しかも場所もうろ覚えで建物の名も知らずにいた。最近になって昔の写真を見返してあのお…
銀つね・焼肉慶州苑の洋風長屋所在地:中央区 銀座1-24構造・階数:木・3建設年:戦前?解体年:南側2間 2006〜13(平成18〜25)の間 北側1間 2020(令和2)頃Photo 2006.1.28 料亭 万安楼のそばにあった3階建て3間のモルタル看板建築長屋。 界隈は戦災では焼失しなかったようなのでこの建物も戦前に建てられたものだったのかもしれない。戦後の火災保険特殊地図を見ると、北側(上写真手前側)の角まで一体の不燃建物として記載されているので、かつては写真左側の方…
池田靴店、旧納米洋服店 所在地:中央区 湊2-7-6 構造・階数:木・2(一部3) 建設年:1928(昭和3)頃 解体年:2023(令和5) Photo 2006.4.7 鉄砲洲児童公園の少し南にあったタイル張りの看板建築。右半分が池田靴店。左側は写真の時には既に仕舞屋になっていたが、かつては納米洋服店という店だったという。 色の異なるタイルで模様が描かれているちょっと華やかで印象的な建物だったが、2023年夏に解体されてしまったそうだ。湊界隈は戦災を免れた看板建築が多数あっ…
峰、スワン理容室 所在地:中央区 日本橋人形町2-6-8 構造・階数:木・3 建設年代:昭和初期 解体年代:2006〜09(平成18〜21) Photo 1996.10.6 人形町の一角にあった小さな建物。その経緯については下記『たてもの図鑑 シャンバ』に詳しい。 建物は、2階の北東側はトタン張り(たぶん)で、路地側はモルタル塗り。1階はタイル張りとモルタル塗り。 マンサード屋根の屋根裏3階建てだが、屋根裏は小振り。震災後の昭和初期にマンサード屋根やギャンブレル屋根で建てられ…
桃乳舎 所在地:中央区 日本橋小網町13 構造・階数:木・2 建設年:1927(昭和2) 解体年:2023〜24(令和5〜6) Photo 2014.5.6 看板建築の喫茶店。下記『東京都の近代和風建築』によれば、桃乳舎は1904(明治37)年にミルクホールとして創業。建物は震災後の1927(昭和2)年に建てられたものだそう(注)。ミルクホールではなくなったが、喫茶・軽食の店として営業を続けていて、雑誌等でもレトロな店としてときどき紹介されていた。 茶色のスクラッチタイル張り…
Photo 2008.1.26 所在地: 構造: 階数: 建設年: 解体年: 坂口ビルⅡ(中央) 中央区 銀座5-5-13 RC 4 戦前 2021(令和3) 文藝春秋 銀座別館(右) 中央区 銀座5-5-12 SRC 7+B1+R 1972・73(昭和47・48) 2021(令和3) 銀座5丁目、並木通りとみゆき通りの交差点に面して建っていた2棟のビル。 写真中央の4階建てはいかにも古そうで縦長の上げ下げ窓で規模も小さい。これに対して右隣の7階建ては横連窓で前者よりは赤っぽ…
亀屋・亀谷家 所在地:中央区 築地7-14-7 構造・階数:木・2 建設年:1927(昭和2) 解体年:2024(令和6) Photo 2006.7.23 築地7丁目(旧小田原町)界隈は戦災ではあまり焼失しなかった地区で、最近まで銅板張り看板建築が多く残されていた。 下記、中央区の近代建築調査のページによれば、亀屋は老舗のおでん屋だったという。同ページにもあるように、角地にあったが入口のある側のみに銅板を張り、西南側の壁面はモルタル仕上げになっていた。 軒や戸袋のディテールが…
Photo 2001.4.22 所在地: 構造・階数: 建設年: 解体年: 左:湯浅屋 (H邸、N邸) 中央区 築地7-10-1 木・2 1935(昭和10)頃 2020〜21(令和2〜3) 右:細越菓子店、 クリーニング ユニバース築地店 同左 木・2 震災後〜戦前 2018(平成30)初 築地、あかつき公園のそばにあった2棟の銅板張り看板建築。あかつき公園の場所はかつては隅田川につながる明石堀という運河で、公園は1970(昭和45)年に運河を埋め立てて造られた。この看板建…
尾張町ビル 所在地:中央区 銀座6-8-3 構造・階数:SRC・7F(当初は6F) 建設年:1933(昭和8) 解体年:2010〜11(令和2〜3) Photo 2008.1.26 銀座中央通りのひとつ西側のすずらん通りとみゆき通りの交差点に面して建っていたビル。 英国屋があったビルという印象だったが、調べてみたら英國屋はこのビルの完成当初から入居していたわけではなかった。 下記、英國屋のサイトと50年史によれば、同社は日本橋丸善裏で小林洋服店として1940(昭和15)年に創…
福隆美術工芸 所在地:中央区 銀座2-11-4 構造・階数:木・2 建設年:戦後まもなく 解体年:2019(平成31/令和元) 備考 :福隆美術工芸は1968年頃開店、2019年に八丁堀に移転。 Photo 2006.4.7 昭和通り沿いにあった骨董店。歩道に張り出して「刀」と大書された看板が目立っていて、古めかしい店の様子とも相俟って印象的な建物だった。 Photo 2007.5.26 一帯は戦災で焼失した地域で、古そうに見えたこの建物も戦後まもなくに建てられたものだったよ…
久長家住宅・アトリエ久長 所在地:中央区 入船1-6-6 構造・階数:木・2 建設年:1929(昭和4) 解体年:2020〜21(令和2〜3) 備考 :元 米屋の建物 Photo 2013.10.13 出桁造りの町屋。下記、中央区の「中央区近代建築物調査」のページによれば、米屋として関東大震災後の1929(昭和4)年に建てられたものだったそうだ。 震災後の都心商業地では、銅板張りなどで洋風に見せた看板建築が多く建てられたが、そのようななかこの米店は在来型の立派な出桁造りを建て…
理容室ハシモト 所在地:千代田区 神田須田町1-30 構造・階数:木・3 建設年:戦前? 解体年:2016(平成28) Photo 2014.3.16 神田須田町、靖国通りから南へひとつ入ったところにあった、角地モルタル看板建築。1階は改装されていたらしくタイル張り。上部に小さな切妻屋根が見えていたので、ギャンブレル屋根を用いた屋根裏3階だったのかもしれない。壁面が下から真っ直ぐ立ち上がっているので事実上普通の3階建てだったけれど。。 戦前、1935(昭和10)年の火災保険特…
丸新青果、森永牛乳販売店 所在地:中央区 新富1-6-10 構造・階数:木・2 建設年:戦後まもなく 解体年:1995~98(平成7~10) Photo 1995.6.20 新富1-6街区の南端角にあった2軒続きの看板建築。角地の丸新青果は柱部分は恐らくタイル張り、2階壁面は、わずかに色が異なる2種類の石板か大きめの正方形タイルを市松模様に張っていたようだ。一方、左側の森永牛乳の販売店は恐らくモルタル塗りで縞々模様になっていた。 左奥の川島産業(株)は、2022年9月時点のG…
旧 加藤物産KK?/旧 村井堀留店/東京中栄株式会社(倉庫) 所在地:中央区 日本橋堀留町 2-1-6 構造・階数:木・3 建設年:戦前? 解体年:2011〜13(平成23〜25) Photo 1996.10.6 解体直前に見て写真を撮った(3、4枚目)が、昔の名前などが判らず気になっていた建物。最近、90年代に撮ったリバーサルフィルムを見返していたら、同じ建物をたまたま撮っていたことが分かった。そこで改めて昔の住宅地図などを国会図書館などで閲覧。以前よりは少しだけ様子が分か…
テーラーエマ・ENZO所在地:中央区 八重洲2-9-9構造・階数:木・2建設年:戦後まもなく解体年:2009(平成21)Photo 2006.1.28 現在の東京スクエアガーデンの裏手、柳通りに面して建っていた木造2階のちょっと洋風な店舗。界隈は戦時中の空襲で焼失した場所なので、戦後の建物だったのではないかと思うが詳細は不明。1950年代の火保図では「エマ洋服S」(SはShop、店の略)と記されているので、既にその頃から営業していたようだ。 装飾はほとんどなく、窓も引き戸で戸…
協和美術印刷(株)所在地:中央区 湊1-12-4構造・階数:木・2建設年:震災後〜戦前解体年:2016(平成28)Photo 2006.4.7 亀島川と隅田川が合流する場所、南高橋の少し南側の川沿いの道に面してあった銅板張り看板建築。 1階は改装されていたようでアルミサッシの引き戸とトタン張りの引き戸、側面も波板トタン張りだったが、2階のファサードは全面が銅板張りだった。 Photo 2013.10.13 震災後〜戦前の建物だったようだが、元から協和美術印刷だったかどうかは不…
中央薬局所在地:中央区 湊1-11-3構造・階数:木・2建設年:震災後〜戦前?解体年:2012(平成24)Photo 2006.4.7 鐵砲洲稲荷や区立鉄砲洲児童公園の東側の一角、鉄砲洲通りのひとつ東側の道沿いの街並み。 中央薬局は妻入の木造2階だったようだが、道沿いの1階と2階には庇が付けられており、また2階の両端には袖壁らしきものもあった。 中央左のギャンブレル屋根の3階建て(三葉企画)や、その左側のモルタル看板建築(品川練炭・今村商店)は建物が現存するが、中央薬局は20…